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もう一度逃げますわっ!③

「んんっ!!」


 わたくし達以外の方の咳払いに、はっと意識が鮮明に戻ります。

 そうです。この馬車の中にはお兄様もいらしたのです!


「邪魔をするな、ラインハルト」


 わたくしの唇から少しだけ離れて殿下が発したお声は、とても冷え冷えとしており背中がぞくりと粟立ちます。

 ですが……お兄様に殿下との口付け(しかも深い方!)を見られていたわたくしはそれどころではございません。

 羞恥が天元突破しそうです。正に恥ずか死ぬですわぁ!!


「いや、妹のラブシーンなんか見たい兄などいないんだが?」


「じゃあ見るな。目を瞑れ、耳を塞げ……いやむしろ今すぐ降りろ」


「いや死ぬが?! 走ってる馬車から飛び降りるとか危険極まりないが?!」


 殿下とお兄様の軽妙洒脱なやり取りを耳にしているうちに、少し落ち着いてまいりましたわ。


 というか、レティシア様という恋人がいらっしゃるのに、わたくしにまでこんな口づけをなさるなんて、レティシア様に不実ですわ!


「殿下! 浮気は良くないと思いますわっ! 市井の方の間でも、浮気をした男性はぼっこぼこのぼこにされるんですのよ!

 いくら王太子殿下とは言え、そんな不誠実な行いはよくありませんわっ!!」


 わたくしの言葉に、むすりと下唇を突き出して、不満を伝えられる殿下。そんなお顔をしても許される行いではございませんわ!


「僕は浮気などしていない」


「……それはどちらも本命という言い訳ことですの? はっ!? もしかしてわたくしに全ての公務を押し付けて、レティシア様をご寵愛するおつもりですわね! この前読んだ他国の史実にそんな皇帝がおりましたわ!

 そちらを踏襲されるおつもりですわね?!」


 なんということでしょう! わたくしをお飾りの妃にするおつもりですのね?!

 ……あら? それでしたら、口付けをする必要はないです……わね?


 そんな事を考えていたら、殿下がお腹の奥底から出てきたような深い、ふかぁいため息をつかれました。


「はぁぁぁぁぁぁ。 何をどう勘違いして暴走したのか手に取るようにわかるが……。

 ミーシェ、お前の考えは最初から最後まで全部間違っている」


「……どこがですの?」


「まず、第一に僕とレティシア・マルチネスとは恋仲などではない。向こうが平民上がりで礼儀が覚束ないのを言い訳に付き纏っていただけだ」


「嘘ですわっ!」


「……何故そう思う?」


 お兄様から呆れの籠った視線が飛んできますが、わたくしちゃぁんとこの目で見ましたもの!!


「一月前、学園の裏庭でお二人の逢瀬を見ましたもの!

 その時殿下は愛おし気にレティシア様の髪を撫でられて、あのお方手ずからお作りになったというクッキーを受け取ってらしたもの!!」


 王族の教育をしっかりと受けておられる殿下が、口にするものをむやみに、不用心に受け取られる訳ございません。

 だからこそ、受け取られたという事は、お相手の方に絶対的な信頼があるからですわ。


「はぁ……。アレを見てたのか……。それは確かに誤解をしても仕方ないな」


 でしょう?

 思わずドヤ顔ですわ。


「その後、父上と俺の会話を聞いたら……勘違いして飛び出すのもしょうがない……訳ないだろうが! この暴走じゃじゃ馬娘がっ!!」


 お兄様、大 激 怒! ですわ。

 でも、怒られる理由はわかりかねますわ。

 多分……?


「誤解? 勘違い? 何の事ですの?」


 こてっと首を傾げます。

 わたくしが直接見聞きしたのですから、誤解や勘違いが介入する余地はないと思うのですが……。


「はぁ……。まずレティシア・マルチネスは僕を篭絡して傀儡にして、この国を我が物にしようとした隣国からの工作員だったから、既に捕縛して、現在全ての持ちうる情報を吐かせる為に拷問に掛けている」


 二度と僕らの前に現れる事はないだろう。

 そうさらりと告げられた事実に思わずぽかんですわ。


「はぇ? 殿下の想い人が……拷問?! 大変ではございませんの! 冤罪だったらどうしますの?!

 殿下! お飾りの妃(予定)のわたくしに構っている場合ではございませんわ!

 今すぐレティシア様をお助けしないと……!!」


 わたくしの言葉に、殿下とお兄様が深く息を吐かれます。


「はぁ……。冤罪なんかじゃないよ。何せ僕が直々に調査したからね。

 ミーシェが見た裏庭の件だって、本当に男爵家の血筋なのか確認するのに必要だから、あの女の毛髪を手に入れる為に触れただけだし、クッキーを受け取ったのも、あの中に仕込まれているであろう薬物を調査する為だからね?」


 現にあの場で口にしてなかったろう?

 そう言われて、裏庭での出来事を思い出します。

 ……確かに、髪に葉っぱがついたからと、レティシア様の髪を引っ張っておられましたわね。

 ……クッキーも……受け取られはしましたけど、その場で口にはしておりませんわね。


「……はれ?」


「結果、毛髪は色染めで染められたものだったし、クッキーの中には依存性の高い危険薬物がたっぷりと練り込まれていたよ。

 その薬物は隣国で問題になっている物だったし、あの女自体薬物を摂取して中毒状態にされていたから、隣国にとっては使いやすい駒だったろうね。

 今は隣国が何処まで関与しているかを吐かせているところだけど、薬物中毒者から証言を得るのはなかなか難しくて、悩ましいとこなんだよね。

 で? 僕の誤解は解けたかな? そろそろ殿下って他人行儀に呼ぶのを止めて欲しいんだけど?」


「いやまだ二人は他人だからな?」


 お兄様が口を挟みます。

 ……そうです! 殿下の件は誤解だったかもしれませんが、お兄様とお父様の会話は誤解の余地は……あるような気がしてきましたわ……不味い気配がしてまいりましたわ……。



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