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第08話 まだ慣れない


佐藤司は自分の体型にはかなり気を遣っている。好き勝手に食べて太るなんて、絶対に許せない。


ダイエットは本当に大変だ。


有咲が微笑む。

「佐藤さん、スタイルがいいですね。」


彼女はおそるおそる尋ねる。

「じゃあ……私はそろそろ部屋に戻って休みますね?」


「うん。」

佐藤司は鼻で軽く返事をした。それが許可の合図だった。


「おやすみなさい。」

咲はほっと息をつき、自分の部屋へと足早に向かった。


「待って。」

佐藤司の声が静かなリビングに響き渡る。


少し間があってから、彼は名前を呼んだ。

「有咲。」


佐藤司の視線が有咲のほうに流れる。どこか値踏みするような眼差しで、最終的に彼女の薄手のパジャマに留まった。


「これからは」

彼の声は淡々としていたが、内容は有咲を一瞬で固まらせた。

「パジャマ姿で外に出るのはやめてくれ。」


鋭い視線で、見てはいけないものまで一瞬で見抜かれたような気がした。


二人は法律上は夫婦。自分が見た程度ならまだしも——


もし他の誰かが見たら? そう考えると、司の中に苛立ちが湧き上がる。


自分の妻の体を、他人に見せるつもりはない。


有咲の顔が一気に赤くなり、耳まで熱くなる。


彼女は慌てて背を向け、まるで逃げるように自分の部屋へ駆け込み、「バタン」と勢いよくドアを閉めた。ドア枠が震えるほどの勢いだった。


司はその閉ざされたドアを見て、眉をひそめた。


自分は特に気にしていなかったのに、彼女はここまで恥ずかしがるのか?


リビングには彼だけが残された。


しばらく静かに座ってから、主寝室へと向かった。


このマンションは、急いで購入した新築の分譲マンションで、すぐに住めるのが魅力だった。


慌ただしく引っ越したせいで、自分の部屋もまだ整理がついていない。荷物もきちんと片付いていない。


ただ、一つだけ満足していることがある。有咲は空気を読んで、自分のテリトリーに入り込んできたり、「夫婦としての義務」などを求めてくることもなかった。


そのおかげで、少しだけ気が楽になった。


夜が更け、壁一枚隔てて暮らす見知らぬ二人は、互いに干渉することなく静かな夜を過ごした。


朝六時、有咲はいつものように目覚める。


目を開けると、見慣れない天井と部屋のレイアウトに、一瞬混乱する。


いつもの癖で布団をめくって起き上がり、体は無意識に「朝の準備モード」に入っていた——


この時間、お姉ちゃんの家ではすぐに朝食の支度をし、部屋を片付け、余裕があれば洗濯物も干していた。


何年も、まるで家政婦みたいな生活だった。お姉ちゃんの苦労を思いやってやっていたことが、義兄の目には当たり前のことのように映っていたのだと、今になって気づく。


思い出がフラッシュバックする。


有咲は自嘲ぎみに口元を歪め、小さくつぶやく。

「寝ぼけてた……ここはもう私の家なんだ。」


張り詰めていた肩の力が抜け、そのまま枕に倒れ込む。


もう少し寝てもいい? そんな甘い誘惑が頭をよぎる。


だが、しみついた生活リズムは簡単に変わらない。


目を閉じて十数分ほど横になってみても、結局眠れず、むしろ頭はますます冴えてきた。


ちょうどそのとき、空腹も感じ始める。


仕方なく、彼女は起き上がった。


着替えて、洗面を済ませる。


部屋を出ると、リビングは静まり返っていた。


廊下の奥にある主寝室のドアはしっかり閉じられている——司はまだ起きていないようだ。


昨夜は遅かったし、当然かもしれない。


有咲はキッチンに向かった。


目の前に広がる光景に、思わず言葉を失う。


新品同様のシステムキッチンはピカピカで、どこか冷たい雰囲気が漂っていた。


きれいなカウンター、大きなビルトイン冷蔵庫、どれも使われた形跡がない。


昨日、ネットで調理器具を注文したが、さすがにまだ届いていない。


こんなことなら、直接スーパーで買ってくればよかった。


引越しの時、近くにコンビニがあるのを見かけた気がする。


有咲は外で朝食を調達することにした。


二人分?主寝室のドアを一瞥し、彼を起こすのはやめておくことにする。


せっかくだから、いろいろ買っておこう。


おにぎり、味噌汁、おでん、パン……朝食を手にキーで静かに玄関のドアを開ける。


ほぼ同時に、主寝室のドアも開いた。


司は明らかに寝起きで、髪は少し乱れ、どこか無防備な雰囲気を漂わせていた。


しかも——上半身は裸、引き締まった胸と腹筋が朝の光にくっきりと浮かび上がっている。


どうやら水でも飲みに来たのだろう。リビングに誰かいるとは思っていなかったらしい。


目が合う。


時間が一瞬止まったように感じた。


次の瞬間、司は火傷でもしたかのように、両腕でとっさに胸を隠し、少し慌てた様子で主寝室に引き返した。「バタン」と昨日の有咲よりも大きな音でドアが閉まった。


有咲は玄関で、まだ温かい朝食の袋を手に、急な出来事に呆然とした。


だが、閉まったドアを見つめているうちに、こらえきれない笑いがこみ上げてきて、肩が震えた。


男の人が上半身裸なんて……


大げさじゃない? プールでだって見慣れているのに。


腹筋を数えたところで、まるで襲われたみたいに胸を隠すなんて。


この光景……どうしても笑ってしまう。


しばらくして、主寝室のドアが再び開いた。


司は、いつもの几帳面な佐藤さんに戻っていた——


きちんとしたダークスーツに、整えられた髪。


ただ、その端正な顔は不機嫌そうに曇り、唇は固く結ばれていた。


彼は有咲を見つめ、怒りとも気まずさともつかない、複雑な表情を浮かべている。


忘れていた。


この家にはもう一人、名目上の妻がいることを、完全に忘れていた。


山の上の別荘なら、朝の二階は完全な自分の領域で、家政婦が来ることもない。


たまに上半身裸で部屋を出るのは、もう習慣になっていたのに。


でも、今日はその習慣が裏目に出て、しかも“計算高い女”に見られてしまった。


「佐藤さん、」

有咲はなんとか笑いをこらえながら、朝食の袋をダイニングテーブルに置き、ひとつずつ広げていく。

「朝ごはん、買ってきました。どうぞ。」


司は数秒黙った後、少しぎこちない足取りでテーブルに近づいた。


テーブルいっぱいに並んだ、米や出汁の香りが漂う食べ物を見て、ほんのわずかに眉を潜め、少ししゃがれた低い声で言った。

「自分で料理はできないの?」


その言い方から、コンビニの食事を快く思っていないのが伝わってくる。


「できますよ。」

有咲はあっけらかんと答え、容器のふたを開けるとさらにいい香りが広がる。

「結構、得意なんです。」


司はそれには答えず、ただ食べ物をじっと見つめていた。

「コンビニのものは、ちょっと…料理できるなら、できるだけ家で食べてくれ。」


佐藤家の後継者として、こんな庶民的なコンビニ食品には慣れていないのだろう。


有咲は手を止めて彼を見上げ、反論するように微笑んだ。

「佐藤さん、自分の家のキッチン、見ました?」

彼女は空っぽでぴかぴかのキッチンを指さす。

「鍋もフライパンも調味料も、何もないんです。私がどんなに料理上手でも、道具も材料もなければ、何も作れません。」


司は言葉に詰まり、思わずキッチンを見やったが、何も言い返せなかった。


「食べます?」

有咲は箸を彼の前に置く。


空腹には勝てず、司は椅子を引いて座った。わざとらしく落ち着いた動作で箸を手に取る。

「せっかく買ってきたんだから、食べないともったいない。たまには……」

一度言葉を切り、自分を納得させるように続けた。

「たまには、いいか。」


有咲はその言い訳に突っ込まず、朝食を半分ずつ分けて彼の前に差し出し、自分の分を食べ始めた。


「昨日引っ越してきて、あのキッチンを見てすぐネットで調理器具を注文しました。届いたら、これからは自分で料理しますから。コンビニ飯はもう出しません。」


彼が会社で偉い立場にいるのだろう、と有咲はなんとなく察していた。普段からきちんとした生活をしていそうだ。


自分も普段は自炊派で、書店で忙しい時だけ出前を頼んでいた。


少しくらい彼の生活に合わせるのも悪くはない。


「それと、」箸を置いて彼を見た。

「家にまだ足りないものが色々あるので、私の好みで少しずつ揃えてもいいですか?」


ベランダに花を置いたり、読書用のブランコチェアを置いたり……そんな想像が頭をよぎる。


司は玉子焼きをつまみながら、有咲を一瞥し、また食べることに集中した。


こうした普通の朝食も、思いのほか美味しかった。


「結婚した以上、ここは君の家だ。」

彼は食べ物を飲み込み、淡々と言った。

「俺の部屋以外は、好きにしていい。」


こういった細かいことに、彼は深く関わるつもりはない。


「わかりました。」

有咲は許可をもらい、少し安心した。


「それと、」

ふと思い出して、

「昨日、おばあさまから週末に本家に行って、親族に挨拶するようにと言われました。」


司は顔も上げず、変わらぬトーンで答えた。

「週末になったら考える。スケジュールが合わなければ、祖母に両親を連れてきてもらって、ここで食事すればいい。」


有咲は「はい」とうなずいた。


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