目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第2話  抗えない惹かれ合い

もし記憶が正しければ、今日は結婚して二周年の記念日だ。夫として、そろそろ自分の義務を果たすべき時なのかもしれない。


奈央は隼人の雰囲気が変わったことに気づき、声をかけようと振り向いた瞬間、彼に強く押さえつけられた。濃厚な男の香りが一気に奈央を包み込む。


驚いて目を大きく見開いた。さっきまで怒りに震えていた隼人が、次の瞬間には強引にキスしてきたことが信じられなかった。


隼人はまず唇を求めたが、奈央はまるで固まったように反応がない。さっきまで反論していた口元も、今はすっかり動かない。何度かキスを重ねてみても答えが返ってこない。隼人は耐えきれず、唇を首筋や鎖骨へと滑らせていく。


胸元に近づくほど、奈央の香りが一層強くなり、冷たいシャワーで冷ましたはずの酔いが一気にぶり返す。理性が崩れ、残るのはただの本能だけだった。


奈央は我に返り、裸の肌に鳥肌が立つ。途切れがちな声で叫んだ。「隼人…ちゃんと見て、私は奈央よ…玲奈じゃない…」


その言葉が終わる前に、激しい痛みが全身を襲った。


「やっ…!」思わず声を上げ、必死に逃れようとするが、彼に両手を押さえつけられ、唇を再び塞がれる。「何を装ってるんだ、初めてでもないくせに。」


闇の中、奈央の目尻から涙が止まらずにこぼれ落ちた。


演技じゃない、本当に痛いのだ。確かに初めてじゃないけれど、出産後ではこれが初めて。骨が砕けるような感覚は、こんなことだろうか。


隼人は皮肉を言いながらも、唇に触れた涙のしょっぱさにふと動きを止める。喉を大きく鳴らし、しばらくじっとそのまま動かなかった。


そして再び動き始めたときは、驚くほど穏やかなものだった――

翌朝、奈央は胸の張りと痛みで目が覚めた。母親になって三ヶ月、こんな突然の痛みにもすっかり慣れていた。

目を開けて最初に探すのは子どもだった。授乳すれば痛みは和らぐ。


だが、ベビーベッドは空っぽだった。


一瞬、呆然とした後、はっと気づく。しまった!お兄ちゃんは二日前に寝返りを覚えたばかり。もしかして落ちたのでは?


慌ててベッドから身を乗り出し、下を覗く。よかった、床にはいない!


ほっとしたのも束の間、腰と下腹部に残る鈍い痛みと違和感が奈央を苦しめた。思わず腰を押さえ、もう一方の手でベッドを支える。昨夜の混乱した記憶がよみがえってくる――


玲奈の言葉に傷つき、隼人に離婚を切り出したことで、彼を怒らせてしまった。


あの男はまるで狂ったように奈央を求め、夜明けまで続いた。


正直に言えば、奈央はこの親密さ自体を拒んでいたわけではない。隼人は容姿も抜群で、体力も人並み外れている。そんな人と関係を持つこと自体、損ではない。


だが、経験の少なさと出産後の初めてのこと、そして彼の乱暴さで、ロマンチックなはずの行為はすっかり苦痛なものに変わってしまった。


一夜の出来事で、奈央はわずかに残った気力まで使い果たし、朝、隼人がいつ出て行き、家政婦がいつ子どもたちを連れて行ったのか、全く気づかなかった。


ぼんやりしたまま、昨夜の出来事が繰り返し頭に浮かぶ。悔しさや恥ずかしさで顔が熱くなる。


もし記憶が正しければ、奈央が痛みで涙を流した後、隼人の動きは明らかに優しくなった。まるで彼女が慣れるまで時間を与えるかのように。


でも、あの冷たくて優しさを見せたことのない隼人が、急に奈央にだけ優しくするだろうか?


そんなことはない。きっと気のせいだ。


彼の優しい一面は、妻である自分にではなく、彼が手に入れられなかった幼なじみの玲奈にだけ向けられていた。そもそも二人の「初めて」も、玲奈が結婚した夜、隼人が酒に酔って奈央を彼女と勘違いし、無意識のうちに関係を持ってしまったのがきっかけだった。


だから昨夜、奈央がその名前に触れたのも逆効果だったのだろう。


――あの名前を口にする資格なんて、私にはないのかもしれない。


そんなことを考えていると、突然ドアが静かに開いた。


驚いた奈央はとっさに横になり、寝たふりをした。昨夜のことがあって、隼人と顔を合わせる自信がなかった。


「奥さま?お目覚めですか?」紀子の声が聞こえた。


奈央は慌てて目を開けた。「紀子さん……」少し照れくさそうに起き上がる。「颯斗と祐奈、起きてますか?」


「ええ、五時ごろ一度授乳しましたけど、もうお腹が空いたみたいです」と紀子が優しく答える。


「はい、すぐ支度します」と奈央はうなずいた。


紀子が子どもたちの元へ行くと、奈央は急いでベッドを降りて洗面所へ向かった。足を踏み出すたびに、昨日の名残がはっきりと身体に残っているのを感じて、思わず顔が赤くなる。


隼人は表向きは冷淡なのに、ああいう時だけは誰より熱い――


火照った頬を手で覆い、奈央はそそくさと浴室に入った。少しでも昨夜のざわつきを洗い流したかった。


子どもたちに授乳し終えると、もう三十分以上が過ぎていた。気づけば、奈央のお腹も空腹を訴えている。


朝食を取りに階下へ向かい、エレベーターを降りると、ダイニングで隼人が座っているのが目に入った。


心臓が跳ね、頭が真っ白になる。


もう九時なのに、どうして隼人はまだ会社に行っていないのだろう――

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?