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第3話 衝撃的な真実

美羽優はドサリとひざまずき、「千雪さん、お願いだから雅様に私を追い出させないで」と懇願した。


後部座席の窓が下がり、高橋翔太が窓から身を乗り出す。「ママ、どうしておばあちゃんの前で美羽先生の悪口を言ったの?」と彼女を非難した。


千雪は泥だらけになってひざまずく美羽優を見つめていた。まるで満開の白い花のように、健気で哀れな姿だった。


彼女が翔太を連れてここに来た目的は、母と子の仲を裂くためだ。


「翔太、ママに怒鳴ってはだめよ。ママは誰の悪口も言っていない!」

高橋慎一のかばう声が響き、千雪は彼の情のこもったまなざしと目が合った。


もし真実を知らなければ、感動していたかもしれない。


が、今の千雪には、ただただ滑稽にしか思えなかった。


「ママが告げ口したわけじゃないなら、なぜおばあちゃんは美羽先生を追い出そうとするの?絶対にママのせいだ!」翔太は頑なに信じて疑わず、車を降りて美羽優を引き上げた。「先生、早く立って、ズボンが濡れてるよ。」


千雪は翔太が美羽優の濡れたズボンを心配して、自分が雨に濡れて冷え切っていることには目もくれないのを見て、胸が痛んだ。


美羽優は満足げに微笑み、わざと哀れそうに言った。「翔太、大丈夫よ。奥様が私を追い出さない限り、どれだけでもひざまずいていられるわ。」


千雪は翔太に辛抱強く言った。「翔太、ママは教えたはずよ。証拠もないのに、誰かをむやみに疑ってはいけないって。」


翔太は唇を尖らせた。「じゃあ、おばあちゃんに先生を追い出さないように言ってくれたら、信じるよ。」


先生はとてもいい人だし、パパも美羽先生が好きだ。ママ以外に誰が先生の悪口を言うだろう?


千雪は、息子が美羽優のために自分にこんな要求をするとは思いもしなかった。


普段、自分が彼を甘やかしすぎたのだ。


そのせいで彼は、千雪の愛情を盾に、何でもできると思っている。


「翔太、おばあちゃんが決めたことは誰にも変えられない。ママにそんな無理なお願いをしてはいけない。」高橋慎一は千雪をかばうように見えて、実は翔太にあるヒントを与えていた。


「じゃあ、自分でおばあちゃんにお願いしに行く!」翔太は美羽優の手を引いて後部座席に戻ろうとし、美羽優も半ば拒みながらも車に乗り込んだ。


千雪は、息子が美羽優と母子のように接する姿を見て、いつかここを去る自分にはもう関係ないと何度も言い聞かせたが、胸はやはり痛んだ。


凍えた指を誰かに取られ、千雪は我に返る。高橋慎一が優しく言った。「翔太の言葉は気にしないで。美羽優が母さんに辞めさせられたら、すべて元通りになる。」


元通り?


もう無理だ!


「千雪、母さんから電話があって、家に戻ってほしいって。

ここから本宅は近いし、全身が濡れてるから、早く着替えたほうがいい。」


母・井戸淑蘭の墓がこの墓地にあるのは、義母・高橋雅がときどき母を偲びたいからだ。


母は生前、高橋雅の親友だった。


母が亡くなってから、彼女は高橋雅に面倒を見てもらい、半分娘のように可愛がられていた。


高橋慎一の裏切りは、きっと雅には無関係だろう。


そう思うと、千雪は慎一の手を振り払った。「私は車を持ってきたわ。」


美羽優が座った場所は、もう嫌だった。


道端のパナメーラに向かって歩き出すと、高橋慎一が傘をさして送ってくれた。


商用車は、バックミラーの中でどんどん小さくなっていった。


ほどなくして、千雪は屋敷に到着した。


「千雪、どうしてそんなに濡れてるの」高橋雅は使用人に傘を持たせてやってきて、千雪を抱きしめた。「慎一は?一緒に帰ってこなかったの?」


また使用人に暖かいお茶を用意するよう言い、千雪を連れて階段を上がった。


高橋雅の思いやりに、千雪は思わず涙ぐんだ。


もし高橋雅が、息子の不倫を知ったら、どれほど悲しむだろう。


千雪は高橋雅を心配させたくなくて、「お義母さん、彼の車は後ろにいるの」と言った。


高橋雅は千雪をなだめながら階段を上がった。「まずお風呂に入って温まってきなさい。」


千雪が着替えて出てくると、高橋雅が手を取った。


「いい子ね、もう悲しまないで。何があっても私は知ってるわ。」


「あなたは私の宝物よ。誰にもあなたを傷つけさせない。」


「私がずっとあなたの味方になるから。」


「あなたがどうしたいか、私は全部応援するわ」高橋雅は力強く言った。


高橋雅の慈しむ眼差し、揺るぎない愛情に、千雪の悲しみは溢れる涙となって止められなかった。


雅にどれだけ可愛がられても、やはり高橋慎一のことを一番に考えていると思っていた。


慎一の裏切りを知れば、悲しみや怒りはあっても、結局は高橋グループや慎一のために、千雪に我慢しなさいと彼女がいうだろうと思っていた。


まさか、高橋雅が自分の味方をしてくれるなんて。


感動した千雪は、自分の決意を打ち明けた。「お義母さん、私、慎一と離……」


その時、高橋翔太が突然ドアを開けて駆け込んできて、高橋雅の膝に飛びつき、千雪の言葉を遮った。


「おばあちゃん、もう美羽先生をママって呼ばないから、お願いだから先生を追い出さないで!」翔太は泣きはらした目で、高橋雅に懇願した。


「母さん、翔太を甘やかさないで。千雪が怒ってしまう」高橋慎一が外から入ってきた。千雪は父子を見て、顔をそむけた。


慎一はさらに近づいて、千雪の額に手を当てたが、千雪は避ける間もなかった。


熱がないと分かり、慎一は安堵した。


高橋雅は二人の様子を見て、電話で聞いた話は疑わしいと思った。


千雪が書斎から出てくるのを見ていなかったし、書斎の乱れもきっと使用人のせいだろう。


高橋雅は諭すように言った。「翔太、どうして美羽優をママって呼ぶの?千雪こそがあなたのママよ。あなたを産むために身体を壊して、雨の日は腰の痛みに苦しんでいるのに、どうしてそんなにママを傷つけるの。」


「おばあちゃんは、誰にもあなたのママを傷つけさせないわ。美羽優が変なことを教えたのなら、出ていってもらうしかない。」


翔太は涙を溜め、すごく悔しそうに見えた。


別に僕が生んでほしいって頼んだわけじゃない。ママが勝手に産んだんじゃないか。


なんでママが味わった辛さを、僕が背負わなきゃいけないの。


でも、おばあちゃんとパパの厳しい目を見て、翔太は反抗できなかった。


「千雪、安心して。美羽優は私の遠い親戚だけど、翔太に悪いことを教えたから、必ず罰するし、すぐに出てもらうわ。」


千雪は高橋雅の言葉で、今朝の幼稚園の出来事が理由で美羽優を追い出すのだと気づいた。


もし本当に慎一の裏切りを知ったら、どれほど怒り、悲しむのだろう。


翔太は千雪の前にひざまずき、彼女の手を握った。


「ママ、お願いだから、おばあちゃんに先生を追い出さないように頼んで。」


「30日後は僕の誕生日でしょ?今年の誕生日プレゼントは何がいいか、ずっと聞いてたよね?」


「何もいらない、ただ先生にずっとそばにいてほしいだけだよ。」


「ママ、約束を破っちゃだめだよ。」


千雪は翔太の幼い顔を見て、願っているのにどこか傲慢さも感じた。


美羽優に利用されているだけで、母への敬意もないのは本人の選択だ。


いつか真実を知って後悔しても、それは自業自得だ。


でも、千雪は最後にもう一度だけ翔太にチャンスを与えたかった。


「高橋翔太、それが本当に一番欲しい誕生日プレゼントなの?」


「うん。」


「高橋翔太、後悔しない?」


「しない!」翔太は大きくうなずいた。「先生がずっと一緒にいてほしいだけ。」


「わかった、叶えてあげる。」


千雪は手を翔太の手から引き抜いた。「30日後、そのプレゼントをあげるわよ、高橋翔太。」


それは、彼女が去る日でもあった。


翔太は顔を背けた千雪を見て、なぜか胸の奥がチクリと痛んだ。


こんなに大きくなるまで、ママが自分のフルネームで呼ぶのを聞いたことがなかった。


どんなに怒っても、そんなことはなかった。


でも、今は三度も呼ばれた。


けれど、それも千雪がいつも甘やかしてくれるから、すぐに機嫌が直るだろうと、違和感を無視した。


翔太は高橋雅に叫んだ。「おばあちゃん、ママが約束したよ。先生をママって呼ばないから、追い出さないで。」


高橋雅は千雪が何も要求しないのを見て、慎一もそばにいて面倒を見ているし、まるで従順な猫のように静かなので、もう問題は収まったと思った。「ママは追い出さないと約束したけど、おばあちゃんは約束してないわ。」


「今日から、別の人にあなたの世話を頼むわ。」


「もう決まりよ。」


高橋雅は千雪の前で美羽優を辞めさせ、翔太がどんなに騒いでも無駄だった。


自分の味方になってくれる高橋雅を見て、千雪は心が温かくなった。


30日後、自分が黙って去ったら、高橋雅はどれほど悲しむだろう。


そのときは、必ず一言伝えて安心させてあげよう。


これから1ヶ月の間、美羽優を見なくて済むと思うと、千雪の気持ちは少し軽くなった。


高橋雅を心配させたくなくて、慎一と翔太と一緒に家に帰ることにした。


車が屋敷を出た直後、千雪の携帯が鳴った。美羽優からのメッセージだった。


【千雪姉さん、大富豪の家系で、嫁が子供を産めないとき、お姑さんがこっそり息子に愛人を用意する話、聞いたことある?】


【千雪姉さん、本当に可哀想だよ。一番信じていた人たちに騙されて。】


【今、私がどこにいると思う?】


美羽優は別荘の裏庭のチューリップの写真を送ってきた。千雪の母、井戸淑蘭が一番好きで、自ら植えた花だ。


その花が、今まさに美羽優の手でバラバラに引きちぎられていた。


千雪は怒りを込めて高橋慎一を見つめ、「すぐに家に戻って」と言った。

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