佐藤司は自分の体型にはかなり気を遣っている。好き勝手に食べて太るなんて、絶対に許せない。
ダイエットは本当に大変だ。
有咲が微笑む。
「佐藤さん、スタイルがいいですね。」
彼女はおそるおそる尋ねる。
「じゃあ……私はそろそろ部屋に戻って休みますね?」
「うん。」
佐藤司は鼻で軽く返事をした。それが許可の合図だった。
「おやすみなさい。」
咲はほっと息をつき、自分の部屋へと足早に向かった。
「待って。」
佐藤司の声が静かなリビングに響き渡る。
少し間があってから、彼は名前を呼んだ。
「有咲。」
佐藤司の視線が有咲のほうに流れる。どこか値踏みするような眼差しで、最終的に彼女の薄手のパジャマに留まった。
「これからは」
彼の声は淡々としていたが、内容は有咲を一瞬で固まらせた。
「パジャマ姿で外に出るのはやめてくれ。」
鋭い視線で、見てはいけないものまで一瞬で見抜かれたような気がした。
二人は法律上は夫婦。自分が見た程度ならまだしも——
もし他の誰かが見たら? そう考えると、司の中に苛立ちが湧き上がる。
自分の妻の体を、他人に見せるつもりはない。
有咲の顔が一気に赤くなり、耳まで熱くなる。
彼女は慌てて背を向け、まるで逃げるように自分の部屋へ駆け込み、「バタン」と勢いよくドアを閉めた。ドア枠が震えるほどの勢いだった。
司はその閉ざされたドアを見て、眉をひそめた。
自分は特に気にしていなかったのに、彼女はここまで恥ずかしがるのか?
リビングには彼だけが残された。
しばらく静かに座ってから、主寝室へと向かった。
このマンションは、急いで購入した新築の分譲マンションで、すぐに住めるのが魅力だった。
慌ただしく引っ越したせいで、自分の部屋もまだ整理がついていない。荷物もきちんと片付いていない。
ただ、一つだけ満足していることがある。有咲は空気を読んで、自分のテリトリーに入り込んできたり、「夫婦としての義務」などを求めてくることもなかった。
そのおかげで、少しだけ気が楽になった。
夜が更け、壁一枚隔てて暮らす見知らぬ二人は、互いに干渉することなく静かな夜を過ごした。
朝六時、有咲はいつものように目覚める。
目を開けると、見慣れない天井と部屋のレイアウトに、一瞬混乱する。
いつもの癖で布団をめくって起き上がり、体は無意識に「朝の準備モード」に入っていた——
この時間、お姉ちゃんの家ではすぐに朝食の支度をし、部屋を片付け、余裕があれば洗濯物も干していた。
何年も、まるで家政婦みたいな生活だった。お姉ちゃんの苦労を思いやってやっていたことが、義兄の目には当たり前のことのように映っていたのだと、今になって気づく。
思い出がフラッシュバックする。
有咲は自嘲ぎみに口元を歪め、小さくつぶやく。
「寝ぼけてた……ここはもう私の家なんだ。」
張り詰めていた肩の力が抜け、そのまま枕に倒れ込む。
もう少し寝てもいい? そんな甘い誘惑が頭をよぎる。
だが、しみついた生活リズムは簡単に変わらない。
目を閉じて十数分ほど横になってみても、結局眠れず、むしろ頭はますます冴えてきた。
ちょうどそのとき、空腹も感じ始める。
仕方なく、彼女は起き上がった。
着替えて、洗面を済ませる。
部屋を出ると、リビングは静まり返っていた。
廊下の奥にある主寝室のドアはしっかり閉じられている——司はまだ起きていないようだ。
昨夜は遅かったし、当然かもしれない。
有咲はキッチンに向かった。
目の前に広がる光景に、思わず言葉を失う。
新品同様のシステムキッチンはピカピカで、どこか冷たい雰囲気が漂っていた。
きれいなカウンター、大きなビルトイン冷蔵庫、どれも使われた形跡がない。
昨日、ネットで調理器具を注文したが、さすがにまだ届いていない。
こんなことなら、直接スーパーで買ってくればよかった。
引越しの時、近くにコンビニがあるのを見かけた気がする。
有咲は外で朝食を調達することにした。
二人分?主寝室のドアを一瞥し、彼を起こすのはやめておくことにする。
せっかくだから、いろいろ買っておこう。
おにぎり、味噌汁、おでん、パン……朝食を手にキーで静かに玄関のドアを開ける。
ほぼ同時に、主寝室のドアも開いた。
司は明らかに寝起きで、髪は少し乱れ、どこか無防備な雰囲気を漂わせていた。
しかも——上半身は裸、引き締まった胸と腹筋が朝の光にくっきりと浮かび上がっている。
どうやら水でも飲みに来たのだろう。リビングに誰かいるとは思っていなかったらしい。
目が合う。
時間が一瞬止まったように感じた。
次の瞬間、司は火傷でもしたかのように、両腕でとっさに胸を隠し、少し慌てた様子で主寝室に引き返した。「バタン」と昨日の有咲よりも大きな音でドアが閉まった。
有咲は玄関で、まだ温かい朝食の袋を手に、急な出来事に呆然とした。
だが、閉まったドアを見つめているうちに、こらえきれない笑いがこみ上げてきて、肩が震えた。
男の人が上半身裸なんて……
大げさじゃない? プールでだって見慣れているのに。
腹筋を数えたところで、まるで襲われたみたいに胸を隠すなんて。
この光景……どうしても笑ってしまう。
しばらくして、主寝室のドアが再び開いた。
司は、いつもの几帳面な佐藤さんに戻っていた——
きちんとしたダークスーツに、整えられた髪。
ただ、その端正な顔は不機嫌そうに曇り、唇は固く結ばれていた。
彼は有咲を見つめ、怒りとも気まずさともつかない、複雑な表情を浮かべている。
忘れていた。
この家にはもう一人、名目上の妻がいることを、完全に忘れていた。
山の上の別荘なら、朝の二階は完全な自分の領域で、家政婦が来ることもない。
たまに上半身裸で部屋を出るのは、もう習慣になっていたのに。
でも、今日はその習慣が裏目に出て、しかも“計算高い女”に見られてしまった。
「佐藤さん、」
有咲はなんとか笑いをこらえながら、朝食の袋をダイニングテーブルに置き、ひとつずつ広げていく。
「朝ごはん、買ってきました。どうぞ。」
司は数秒黙った後、少しぎこちない足取りでテーブルに近づいた。
テーブルいっぱいに並んだ、米や出汁の香りが漂う食べ物を見て、ほんのわずかに眉を潜め、少ししゃがれた低い声で言った。
「自分で料理はできないの?」
その言い方から、コンビニの食事を快く思っていないのが伝わってくる。
「できますよ。」
有咲はあっけらかんと答え、容器のふたを開けるとさらにいい香りが広がる。
「結構、得意なんです。」
司はそれには答えず、ただ食べ物をじっと見つめていた。
「コンビニのものは、ちょっと…料理できるなら、できるだけ家で食べてくれ。」
佐藤家の後継者として、こんな庶民的なコンビニ食品には慣れていないのだろう。
有咲は手を止めて彼を見上げ、反論するように微笑んだ。
「佐藤さん、自分の家のキッチン、見ました?」
彼女は空っぽでぴかぴかのキッチンを指さす。
「鍋もフライパンも調味料も、何もないんです。私がどんなに料理上手でも、道具も材料もなければ、何も作れません。」
司は言葉に詰まり、思わずキッチンを見やったが、何も言い返せなかった。
「食べます?」
有咲は箸を彼の前に置く。
空腹には勝てず、司は椅子を引いて座った。わざとらしく落ち着いた動作で箸を手に取る。
「せっかく買ってきたんだから、食べないともったいない。たまには……」
一度言葉を切り、自分を納得させるように続けた。
「たまには、いいか。」
有咲はその言い訳に突っ込まず、朝食を半分ずつ分けて彼の前に差し出し、自分の分を食べ始めた。
「昨日引っ越してきて、あのキッチンを見てすぐネットで調理器具を注文しました。届いたら、これからは自分で料理しますから。コンビニ飯はもう出しません。」
彼が会社で偉い立場にいるのだろう、と有咲はなんとなく察していた。普段からきちんとした生活をしていそうだ。
自分も普段は自炊派で、書店で忙しい時だけ出前を頼んでいた。
少しくらい彼の生活に合わせるのも悪くはない。
「それと、」箸を置いて彼を見た。
「家にまだ足りないものが色々あるので、私の好みで少しずつ揃えてもいいですか?」
ベランダに花を置いたり、読書用のブランコチェアを置いたり……そんな想像が頭をよぎる。
司は玉子焼きをつまみながら、有咲を一瞥し、また食べることに集中した。
こうした普通の朝食も、思いのほか美味しかった。
「結婚した以上、ここは君の家だ。」
彼は食べ物を飲み込み、淡々と言った。
「俺の部屋以外は、好きにしていい。」
こういった細かいことに、彼は深く関わるつもりはない。
「わかりました。」
有咲は許可をもらい、少し安心した。
「それと、」
ふと思い出して、
「昨日、おばあさまから週末に本家に行って、親族に挨拶するようにと言われました。」
司は顔も上げず、変わらぬトーンで答えた。
「週末になったら考える。スケジュールが合わなければ、祖母に両親を連れてきてもらって、ここで食事すればいい。」
有咲は「はい」とうなずいた。