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第06話  親友


有咲は微笑みながら言った。


「だから、私が結婚したことはお姉ちゃんには内緒にしておいてね。お姉ちゃんが知ったらきっと悲しむから。」


奈奈は一瞬言葉を失った。


この親友、ほんとうに度胸がある。


奈奈は大きく息を吸い込んでからゆっくり吐き出し、なんとか衝撃的な事実を飲み込もうとした。


彼女はずっと、スピード結婚なんて本の中だけの話だと思っていた。恋愛小説の中でしかあり得ない、作家が読者を楽しませるための虚構だと。


それなのに、もう十年来の付き合いになる有咲が、たった数言でその常識をあっさりと覆してしまった――現実は小説よりも奇なり、とはこのことか。


「有咲……」

奈奈は身を乗り出し、心配と興奮が入り混じった光を瞳に浮かべて、

「小説のヒロインって、簡単に御曹司を見つけたりするけど……まさか、旦那さんもそうなんじゃない?」


自分でも荒唐無稽だと思いつつ、どこかで期待してしまう自分がいた。


有咲は思わずレモンウォーターでむせそうになり、苦笑しながら奈奈の手の甲を軽く叩いた。


「ちょっと、目を覚ましなよ!うちの店にある恋愛小説を全部教科書代わりにしてるの?道ばたにそんな御曹司がゴロゴロしてるわけないでしょ、簡単に結婚できるなんて!」


そう言って首を振り、親友の突飛な発想に呆れたようだった。


「そういえば――」奈奈はふと思い出したように目を輝かせた。

「有咲、東京で一番のお金持ちって誰か知ってる?資産がもう何千億もあるって噂だよ。なんて名前だったかな……父がちらっと話してたような……」


一生懸命思い出そうとしたが、結局諦めて、

「まあ、どうせ私たちには縁のない世界だから。会話する機会なんて一生ないよね。」


ちょうどそのとき、出前のノックが響き、話題は途切れた。


有咲は立ち上がって料理を受け取り、奈奈の分を手渡した。


自分の弁当のフタを開けると、湯気と美味しそうな香りが部屋いっぱいに広がる。


「私が知ってる中で一番お金持ちは、奈奈、あなただよ。」

有咲は箸を持ちながら、さらりと言った。

「東京にどんな大富豪がいようと、私には関係ないし。」


「確かにね。」奈奈は割り箸を割りながらうなずいた。


二人はそれぞれ食事に集中した。咀嚼の音だけが静かに響く中、有咲がぽつりと、少し疲れた声で言った。


「何年もがんばって、多少お金は貯まったけど……東京の家はやっぱり高くて。頭金だって、まともな額が全然足りないよ。」


「もっと小さい部屋ならどう?頭金、足りそう?もしよかったら、少し貸すよ?」

奈奈は本気で心配していた。


有咲は微笑んで、

「今はちゃんと住む場所があるから。家を買うのは、そのうちまた考えるよ。」


「Aマンション?!」

奈奈は目を丸くした。

「あの辺、安くないよ。環境もいいし、交通も便利だし、うちの書店からもそれほど遠くない。旦那さん、どこに勤めてるの?Aマンションに住めるなんて、きっと収入も高いんでしょ?」


午後、書店にはページをめくるかすかな音だけが響いていた。


二人は交代で裏の小さな休憩室で仮眠をとり、やがて夕方の下校ラッシュを迎えた。


学校の前はあっという間に生徒で賑わい、どの店も忙しくなった。


有咲と奈奈も気を引き締めて、ひっきりなしに来る客を相手にしていた。夜十一時になって、ようやく通りは静けさを取り戻す。


奈奈の家は近いので、有咲は先に帰るよう促した。自分は手早く書店のガラス戸とシャッターを閉めた。


「有咲さん、こんなに遅くまで?」

隣の雑貨屋の奥さんが店先で声をかけてきた。


「夜道は危ないから、早くいい人見つけて、迎えに来てもらいなさいよ。」


有咲は自転車のハンドルを握り、ライトをつけながら振り返って笑った。


「大丈夫ですよ、空手を何年か習ってましたから!」


この帰り道は、目を閉じていても帰れるほど慣れ親しんだ道だ。


何年も夜遅く一人で帰るうちに、何度か、彼女が一人だと見て絡んできた不良たちもいた。


でも結局、みんな有咲に返り討ちにされ、泣きながら逃げていった。


そうしているうちに、この道の不良たちは皆「書店の女店主には手を出さないほうがいい」と知るようになり、誰も近づかなくなった。


雑貨屋の奥さんは有咲の自転車が遠ざかっていくのを見届けながら、荷物を運ぶ夫につぶやいた。


「有咲ちゃん、いい子なのにね。うちの息子はまだ子どもすぎて話にならないわ。」


夫は最後の箱を積み上げ、手をはたきながら笑った。


「有咲ちゃんは、きっと将来リッチな奥さんになるよ。」


「有咲の家なんて、大したことないじゃない。」奥さんは悪意なく事実を口にした。「両親ももういないし、田舎の実家も小さいし、面倒見てるおお姉ちゃんさんもいる……どんなにがんばったって、せいぜい普通の家庭に嫁ぐのがやっとでしょ。お金持ちの家に嫁ぐなんて、無理よ。」


「はいはい、わかったよ。」

夫は空き箱を抱えて店の中に戻った。


「誰があんたと争うもんですか。」

奥さんは扇子をあおぎながら、静かな通りを見つめてつぶやいた。


有咲は慣れた足取りで古い団地までやってきた。


無意識に六階の、見慣れた窓を見上げる。真っ暗だった。


その瞬間、胸の奥に鋭い寂しさが突き上げてきた。


やっと実感した――あの明かりがともり、食事のにおいが漂い、お姉ちゃんと「ようちゃん」が待ってくれていた「家」は、もう自分のものではないのだと。


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