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第33話 身内の仕業

明彦は隼人のことを兄弟のように大切に思っていたが、男として「裏切り」を黙って受け入れられる者などいなかった。どんな人間でも、プライドを踏みにじられて平気でいられるはずがなかった。


リビングには再び重苦しい沈黙が流れた。誰も口を開こうとしなかった。


隼人は、幼なじみの明彦をなだめて玲奈を家に迎えに行くよう説得しようと思ったが、昨夜「これ以上夫婦のことには口を出さない」と約束したばかりだったことを思い出し、言葉を飲み込んだ。


そんな中で、九条綾子がため息をつき、気まずい空気を破った。

「もう外の騒動は放っておきましょう。しばらくはみんなおとなしくして、これ以上問題を起こさないようにしなさい」


そう言って彼女は婿の明彦に目を向け、やや気まずそうな顔をしながらも、穏やかな口調で続けた。


「明彦、玲奈を連れて帰りなさい。結局、これからの人生を歩むのはあなたたち二人なのだから、私たち親があれこれ口出しするものじゃない。この子をどうするかも、二人でしっかり話し合って決めなさい」


九条綾子は理性的で、婿の顔を立てる大人の対応を見せた。


明彦もその気持ちを汲み取り、すぐに返事をした。

「分かりました。後で玲奈を迎えに行って、しっかり話し合います」


玲奈はその言葉を聞き、明彦が自分に中絶を迫るのだと思い込んで反発した。

「私は帰りません! 離婚してもいい、この子は絶対に産みます!」


明彦は言葉を失った。


こうした場面に、隼人が居合わせるのは場違いだった。


ちょうどその時、彼の携帯が鳴った。


「ちょっと電話に出てくる」

画面を見ると小林からで、急ぎの用件だと察し、すぐに席を立った。


「社長、警察があのインフルエンサーを捕まえました。勾留されると知って、すぐに誰に指示されたか白状しました。誰だと思います?」

電話越しの小林悟の声は深刻だった。


隼人は苛立ちながらも、ふとある考えがよぎり、眉をひそめた。

「まさか月島家の人間か?」


「はい、月島静子さんです」


「静子?」隼人は驚きを隠せなかった。


まさか身内が裏で糸を引いていたとは思いもしなかった。


「先月、静子さんの兄である偉さんが隼人様の命令に降格されてから、彼女はずっと不満を抱えていたようです。きっとそのことを根に持って、今回この機会を利用したのでしょう」


「わかった。この件はひとまず伏せておいてくれ。後で自分で対処する」


電話を切り、隼人は大きく息を吐くと、九条家の人たちに別れのあいさつをして部屋へ戻った。


玲奈は隼人が帰ろうとするのを見て、思わず立ち上がりかけたが、九条綾子に素早く手を引かれ、ソファに戻された。


明彦はその様子を見て、内心の苛立ちを抑えながら、隼人を玄関まで見送りに出た。


かつては一心同体のような間柄だった二人だが、今は向かい合っても言葉が出てこなかった。


最後に隼人は小さくうなずくと、背を向けて歩き出した。


明彦はその後ろ姿を見送りながら、普段よりもずっと冷たい表情になっていた。


隼人は会社へは向かわず、そのまま月島家の本邸へ戻った。


日中に息子が帰ってきたことで、月島凌子は驚いたが、すぐに事情を察し、慌てて駆け寄った。

「隼人、ネットの騒動は片付いたの? 今日、何人も私に電話してきて、本当なのかって聞かれたけど、全部一喝してやったから!」


「ねえ、どこに行くの? それより、今朝和子から電話があって、奈央がまた離婚したいって? ちゃんと説明したの? 離婚するにしても、こんなことで別れたらあなたが悪者にされて、財産も取られるわよ──」


月島凌子は息子の後を追いながら、リビングから監視室まで、あれこれ小言を言い続けたが、隼人は無言だった。


奈央がまた離婚を言い出したと聞いた時、隼人は表情を変え、母を振り返った。

「和子がどうしてそんなことをあなたに話したんだ?」


「さあ?本人が直接あなたに言いづらかったんじゃないの。子どもが二人とも小さいから、母親がいないとかわいそうだって。私も子どもたちが心配だけど、奈央はちょっと細かすぎて私とは合わないし……」


「心配しなくていい。離婚なんてしないし、子どもたちも母親を失うことはない」


隼人は奈央がまた離婚しようとしていることを察していたが、自分にその気はなかった。


きちんと証拠を集めてデマを晴らせば、奈央はきっと戻ってきてくれると信じていた。


監視カメラの前に立つと、隼人は素早く数日前の本邸リビングと別館の映像を呼び出した。


何をしているのか分からず、月島凌子は戸惑いながら尋ねた。

「何のために監視映像を見てるの?」


隼人は答えず、代わりに母親へ指示をした。

「今夜、叔母さんと静子を本邸に呼んで」


老眼で息子が何をコピーしているのか見えないまま、月島凌子は隼人が立ち去るのを見送った。


「隼人、一体何を企んでるの?どうして叔母たちを呼ぶの?」

彼女は続けて問いかけた。


「言われた通りにしてくれ」


会社に戻るべき急ぎの仕事もあり、隼人は本邸を後にし、その足で会社へ向かった。


昼前には、ある大物芸能人の脱税スキャンダルのニュースがネットを席巻し、その額3千万円とも報じられた。


このニュースが流れると、瞬く間にネットは大騒ぎとなり、財閥のニュースなど誰も気に留めなくなった。


奈央はそのニュースを見て、思わず感心した。

──さすが財閥の力ってすごいわ。


翠も同じような感想だった。


「月島家も黒崎家も九条家も、神戸じゃ顔色一つで世の中が動くくらいの家柄だもん、こんなスキャンダルなんてすぐ新しい話題でかき消されるよね。でもあの芸能人も自業自得よ、あんなに脱税してたら、いつかはバレるでしょ」

翠は神戸に来たばかりで仕事もまだ決まらず、最近はよく奈央と話していた。


奈央は黙ったまま、スマホを握りながらぼんやりしていた。


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