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第14話 クライマックス必見!彼女は自由を!脱出する!

高橋千雪はついに自由を手に入れた。


あの「高橋家」と呼ばれる華やかな檻から抜け出し、高橋慎一の偽りの優しさや、美羽優のまぶしい存在からも遠く離れた。飛行機が雲を突き抜けて上昇する瞬間、千雪は窓にもたれ、遠ざかる東京の街並みが小さな光の点に変わっていくのをじっと見つめていた。胸の奥に何年も積もっていた重苦しさが、ようやく解き放たれた気がした。


だがその時、突然下腹部に強い痙攣が走り、千雪は思わず顔を青ざめさせて腹を押さえた――危うく忘れそうになっていた。望まれていないこの小さな命も、今、彼女と一緒に「逃げている」のだ。


けれど、この子は……。千雪は拳をぎゅっと握りしめ、爪が手のひらに食い込むほどだった。これは高橋慎一の裏切りの証であり、彼女自身の苦しみの延長でもある。千雪はこの子を受け入れることができなかった。


その時、不意に大きくて骨張った手が、彼女の手の上に重なった。服越しにも伝わる温もりに、千雪の体はぴくりと硬直し、反射的にその手を振り払ってしまう。驚いて顔を上げると、目の前にいたのは――高橋慎一だった。


どうして彼がこの飛行機に……?


濃紺のスーツに身を包み、目の下にはくっきりとした隈が浮かんでいる。それでも、慎一の視線は千雪を逃すまいと強く見据えていた。まるで、次の瞬間には消えてしまうかのように。


「千雪……」かすれた声で、震えるように彼が彼女を抱きしめる。顎を千雪の頭に乗せて、「やっと見つけた」とささやいた。


冷たい涙が首筋を伝い、千雪は硬直したまま顔を上げる。慎一の目は赤く潤んでいた。彼が涙を見せたのは、これが二度目だ。一度目は結婚式のとき――あの時は幸福の涙だと信じていたが、今になって思えば、あの男の涙の中には、千雪には理解できない計算や執着が詰まっていた。


「放して!」千雪は必死に抵抗するが、心臓はどうしようもなく痛んだ。宮本が言っていた言葉が頭をよぎる。「高橋慎一にとって、君は命より大事だ。突然消えたら、あいつは狂うぞ。」


命より大事に思われても、結局彼は他の女を抱き、結婚指輪を美羽優の首にかけ、息子に別の女を「お母さん」と呼ばせた。


「千雪、やめてくれ」慎一はさらに強く抱きしめ、「一緒に帰ろう」と、いつもの優しい口調で囁いた。


飛行機は引き返し、ロールスロイスのドアが東京で開いたとき、千雪は息が詰まりそうだった。車内の仕切りが上がり、外の視線が遮られる中、慎一は千雪を膝の上に座らせ、指先で彼女の涙を優しく拭う。「どうして急にいなくなったのか、教えてくれないか?」


千雪は唇を固く結び、冷ややかな目で窓の外を見つめた。幼稚園で翔太と美羽優が親しげにしているのを見て、息子が美羽優を「お母さん」と呼ぶ声を聞き、さらに翔太のリュックから「三人家族」の写真を見つけた――それらの光景は心に突き刺さり、千雪はどうしても逃げ出さずにはいられなかった。


「翔太のこと?」慎一は少し声を和らげ、手を千雪の腹に当てて優しく撫でた。「それとも……体調が悪いのか?」


千雪の体がびくっと震えた。幼稚園で倒れたとき、見知らぬ男が彼女を交番まで運んでくれた。その時、彼は小声で「先輩」と呼んだ――組織の合言葉だ。まさか、慎一が何か掴んだのでは……?


ちょうどその時、慎一のスマートフォンが三度連続で震えた。千雪の心臓が跳ね上がる――あれは客室乗務員の携帯を借りて送った、自分のメッセージだ。もし慎一に見られたら、組織との繋がりが露見してしまう!ほとんど反射的に千雪はスマホを奪い取り、窓を下げて、思い切り流れる車の中へと投げ捨てた。スマホは夜の闇に消えていった。


慎一は呆然とし、複雑な感情が一瞬浮かんだが、結局何も言わなかった。車は高橋家の広い邸宅へと滑り込み、玄関では執事が待ち構えていた。「ご主人様、ご依頼の件、調べがつきました。」


千雪の心臓が喉元までせりあがった。「先輩」と呼んだあの男――もし慎一が素性を掴んでいたらと思うと、恐ろしかった。


「調べなくていいわ」千雪はわずかに震える声で先に口を開いた。「親切な人のことは、そっとしておいてあげて。」


慎一はじっと千雪を見つめた後、静かに執事に退くよう合図した。彼は千雪をそっと抱き上げ、邸宅の中へと運び入れる。「君の言う通りにするよ」と、穏やかな声で告げた。


だが、玄関をくぐった瞬間、執事が再び近づき、ファイルを開いて報告した。「ご主人様、防犯カメラの映像に、奥様を助けた人物が……」


A4の紙にプリントされた防犯映像には、はっきりと一人の女性の姿が映っていた――美羽優だ。彼女は高橋翔太そっくりの男の子を抱き、幼稚園の門前で慎一と何か話している。千雪の瞳孔が大きく開き、頭に血が上った。彼女は勢いよく慎一の頬を平手打ちした。


その音は静まり返ったホールに鮮明に響いた。高橋雅と翔太、そして使用人たちが驚いて顔を出す。結婚して六年、千雪が慎一に手を上げたのは初めてだった。


「高橋慎一!」千雪の声は震え、涙が一気にあふれ出す。「教えてよ。どうして美羽優が翔太の幼稚園にいるの?どうしてあの女を子どもに近づけたの?一体何を考えてるの?」


千雪はファイルを奪い取り、中の写真を慎一に投げつけた。「首にしたって言ったのに、ちゃんと処理すると約束したのに、彼女はまだいる!しかも子どもと一緒に現れるなんて――私を馬鹿にしてるの?」


慎一は頬を押さえ、暗い表情で黙り込んだ。高橋雅が、今にも崩れ落ちそうな千雪を支え、息子に向ける視線は深い失望に満ちていた。「慎一、お前は千雪をあまりにも傷つけすぎた!」


翔太は雅の後ろに隠れ、涙ぐんだ母の目を見て、初めて恐怖を感じていた。


千雪はただまっすぐ慎一を睨みつけ、心の中でただひとつだけを繰り返す――あと28日、宮本の手が伸びるその日まで、もう二度とこの男の嘘に縛られない。


私は、自由になる。本当の自由を。

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