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第5話 公開の場での屈辱

個室の中は、一瞬にして静まり返った。全員が怯えたように千雪を見つめている。


慎一は優の手首を強く掴み、そのまま彼女を床に突き飛ばした。「お前が俺に頼んでも無駄だ。母さんが決めたことは誰にも変えられない。翔太を悪い子にして、千雪を傷つけた。俺が叱らないだけ有難いと思え。」その声は冷たく、容赦がなかった。


優は無様に転び、手足に痛みを感じながらも千雪を恨めしそうに睨みつけた。


「そうよ、翔太を悪い子にして、奥様を怒らせて、慎一兄さんが叱らないだけでもありがたいと思いなさい!」と、周囲の人々も安堵したように千雪を擁護し始めた。「奥様の心を傷つけるなんて、ひどすぎる!」


「奥様、どうかお気を落とさずに!」


「慎一兄さんはあなたを深く愛しているから、誰にもあなたを傷つけさせません!」


大翔はさらに優を乱暴に引き起こし、「奥様、すぐに彼女を追い出します!」と声を上げた。


ついさっきまで持ち上げられていた優は、今や谷底に突き落とされ、周囲から攻撃されている。必死にもがきながらも、従おうとしなかった。


千雪はそんな彼らの偽善的な態度に嫌悪感を覚え、話を遮った。「優、さっき慎一にしがみついていたのは、本当にただお願いしていただけ?」


視線が一斉に優に向けられ、怒りの色が浮かぶ。優は青白い顔で歯を食いしばり、千雪を睨みつけた。もちろん違う。彼女の本音では、千雪の夫を奪いたいと思っていた。しかし慎一の前でそれを暴露する勇気はなかった。


慎一が大翔に目配せすると、大翔は優を床に押し倒し、「奥様に早く謝れ!」と強く言った。


「そうだ、謝れ!」と周囲も煽る。


優は膝を床につき、痛みで涙を流しながらも、誰からも同情されなかった。皆の視線に晒されながら、彼女は一言一言絞り出すように、「ご・め・ん・な・さ・い」と言った。


なぜこんなことになったのか。みんな裏では千雪のことを高慢だと嫌っているはずなのに、本人を前にするとまるで猫のようにおびえている。


優が悔しさで歯を食いしばっているのを見ても、千雪は何も言わず、誰も彼女のために口を挟まなかった。


慎一は千雪を抱き寄せ、大きな手が彼女の腰に触れる。その腕にはまだ優の香水の匂いが残っていた。千雪は眉をしかめ、胸がむかつく。


慎一は彼女の耳元で優しく囁いた。「千雪、こんな人に煩わされる必要はない。」


大翔が優を引きずるようにして出口へと向かう。「奥様、すぐに連れて行きます!」


彼らのやりとりを見て、千雪は慎一を強く押しのけた。「待って!」


彼女の鋭い視線が優の手首に向けられる。「その赤いTバック、なぜ手首に巻いているの?」


優は突然、乱れたまま得意げに慎一を見つめ、唇を歪めた。「これは、私の大切な人からもらったの。彼は私のスタイルが一番似合うって言ってくれたわ。脱がなくてもそのままでいいって……。某人とは違ってね……」と、挑発的な視線を千雪に投げかけた。


千雪はその視線の先にいる慎一の意味深な瞳に気づき、監視カメラの映像が脳裏をよぎった。心がえぐられるような痛みで、唇が震える。「あなたが言う“大切な人”って、私の夫のこと?」


個室は再び沈黙に包まれた。大翔が突然、優の手を取り、「奥様、僕なんです!僕と優は付き合っています!」と大声で言った。


「二人はそういう関係だったの?全く気づかなかった!」


「だからさっき無理やり連れて行こうとしたのか。庇ってたんだな!」


慎一は落ち着いた表情で千雪の前に歩み寄った。「千雪、さっきのことも大翔の顔を立てて彼女を近づけただけだよ。本当にごめん、不安にさせて。」


千雪は慎一の唇についた口紅の跡に気づき、それが強烈に目に刺さった。彼女は目を閉じ、涙をこらえた。


「でも、大翔の家は佐藤家と婚約しているはずよ。晴美は私の親友よ。」


「つまり、優はあなたと晴美の間に割り込んだ浮気相手ってこと?」


「大翔、晴美を裏切っていいの?」


問い詰められた大翔は動揺し、優の手を離して焦りながら千雪に懇願した。「奥様、これは……優が僕を誘惑しただけなんです……」


「このことだけは、晴美さんには絶対に言わないでください!」


「誰か、彼女を追い出して!」と指示すると、会員制クラブの警備員がすぐに入ってきた。


優は信じられない様子で、髪を掴まれながら引きずられていく。「いや――!」と叫び、必死に抵抗する。「放して!私は大翔の浮気相手じゃない!私が誘惑したわけじゃない!」


「慎一さん、助けて!私はあなたのものなのに……」


もみ合ううちに、優の首元から銀色の結婚指輪がこぼれ落ちた。千雪は彼女の首からネックレスを引きちぎった。優はたちまちうつむき、気まずそうにする。


千雪はそのネックレスを慎一の目の前に差し出す。指輪の内側には「SW」の刻印があり、それは千雪と慎一の名字のイニシャルで、慎一が自分で彫ったものだった。千雪は、彼女たちが自分の大切なものを堂々と使っていることに耐えられなかった。


「どうして私の失くした結婚指輪が優の首にあるの?」


彼女は苦しそうに慎一を問い詰める。「優は大翔の浮気相手じゃなくて、あなたのものだって言ってるけど?彼女は一体、あなたにとって何なの?」


優は警備員に両手を後ろで縛られ、髪も乱れ、見るも無残な姿だった。彼女は五年間も慎一に尽くし、子供まで産んだ。それなのに、なぜ自分はいつまでも日陰の存在で、千雪だけが堂々と表舞台に立てるのか。


怒りが理性を打ち砕き、優は叫んだ。「私は慎一さんが一番――」


「もうやめろ!」慎一は彼女の言葉を遮り、悲しげな表情を見せながらも、「母さんの顔を立てて、翔太のことは見逃そうと思ったが、俺と千雪の大切な指輪を盗むなんて!」と厳しく言い放った。


「この結婚指輪がどれほど大事か分かっているのか?」


「どうしてそんなことができるんだ!」


「警察に連れて行け、被害届を出す!」その冷たい声と鋭い表情に、誰もが息を呑み、優も恐怖で黙り込んだ。


まるで本当に優が指輪を盗んだかのような空気だった。


慎一が目をやると、警備員は生気を失った優をすぐに個室から引きずり出していった。


冷たい指輪が指先に触れる。千雪が見下ろすと、慎一が彼女の薬指に結婚指輪をはめ、手を握りしめて真剣に言った。「千雪、君のものは誰にも奪わせない。泣かないで。君の涙は、僕には死ぬほどつらい。」


そう言って彼女の涙を拭い、指輪が光る。その一瞬、千雪は彼がまだ自分を愛していると錯覚しそうになった。彼は本当に彼女を大切に思い、これまでずっと守ってくれた。でも、その苦しみの原因こそ彼なのだ。


「誰にも私のものを奪わせない?」かつて自分だけを見つめてくれた彼の心は、とっくに奪い去られてしまったのに。


千雪は胸の痛みに耐えきれず、慎一の手を振り払い、洗面所へと駆け込んだ。冷たい水で顔を洗い、ようやく少し気持ちが落ち着いた。


突然、洗面所のドアが開き、翔太が入ってきて千雪の足元にひざまずいた。「ママ、指輪は僕が優先生にあげたんだ。お願い、警察に連れていかないで。捕まえるなら僕を捕まえて!」

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