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第47話 彼女を怒らせて出て行かせたのはあなた、責任を取って


深夜の街は車もまばらで、二人は道路を挟んで会話していた。声は大きくないが、一言一言がはっきりと響く。


時崎徹はふいに唇を歪め、笑みを浮かべたが、その黒い瞳には冷たさしかなかった。

「高橋さんは、こういう趣味でもあるのか。こんな夜中に他人の妻を呼び出すなんて。」


「高橋さん」という呼び方が、一気に関係を突き放す。


「時崎さん、もう少し彼女のこと、考えてあげてはどうですか。」高橋楓真はそう言いながら、内心で思った――

二年ぶりに会った琴子は、まるで別人のようだった。


口数が少なくなり、笑顔もほとんど見せない。眉間にはいつも寂しさが漂い、抑え込んだ重苦しさが痛ましいほどだ。

この二年間、彼女は一体何を経験したのだろう。


「僕たちのことに、他人が口を挟む必要はない。」

時崎徹はそう言い残し、車に乗り込んでエンジンをかけた。


彼にとって大事なのは、琴子が高橋楓真を家に泊めないことだけ。あとはどう“しつける”か、まだ考えていなかった。


メルセデスが夜の街に消えていった。高橋楓真はその車影をしばらく見送り、複雑な表情で小さくため息をつき、自分の車へと歩き出した。


夜も更けて、琴子の心は大きく波打っていた。


きっかけは、高橋芽衣に「どうして今夜はこんなに遅かったの?」と聞かれたことだった。


最初は、白鳥美々が婚姻届けの家に居座っていることを隠そうとしたが、芽衣のしつこい追及に、ついに嘘がバレそうになり、仕方なく全てを話した。


「白鳥美々、わざとでしょ?」芽衣はうさぎのクッションを抱え、悔しそうに歯ぎしりした。


琴子はデイベッドに横たわり、長い髪を広げたまま天井を見つめる。

「もうどうでもいいの。大事なのは、一刻も早く離婚すること。」


以前はどう切り出せばいいか悩んでいたが、もう限界だった。今回は直接、はっきり伝えようと決意した。これ以上引き延ばせば、もっと惨めになるだけだ。


「離婚しよう!」芽衣は勢いよく言った。「明日、ボディーガード二人連れて天穹株式会社に乗り込んで、あの時崎を追い詰めてやる!」


琴子は体を小さく丸めて首を振った。

「あの人がどんなにひどくても、私はただ離婚したいだけ。問題を大きくしたくない。」


結局のところ、相手には敵わないのだ。


「じゃあ、離婚したら、やつの大嫌いな袋でも用意して、捕まえてボコボコにしてやる!」芽衣は彼女のために怒りを滲ませる。そうでもしなければ、死んでも気が済まない気分だった。


でも、どんなに悔しくても、琴子がこれから堂々と徹の前に立てる日のほうが、よほど痛快だと芽衣には思えた。


琴子は夜のうちに離婚届を書き直した。今回は一円も要求しなかった。


決して意地を張っているわけではない。ただ、徹と無駄なやり取りをする気力もない。ただ離婚できれば、それでいいのだ。


その思いを胸に、翌朝、琴子は離婚届を持って天穹株式会社へ向かった。


八時、徹のいつもの出社時間だ。会社の前で電話をかけるが、二回連続で出ない。仕方なく、宮崎高英に電話をかける。


宮崎はすぐに出た。

「奥さま、どうされましたか?」


「時崎徹に会いたい。今すぐ。」


「時崎は会議中でして、午前中はずっと忙しいと思います。ご用があるなら、お帰りになってから…」

宮崎は彼女の険しい口調に、心の中で警戒した。


以前は物を届けに来ても、気を利かせて上がらず、渡したらすぐに帰る。こんなふうに徹との面会を求めたことはなかった。


琴子は遠慮なく言った。

「どんなに忙しくても、会議は終わるでしょ。中で待たせてもらうか、さもなくば受付で離婚相談の予約を取る。」


そこには明確な威圧感があった。今日だけはどうしても徹に会うつもりだった。


宮崎は自分では判断できず、すぐに会議室に向かった。


広い会議室で、徹は一番奥に座っていた。スーツ姿で精悍な顔つきだが、険しい表情は隠せない。

宮崎の報告を聞くと、眉をひそめた。

「上がらせておけ。ちょうど話したいことがある。」


十分後、琴子は徹のオフィスに現れた。


彼女はデスクの前に立ち、背筋を伸ばし、手には離婚届をしっかり握っている。


会議を終えて戻ってきた徹は、すぐに琴子に気づいた。


黒髪は背中に自然に流れ、扉が開く音に振り向いた彼女と視線が重なると、琴子は静かに唇を引き結んだ。


今日、徹が着ている黒いスーツは、彼女が結婚一周年記念で贈ったものだった。

だが、ネクタイは違う。彼女が選んだものではなく、白鳥美々が誕生日に贈ったものだ。


「これ、離婚届。問題なければサインして。」

琴子はそれを彼の前に差し出す。


徹は椅子に腰を下ろし、指でネクタイをゆるめて話し合いの姿勢を見せたが、離婚届には目もくれず、右側の引き出しから一枚の紙を取り出して渡してきた――それは白鳥美々の退職届だった。


琴子は驚き、徹を見つめる。

「どういうこと?」


「彼女を怒らせて出て行かせたのは君だ。責任を取ってくれ。」

徹は当然のように言った。


「私が怒らせた?」琴子は呆れて笑った。「あなたの恋人、彼女も私が怒らせて出て行ったって?だったら、彼女自身が責任を取るべきじゃない?」


退職理由の欄を指差して言った。

「白副社長は、仕事がうまくいかないから辞めると書いてある。私とは関係ないでしょう。」


徹は琴子の言葉には構わず、彼女が指した理由の部分だけを見ていた。

「彼女は会社の副社長だ。辞めるには取締役会の承認が必要だ。もし個人的な理由と言えば、取締役たちは必ず詳しく理由を問い詰めることになる。君は、僕のそばに他の女性がいるのが許せないと、皆に知らしめたいのか?」


琴子は言葉を失った。秘書課には女性がたくさんいるし、会社にも女性社員は多い。今まで何も言ったことはない。


「許せない」と言うなら、それは夫のベッドに他の女がいること、婚姻届けの家に他の女がいること、それだけが我慢できないのだ。それが間違いだとは思わない。


「私にどうしろと言うの?」琴子は、まさか自分が白鳥美々の代わりをしろと言われるとは思わなかった。


徹は即答した。

「彼女を連れ戻して来てくれ。」


「彼女が戻るかどうかなんて、あなたの一言で決まるでしょう?」琴子は顔色を曇らせる。

――これはつまり、自分が謝って、白鳥美々を誤解したと認めろということだ。二人の関係は潔白だと、頭を下げろということだ。それじゃあ、白鳥美々の思い通りじゃないか。


「僕ができることは山ほどある。でも、君が僕と離婚したいと言い出したんだ。なぜ僕が君のために動かなきゃいけない?」

徹は理屈をこねる。まるで全てが琴子のせいだとでも言いたげだ。


わざとだと、琴子には分かっていた。そっと唇を噛みしめる。

「私が彼女を迎えに行ったら、あなたは離婚してくれるの?」

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