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第15話 お詫び

琴子は焦りと恥ずかしさでいっぱいだった。

一方、徹は「何が起きても俺は動じない」といった様子で、余裕のある表情を崩さない。まるで「君に何ができる?」とでも言いたげに、眉をわずかに上げていた。

琴子は内心、不安でたまらなかった。今は彼を脅すことができても、その後、自分は徹の反撃に耐えられるのだろうか。


唇を噛みしめ、震える声で「徹、お願い……」と絞り出すように言いかけたその時、突然スマートフォンが鳴った。

見知らぬ番号だ。この状況で出る余裕もなく、そのまま切ってしまう。


再び徹を見つめながら、琴子は覚悟を決めたような目になった。

「聡を助けてくれるなら、何だってするわ!」


徹は鼻で笑い、「君に何ができる?」と冷たく返す。

彼が本当に琴子に何かを期待しているわけではなかった。

ただ、以前のように従順な姿を、どこかで求めている自分に気づいていた。

今の琴子は、まるでトゲをまとった小動物のようだ。


琴子は言葉に詰まる。

徹の前では、自分には何も誇れるものがない。二年の結婚生活の中で、ベッド以外で彼が自分に感情を表したことはなかった。自分のすることなど、彼には何の意味もないのだろう。


うつむいて、黙り込む琴子。


徹は机にもたれ、琴子の顎を指で持ち上げる。

まるで品定めするように、じっと見つめてきた。


「自分のわがままを意識したら、謝れ。」


その鋭い視線には、どこか嘲るような色があった。

琴子のこの数日間の強気な態度を、すべて打ち砕こうとするかのようだ。

しかし、これは徹なりの「和解のきっかけ」でもあった。

素直に謝れば、もしかしたら元の関係に戻れるかもしれない。


彼の冷たい気配に包まれ、琴子は大きな瞳で徹を見つめ返す。


謝ることがどういう意味を持つのか琴子にはわからなかったが、徹が聡を助けてくれる唯一の方法だとしたら、選択肢はなかった。


「わたし……」と口を開きかけた瞬間、今度はオフィスの電話が鳴った。


宮崎高英が慌てて受話器を取る。

「はい……少々お待ちください。」

そして緊張した面持ちで琴子に電話を差し出す。


「奥様、弁護士からです。」


「え?」琴子は戸惑いながら受け取る。

徹は目を細めてその様子を見つめていた。

宮崎は慌ててスピーカーモードにする。


「時崎様、周防先生法律事務所です。弟さんの事件資料を持って、今すぐ事務所までお越しください。詳しくお話を伺いたいとのことです。」

電話口の男性は、落ち着いたが緊迫感のある声だった。


「はい!」琴子は即座に答え、徹の手を振り払った。


徹のもう一方の手は机を強く押さえ、指先が白くなるほどだった。

さっきまでの余裕は消え、険しい目で宮崎を睨みつける。


オフィスには、重苦しい沈黙が流れる。

琴子は喉を鳴らし、宮崎と徹を交互に見た。

「あの……急ぎの用事があるので、失礼します」


「待て。」

徹の声は氷のように冷たかった。


琴子の腰に、徹の長い腕が伸び、歩き出した足が引き戻された。振り返ると、祈るような、怯えたような目で徹を見上げる。


徹は宮崎に向き直る。

「誰の許可で弁護士に連絡した?」


宮崎は青ざめてうつむき、黙り込んだままだ。


二年前、琴子が徹に嫁いだ後、早瀬成伸はその縁を利用して便宜を図ってもらおうとした。琴子はビジネスのことがわからなかったため、早瀬成伸は直接徹に頼み込んだ。

最初こそ徹も応じていたが、回数が増えるにつれ煩わしくなり、宮崎に任せることにした。


宮崎は、できる範囲で早瀬家を助けてきた。

公務がきっかけだったが、次第に私的な頼みも増えていく。徹には「できる範囲でやれ、無理はするな」とだけ言われていた。


だから成弁護士のことで連絡が来たときも、迷わず手配した。

しかし、今琴子と徹が離婚協議中だということをすっかり忘れていた。

二人のやりとりを聞きながら、宮崎は内心冷や汗をかいていた。


「携帯を渡せ」と徹が宮崎に手を差し出す。


琴子はとっさに徹の手首を掴む。

「徹……」


だが、徹の決意は固い。琴子の力など彼には何の意味もなかった。

宮崎は逆らえず、スマートフォンを差し出す。


その時、ドアが「バン」と大きな音を立てて開かれ、誰かが飛び込んで来た。

「時崎様!白鳥部長が大変です!早く来てください!」


その声に、琴子は驚いて徹の傍に身を寄せてしまう。

次の瞬間、徹は琴子を突き飛ばし、腰を机の角に強くぶつけた琴子は、痛みで思わず顔をしかめる。


徹はスマートフォンを放り出し、急ぎ足でドアへ向かった。

「白鳥に何があった?」と心配そうな声が遠ざかっていく。


しばらくして、琴子が痛みをこらえて顔を上げると、徹の姿はもうなかった。

急いで出て行ったみたい。


これで先に法律事務所に行き、依頼契約さえ結べば、周防先生弁護士は聡の案件を引き受けてくれるはず。


「宮崎さん、ありがとうございます。」そう言い残し、琴子は腰を押さえながら走り出した。


ビルを飛び出すと、ちょうど徹のマイバッハが駐車場から出ていくのが見えた。

窓越しに焦った徹の顔が見える。

車が自分のすぐそばをすり抜けても、徹は一度も振り返らない。

見えていたかもしれないが、今は白鳥美々のことしか考えていないのだろう。


今は白鳥美々に感謝すべきかもしれない。彼女のおかげで、聡を救うチャンスが訪れたのだから。


琴子は気を取り直し、急いでタクシーを拾い早瀬家へ向かった。


早瀬家に着くと、家にいたのは清葉だけだった。

琴子の姿を見るなり、清葉は駆け寄ってくる。


「周防先生弁護士に会えたの?」


「資料を持って、これから周防先生法律事務所に行くところ。大丈夫……きっとなんとかなるわ」

本当は、もう依頼できるかどうかも分からないのだが、そう言うしかなかった。

泣きはらした清葉の顔を見ると、琴子は慰めの言葉をかけようとした。


だが、清葉はそれを遮り、「急いで持って行って!」と、ドライブレコーダーの映像データを琴子に手渡し、強引に玄関へ押し出す。


「進展があったら、すぐに連絡してね!」


狭い玄関口で琴子は勢いよく扉の枠に肘をぶつけてしまい、痛みで思わず手を当てた。


清葉は琴子の腕をちらりと見てから、庭に目をやった。


「車は?」


「急いでたから、タクシーで来たの」琴子は痛みを堪えながら、眉をひそめた。



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