時崎徹が博覧荘園に到着したとき、白鳥美々が選んだ住まいが、自分と時崎琴子の新婚用の部屋だったことを初めて知った。
この家はリフォームが終わってから初めて足を踏み入れたが、内装は悪くない。しかし、すでに白鳥美々が住んでいるとなると話は別だ。
徹は潔癖症で、誰かが使った部屋をもう一度新婚の住まいにする気にはなれない。わざわざ美々に退去してもらってまで住み替えるほどのことでもない。
だが、採寸に来たデザイナーの中に、時崎琴子がいるとは思わなかった。驚きの色が消えた後、思わず眉をひそめる。
「時崎さん、この二人は星築のデザイナーで、こちらが上田デザイナー、そしてこちらが時崎デザイナーよ。」
白鳥美々は徹の後ろに回り、両手をソファの背にもたせて親しげな様子を見せる。
上田麻衣は内心の喜びを抑えきれなかった――やっぱり時崎徹と白鳥美々は恋人同士なんだ!この秘密を知ったものの、顔にはおくびにも出さず、ただ礼儀正しく挨拶した。
「時崎さん、こんにちは。」
時崎琴子は、必死で涙をこらえる。
ここで滑稽な姿を見せたくはなかった。時崎徹は最初の驚きの表情以外、まったく罪悪感も動揺もなく、今はすっかり平静を装い、口元には冷たい笑みさえ浮かべている。
「お二人のうち、どちらが主担当ですか?」
徹が口を開く。
上田麻衣は、琴子への敵意を徹の前で見せたくないので、すぐに琴子の方を見る。
「主担当は時崎デザイナーです。今、星築は新人育成に力を入れているので。」
この物件のデザイン料だけでも数十万円、材料費を含めると総額は一千万円をゆうに超える。デザイン業界でも「大型案件」と呼ばれるだろう。
徹はデザインの素人ではあるが、そんな大金が動く仕事を、実力が分からない新人に任せる会社などないと理解している。
よほど誰かの意図がない限り――
仮に失敗しても誰かが責任を取る、成功すれば新人を売り出せる、そんな状況しか思いつかない。
すぐに高橋楓真の顔が浮かんだ。
徹はソファにもたれ、手首を揉みながら琴子を上から下までじっと見つめる。
「才能って?星築は彼女のどこを評価したの?時崎デザイナー、あなたの特別な才能って何?」
「時崎デザイナー」という言葉は、琴子にとって皮肉にしか聞こえない。
徹にとって自分はただの主婦に過ぎない。そんな肩書きが自分につくこと自体、滑稽だった。
どうでもいい。この家の設計が誰の手になるにしろ、結局は自分がかつて注いだ思いを壊して作り直すだけだ。
その痛みも、恥ずかしさも、今は大したことじゃない。大事なのは、時崎徹の前で背筋を伸ばして立つこと、心まで踏みにじらせないことだ。
「卒業制作でデザイン賞を受賞しましたし、大学時代にもいくつか賞をいただきました。」
琴子はまっすぐ徹を見返す。
徹はふっと笑い、立ち上がって両手をポケットに入れたまま琴子の前に歩み寄る。
彼は琴子より頭一つ分高い。見下ろすようにして、冷たく言い放つ。
「学生のデザイン賞なんて、どれほどの価値がある?社会経験もないインターンが、何千万円もかかる家の設計を引き受けてるのか?その自信はどこから来た?」
高橋楓真か?楓真が任せたとして、琴子に引き受ける覚悟はあるのか。スーツを着て、星築に二日居ただけで自分が特別だとでも思っているのか?
徹の圧力に琴子は包み込まれる。彼女は、徹の目に映る自分の姿がはっきりと見えるが、歯を食いしばって視線を逸らさない。
上田麻衣は、徹が琴子に詰め寄る展開を予想していなかった。急いで美々のそばに行き、小声で訴える。
「美々、時崎さんを止めて……」
本当は琴子が失敗したときに解雇を提案しようと思っていた。徹が今この場で案件ごと断ってしまえば、その機会も失われてしまう。
「大丈夫。」
美々は上田に安心するよう目配せし、徹のそばに歩み寄る。
「私は時崎さんの卒業作品を見たことがあって、個人的にすごく好きなデザインだったんです。だから、ぜひ彼女にお願いしたいと思って。」
徹の視線は琴子から離れない。
小さな顔は青ざめているのに、潤んだ瞳の奥には頑なな強さが宿っていた。
わずか数日で、こんな目をして俺を見るようになったのか。徹は唇を固く結び、ポケットの中の拳を握りしめ、今にも彼女をその場で捕まえて叱りつけたい衝動に駆られた。
しばらくして、彼はその険しい雰囲気を払って、美々に顔を向ける。
「君がそう言うなら、それでいい。」
美々は微笑み、上田に声をかける。
「じゃあ、上の階から寸法を測っていきましょう。」
上田は素早く後に続き、琴子も平静を装って後ろをついていった。
「美々さん、このインテリア、すごくいいですね!」
階段を上がるほど、上田は感嘆の声を漏らす。
個性的なスタイルで、よくある欧米風やカントリー風とは違い、個人のセンスが光る独自のデザイン。もしかしたら新たなトレンドを生み出すかもしれない。
「私は好きじゃない。」
美々はきっぱりと言い切った。
上田はそれ以上口を挟まなかった。徹ほどの財力があれば、気に入らなければ壊して作り直すのも不思議じゃない。ただ、気になって聞いてみた。
「この家、前は美々さんの彼氏がリフォームしたんですか?」
「たぶん、そうだと思う。」
美々は頷き、後ろの琴子をちらりと見た。
デザイナーが誰かは知らないが、細部には琴子の工夫が感じられる。家への思いが詰まったデザインだ。それを今、自分の手で壊そうとしている。
「で、そのデザイナーはどこの会社の人なんですか?」
上田はデザインマニアらしく、色使いについて語り合いたい様子だ。
「どこだったかしら、よく覚えてないの。」
美々は適当に答える。
邸宅は三階建てで、最上階にはサンルーム、三階はリラックススペース、二階は寝室と書斎、一階にダイニング、キッチン、リビングとゲストルームがある。三階から順に寸法を測っていった。
琴子は黙々とメモを取り続けた。仕事に没頭している間だけは、すべてを忘れられる。でも、美々はことあるごとに上田と「彼氏」の話をし、邸宅の空気に琴子は息苦しくなっていく。
そのとき、バッグの中の携帯が鳴った。琴子はすぐに紙とペンを上田に渡す。
「ちょっと電話に出てきます。」
ジムを抜けて右手のシアタールームに入る。
「楓真兄?」
電話は高橋芽衣からだったが、出ると高橋楓真の声がしたので、琴子は少し驚いた。
「琴子さん、まだ仕事終わってない?」
部屋は防音性が高く、楓真の優しい声がよく響く。
「上田デザイナーと物件を回っていて、もう少し時間かかりそうです。」
正直に答える琴子。
「今、君の家の前まで来てるんだ。柚柚がたくさん食材を買ってきたのに、君がいなくて。」
楓真と芽衣はしばらく待っていたが、芽衣はもう疲れて口をきく気力もなく、携帯を楓真に渡してしまった。
琴子は二人にまた食材を持って帰らせたくなくて、思い切って言った。
「家の暗証番号は私の誕生日です。先に入って待っててください。」
「わかった。」
楓真はあっさりと了承した――妹についてきただけだからだろう。
電話を切ると、琴子は暗い部屋で右側に移動し、かつて自分が置いたソファベンチに腰掛けて少し休もうとした。
だが、座った瞬間、柔らかさではなく、硬くて熱い感触が伝わってきた。すぐに立ち上がろうとしたが、大きな手が彼女の腰をぐっと抱きしめた。
「たった数日で、もう他の男と一緒に暮らしてるのか?家の暗証番号まで教えて――」
時崎徹の冷たい唇が琴子の耳元に触れ、囁く。そのたびに、彼の手の力が強くなっていった。