「で? 愚妹よ、説明してもらおうか?
何故貴様は急に家出などしたんだ?
おかげで父上は使い物にならなくなるし、大変だったんだぞ?
そこの婚約者が嫌になったなら、一言告げてくれればどうとでもしてやったのに……」
一応お忍び仕様になっている馬車に、殿下に抱えられたまま乗り込めば、そこには既に先客がいらっしゃいましたわ。
……言わずもがなのお兄様ですが。
殿下がわたくしごと腰を降ろすのを待つ事なく怒涛のように告げられた内容は、わたくしの苛立ちを誘います。
思わずぷすーと頬を膨らませても許されると思いますの。
なんて思っていたら、わたくしを抱えていた殿下にほっぺたを突かれて空気を抜かれてしまいましたわ。
「何をおっしゃってますの? レティシア様と結ばれたいがゆえに、わたくしの事を『悪役令嬢』呼ばわりして婚約破棄しようとなさっていたのは王太子殿下でございましょう?
そして、そんな不出来な娘を不要と切り捨てて屋敷に監禁しようとしたのはお父様とお兄様ではございませんの!!」
ぎゅぎゅっと拳を握り締めて力説いたしますわぁ!
無実の罪で陥れられたり、屋敷に監禁されるのはごめんこうむりますもの!
逃げるが勝ち! ですわぁ!!
ふんすふんすと気炎を吐いておりますと、何やらお二人がぽかんとした表情をなさっておいでです。
お兄様に至っては、頭痛がするのかこめかみをぐりぐりと揉み始めましたわ。
「あー……ミーシェリア?」
「なんですの? 薄情なお兄様?」
ぷいっと顔を背けたら、背けた先に王太子殿下のご尊顔があったので、慌てて反対向きに顔を背けます。
「あー……その……屋敷に軟禁という話は……俺が早めに帰宅した日に父上と執務室で話していた内容の事か?」
頭痛が痛いと言わんばかりに今度は眉間を揉み始めたお兄様に若干イラっとします。
「そうですわ! なんですの?! 淑女が立ち聞きなんてはしたないとでもおっしゃるお心積もりですの?!
そんなの百も承知ですわ! ですから家を出たんですもの!! わたくし平民として、あのお店で給仕として生きてまいりますので、もう放っておいてくださいませ!!」
「ふうん。平民になるなら僕との婚約はどうするつもりなの?」
何やらひんやりとした空気を醸し出しながら、王太子殿下が問われますが、それこそ愚問ですわぁ!
「はぁ? ですわ! わたくしとの婚約を破棄してレティシア様と結ばれようと画策されていたのですから、わたくしという障害がなくなった今、お考え通りにしやがれですわぁ!!
それともなんですの?! わたくしにレティシア様を虐めたとか冤罪を押し付けて、男爵家のレティシア様を我が家の養子にでもして家格を確保するおつもりですの?
ここまでコケにされて、そこまでお手伝いする気はさらさらございませんの! 愛した女性と結ばれるのですから、それくらいご自分で何とかなさいまし!
わたくしはわたくしで幸せになりますわっ! 平民でしたら、色々なしがらみもないですからね!
わたくしを愛してくださる殿方を見つけて見せますわぁ! ですので王太子殿下なんて一昨日きやがれですわぁ!!……いたっ!?」
ぎゅっと顎を掴まれて上向かされましたわ。ちょっぴり力が強くて泣きそうですわ。以前はこんな乱暴な扱いなどされた事なかったのに……婚約者でなくなる女の扱いなど雑で構わないとお思いなのかしら……。じわりと目の奥が熱くなりますわ。
「で、でんか……? ぴえぇ?!」
恐る恐る視線を上げた先で見たのは、底知れぬ彩を宿した深紅の瞳。
そしてすっぽりと表情の抜けた顔は、下手に整っているだけに、その生気の無さが人形の様で潜在的な恐怖を掻き立てられますわ。
な、何か大変な事をしでかしてしまったような気がして、頭の中を警戒音が響いておりますが、動いている馬車の中、しかも王太子殿下のお膝の上に乗せられた状態では逃げようもございません。
「あ、あの……? ふぐっ?!」
ぐっとお綺麗なご尊顔がぼやける程に近づいてきて……ぐちゅりと響いた水音を耳にした時には、殿下の舌が我が物顔でわたくしの口腔内に侵入しておりました。
「ん……っ?! む……!? で……あむっ?!」
呼吸まで奪われるほどの激しい口づけに、以前殿下に教わった通り鼻で息をします。
ですが、それすら追いつかない程の激しさに、思考がぼんやりと霞みがかってきます。
何故……? 何故、殿下に捨てられるはずのわたくしは……こんな……壊れるような…請われるような…乞われるような口づけを与えられているのでしょうか。
じゅるりと口内に溜まっていた唾液を奪われ、殿下の物と混じり合った状態で戻されます。
飲み下せと言わんばかりに、殿下の指が喉を撫で下ろすものですから、その誘惑に負けて喉を鳴らして飲み干してしまいましたわ。
痛みを感じるギリギリまで舌を吸われて、とっくの昔に暴かれていた感じる場所、上顎の歯列との境目をなぞられます。
それだけでどうしようもなく身体が震えます。
振り落とされないようにと、殿下の胸元に縋りつけば、頤から喉に進んでいた殿下の指が、おもむろに鎖骨をなぞります。
わたくしが今日着ている、市井の皆様がよくお召しになる肩口の大きく開いたブラウスは、不埒な指の侵入を阻むには大変心もとなく……。
つぷりと長い指がわたくしの胸の谷間に差し込まれて……。