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第02話 お見合い2


佐藤司は何も言わず、手際よく結婚届を職員の前に差し出した。


手続きは、驚くほど静かに進んだ。


職員は何度か視線や言葉で、二人が本当に納得しているのか確かめようとした――


なにしろ、会話ゼロの結婚手続きなど滅多にない。


だが、二人とも落ち着いて「間違いありません」とだけ答える。職員は淡々と手続きを進めるしかなかった。


二人は一緒に庁舎を出た。


玄関先で、佐藤司が足を止め、有咲を待った。


彼はスーツのポケットから鍵の束を取り出し、有咲に差し出した。


「家は世田谷駅の近くだ。おばあちゃんから、君がA大学の前で店を出していると聞いた。駅から歩いて十数分だ。」


「もし車が必要なら、頭金は僕が出します。ローンは自分で払えばいいです。便利だから。」


「僕は仕事が忙しいです。いつも早朝か深夜に帰るし、出張も多いです。君は自分のことだけ考えてくれていいです。家の生活費は毎月十日に振り込みます。」


「それと、しばらくは結婚を公にしないでおきましょう。余計な手間を避けたいです。」


彼の話し方は早口で、まるで仕事の指示のようにきっぱりしており、有咲が口を挟む隙もなかった。


有咲がスピード結婚を選んだのは、お姉ちゃんの家を出て安心させてあげるためだった。


司が自ら鍵を差し出したので、遠慮せず受け取った。


「免許は持っています。でも今は車は必要ありません。」と答えた。


少し間をおいて、心に引っかかっていたことを口にした。

「あの、佐藤さん、生活費は割り勘にしますか?」


お姉ちゃん夫婦はお互いに愛情があったのに、義兄は割り勘を持ち出した。家事や子育ての大変さを経験していない男の人は、家のことなんて楽だと思っている。


司とは今日まで会ったこともないスピード結婚。割り勘のほうが気楽だと思った。


司はほとんど考えることなく、落ち着いた低い声で答えた。

「君を妻に迎えた以上、君もこの家も僕が養う。割り勘はしない。」


有咲はうなずいた。

「分かりました。」


彼の家に住むことになるが、日用品は自分で揃えるつもりだ。家賃が浮いただけ、と割り切る。


お互いに気を遣えば、きっとやっていける。


司はもう一度腕時計を見た。

「会社に戻らないと。車は使ってもいいし、タクシーでも構わない。費用は僕が持つ。おばあちゃんは僕が送るよ。」


そしてスマホを取り出した。

「LINE交換しておこう。連絡しやすいから。」


二人はQRコードを読み取り、友達登録を済ませた。


有咲はスマホをしまいながら、「タクシーで帰ります。お仕事に行ってください」と告げた。


「分かった。何かあれば連絡して。」と司は答え、タクシー代として一万円を手渡した。


有咲は反射的に断ろうとしたが、司は眉をひそめ、拒否できない雰囲気を醸し出したため、仕方なく受け取った。


新婚の二人は一緒に帰ることはなかった。


司は先に庁舎を出て、路肩に停めてあった黒いセダンに向かった。


ドアを開けて乗り込み、シートベルトを締める。


後部座席のおばあちゃんがすぐに身を乗り出した。

「あれ?一人だけ?まさか君がやめたの?それとも有咲ちゃんが?」


司は自分の婚姻届を後ろに差し出しながら答えた。

「手続きは済ませた。会社が忙しいから急いで戻る。タクシー代は渡したよ。」


エンジンをかけ、「おばあちゃん、前の交差点まで送るから、そこからは警備の人に家まで送ってもらって。」


「どんなに忙しくても、彼女を一人にしちゃダメでしょ!」とおばあちゃんが焦ってドアを開けようとしたが、ロックされていた。

「停めなさい!有咲ちゃんが出てくるまで待って!」


「おばあちゃん。」司の声は冷静で、しかし譲らない。

「約束通り結婚した。他のことには口を出さないで。これからは僕の家庭だ。僕のやり方でやる。彼女の人柄はこれから見極める。納得できるまでは、夫婦らしい関係にはならない。」


おばあちゃんは言葉に詰まった。

「……佐藤家の男は離婚なんてしないんだからね!」


「それは、おばあちゃんが選んだこの人が、僕の一生を預ける価値があるかどうかによる。」

司はそう言いながらハンドルを切り、車は流れに乗って走り出した。

もし有咲が本当におばあちゃんの言う通りの人なら、決して大切にしないことはない。


もし違えば……半年後に離婚すればいい。関係も持たず、周囲にも内緒の結婚だから、彼女もすぐに再婚できる。


車は十分ほど走り、交差点で停まった。


そこには無骨な高級車が数台停まっており、その中でもロールスロイスがひときわ目立っていた。


司は路肩に車を停めて降り、待機していた警備員に鍵を投げ渡した。

「おばあちゃんを家まで頼む。」


そしてロールスロイスに向かい、運転席に乗り込んだ。


車は音もなく発進し、すぐに見えなくなった。


おばあちゃんは車内で呆然としながら、「まったく、あの子ったら…!」と怒りをぶつけたが、すぐに小声で呟いた。

「そのうち有咲ちゃんに夢中になって、後悔すればいいのに。おばあちゃん、楽しみにしてるからね!」


いくら悔しくても、孫はもう戻ってこない。


おばあちゃんはあわててスマホを取り出し、有咲に電話をかけた。そのとき有咲はタクシーの後部座席に座っていた。


「有咲ちゃん、ごめんね。司は会社のことが忙しくて……気にしないでね。」

おばあちゃんは申し訳なさそうに言った。


「大丈夫です、気にしていません。タクシー代ももらったので、今帰っているところです。」


「そう、それでいいの! これからは家族なんだから。司が意地悪したら、すぐおばあちゃんに言うのよ。絶対に守ってあげるから!」


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