「で、殿下の事は誤解だったのかも……「シル」……シリウスでん「シルだよ、愛しいミーシェ」……シリ「だからシルだよミーシェ。これ以上強情を張るなら、その口塞ぐよ?」……シル様の件はっ! 誤解だったようですが! お兄様とお父様のお話は……誤解ではないはずですわぁ! ……たぶん」
ちょっと語尾が気弱になりましたわ。
そして、わたくしの言葉にすんと表情を失くされるお兄様。
かと思えば、ガシガシと綺麗な御髪を乱されます。あぁお兄様、せっかく整えていたくせ毛が乱れて、金のふわふわが爆発したようになってますわ。
「……確かに父上とミーシェリアを屋敷に閉じ込める話はしていた……」
ほーらみろ! ほーらみろ! ですわぁ! こんっしんのドヤ顔ですわぁ!!
「いくらわたくしが不出来だからって、屋敷に監禁は酷いですわぁ!!」
「王太子妃教育も王妃教育もとっくに終えて! 殿下が学園で貴族達に存在感を知らしめるために生徒会長を務めている間、殿下の公務を肩代わりするようなミーシェリアが不出来な訳ないだろう!!」
何やらお兄様が逆切れですわぁ。
それくらい、殿下をお支えする為なら当たり前なのですわ。
「ついでに周辺諸国の言語はおろか、複数の国を挟んだ先にある遠方の貿易先の言語まで使えるミーシェが不出来な訳ないよね? 計算も早いし、仕事も的確だ。人の采配も上手いしね。
公爵家がミーシェの優秀さを正確に把握してないなら、もうすぐにでも僕のお嫁さんになっちゃいなよ。そんな実家なら捨てちゃえば?」
「いやいやいやいや?! アンタ何言ってるんです?! あの父上の実情を知っててそんな事したらむしろ陛下に怒られますよ?!」
……何故突然陛下がお出ましに?
疑問が顔に出ていたのか、お兄様が若干諦念した表情で口を開きます。
「……父上はな。お前が好きで好きで好きで大好きなんだ!」
それは存じておりましたが? むしろ溺愛されていると思っていたからこそ、あのお言葉に傷ついたのですが?
深々と首を傾げていると、もはやかきむしる勢いで頭を抱えるお兄様。……そんな乱暴にされては将来大変な事になるそうですわよ?
「わかってない! ミーシェリアはちっともわかってない! 父上はなぁ! 嫁にすら出したくないって常々言っている程なんだ! 殿下に見初められて婚約が決まった時など、一週間は仕事にならなくて陛下が婚約を撤回しようとしたくらいだからな!」
「あぁ、そんな事もあったねぇ。撤回しようとした
シル様が何やら恐ろしい事を呟いてますが、とりあえずお兄様のお話に耳を傾けます。
「そんなこんなあって、今回の学園での騒動だろう? 俺は殿下が隣国のハニートラップを逆手にとって証拠を収集しているのを知っていたけど、周囲の人間はそうではなかったからな。
これをお前の瑕疵にしてこようとする人間が湧いて万が一お前の婚約が破棄されるような事になったなら、これ幸いとお前を一生家で面倒を見るって
お兄様の言葉に、シル様が何やら不穏に微笑んでいます。
「まぁ、あの女を利用して国内に内在する不穏因子のあぶり出しをしたのも確かだけどね。
ミーシェとの婚約を破棄するなんて、万が一にもあり得ないよ」
……シル様、一体何を……?
わたくしが婚約者である事を折に触れて反対されていた方々のお顔が脳裏に浮かび、泡沫のように消えていきます。
……現実でも泡のように消えていらしたらどうしましょう?
「はぁ……。
お前が何やら誤解して、家を飛び出して以降、父上はショックで寝込むし、陛下には早く復帰するようせっつかれるし、そこの殿下は後処理をこっちに丸投げしようとするしで、俺は過労死する寸前だった!!」
がっと天を仰ぐお兄様。
えぇーっと……わたくしどうすれば……?
「ご、ごめんなさい?」
わたくしの言葉に、天を仰いでいたお兄様がすんとした表情をわたくしに向けます。
「何が悪いのかわかってない謝罪程、腹がたつものはないんだよ? ミーシェリア?」
こ、こわぁ……ですわ。
「えー、えーっと? シル様とレティシア様の仲を誤解して? 婚約破棄されると思い込んで? お父様とお兄様に不出来な娘だと思われていたと誤解して? ショックを受けて、その勢いで家出してごめんなさい……」
改めて口にしてみて、わたくしの勘違いで暴走して、ご迷惑をおかけした事に改めて気づきましたわ。
一言、一言でいいからどなたかにお尋ねしていればよかったのですわ。「わたくしのこと、お嫌いですか?」って。
しょぼんと肩を落としていると、ぎゅっと馴染みある香りに包まれました。
もちろん香りの持ち主は、わたくしを抱きかかえたままのシル様ですわ。
「……こんな騒動を起こして……本当に婚約破棄されても致し方ありませんわね……」
わたくしがそう口にした瞬間、ぴしりと空気が冷え固まった気配がしました。
それと同じタイミングで止まった馬車は、そう言えば一体どこに着いたのでしょうか?
「……ミーシェ? 君ってホントに……優秀だけど、阿呆の子だよね?」
にこりと深紅の瞳を眇めるシル様の纏う空気は冷えっ冷えです。
……わたくし、何か怒らせるような事を……?
「ひゃっ?!」
シル様に抱きかかえられたまま、馬車を降ります。
どうやらここは、湖水の街の郊外にある湖畔に程近い離宮のようですわ。
……例のシル様のプロポーズをお受けした後、こちらの離宮に滞在させていただいて……。
その時は二人でたくさん口付けをしましたの。もちろん初めての口付けはプロポーズをお受けした時にいただきましたわ。
今でも素敵な思い出ですわぁ。
うっとりとその時の事を思い出していたわたくしは、いつの間にかどこかのお部屋に着いていたようです。
シル様に大切な宝物を扱うような優しさでそっと降ろされた先は……素敵なレースに縁どられた天蓋が美しい寝台の上でした。