「週末、ご両親に会ったついでに、実家に帰って竹を二本ほど取ってきて、物干しに使おうかと思うんだけど。」
有咲は、服を抱えながら何気なく言った。
「そんな手間はかけなくていい。明日、業者に頼んで取り付けてもらうよ。」
佐藤家の奥さんがわざわざ田舎で竹を切って物干しに使うなんて、彼にはどうしても想像できなかった。
「じゃあ、それは任せるね。」
「ここも俺の家だから。」
有咲はうなずき、服を抱えて自分の部屋へ向かった。
ドアを開けたところで、もう一度振り返る。
「お風呂上がりの服は外に置いといて。洗うときに一緒に洗っておくから。」
「いいよ。」司は即座に断ったが、すぐに続けた。
「明日、洗濯機を二台届けさせるよ。それぞれのバスルームに一台ずつ置けば便利だろう。」
「分かった。値段は後で教えて。半分は私が出すから。」
生活費用のカードはもらっているが、大きな買い物までは遠慮したかった。
「洗濯機二台くらい、俺が出せるよ。」
司の声色は変わらない。
「それに、この家に必要なものだから。」
少し間を置いてから、さらに説明を加える。
「今までは仕事が忙しくて、朝早く出て夜遅く帰ってたから、服は全部クリーニングに出してた。洗濯機を買う必要がなかったんだ。」
別に生活力がないわけじゃない。三十年間、十分に恵まれた暮らしの中で、洗濯なんて考えたこともなかっただけだ。
「分かった。」
いわゆるエリートって、案外生活の細かいことは気にしないものだ。
「早く寝てね。」
そう言ってドアを閉め、カチリと鍵をかけた音がはっきり聞こえた。
司の目が少しだけ鋭くなる。
彼女は自分を警戒しているのか?
だが、自分も毎晩、部屋の鍵をしっかりかけているのを思い出し、おあいこと思った。
お互いに干渉せず、距離を保つ――それが今の二人にはちょうどいい。
少なくとも、彼女が夫としての役割を期待していないのは明らかだった。
司はスマートフォンを取り出し、執事に電話した。
「明日、洗濯機を二台、家に届けて。メーカーは任せる、中価格帯で。」
明は恭しく返事をし、司は電話を切ると、閉まったドアを一瞥して自分の部屋へ戻った。
その夜は、何事もなく明けた。
翌朝六時。耳障りな着信音で司は目を覚ました。
画面に有咲の名前が表示されているのを見て、いら立ちを抑えながら電話に出る。
「司さん?起きてる?六時に花を買いに行くって約束したでしょ?」
有咲の声がする。
「起きてるよ。」
「じゃあ急いで。待ってるから。」
「分かった。」
約束した以上、司はさっさと身支度を整えて家を出た。
有咲はすでにリビングで待っており、小さなポーチを手にしていた。中には携帯と鍵、それに彼にもらった生活費用のカードが入っている。
まずは残高を確認して、今日どれだけ使えるか計算しておきたかった。
「行こうか。」
司は彼女の横を通り過ぎながら、落ち着いた声で言った。
有咲も後に続く。二人は無言のまま歩く。
何か話そうかと思ったものの、彼の「近寄るな」と言いたげな険しい顔を見て、話す気をなくした。
花市場の近くで、有咲が車を止めるよう指示する。
「まず朝ごはん食べよう。」
彼女が先に歩き出す。
司は黙って従う。
こうした朝の賑やかな商店街に足を踏み入れるのは初めてで、落ち着かない気分だったが、表情には出さず、有咲に気づかれないようにした。
二人は小さな店でうどんを頼む。
司はゆっくりと食べ、有咲はその姿に見とれ、さらに食欲が湧いてきた。
「足りなかったら、もっと頼んでいいよ。」
司がふと口を開く。昨夜の宴会で、彼女は二時間近く食べ続けていた。それなのに、どうしてあんなに細いのか不思議でならない。
「もう十分。あなたの食べ方見てると、つられて食べたくなるだけ。」
有咲は笑う。
司が眉をひそめると、彼女はさらに明るく付け加えた。
「怒らないでね。食べ方がきれいで、見てると自分のうどんもごちそうに思えてくるんだ。」
司は彼女を一瞥し、何も言わなかった。
食事を終えた後、有咲はすぐに花屋へ向かわず、道端のATMへ向かった。
彼女がポーチからカードを取り出し、暗証番号を入力する。司が決めた番号を、きちんと覚えていた。
残高は――1,000,000円。
百万円あれば、必要なものは揃えられる。
「足りなくなったら言ってくれ。すぐに振り込むから。」
司が背後から声をかける。
「十分だよ。二人で暮らすのに、そんなに家計はいらないから。ただ、予算を把握したいだけ。」
有咲はカードをポーチに戻す。
家具を買った後も、生活費を残しておかないといけない。配達は明日から順次届くはず。義両親に会う日には、きっと自分で料理を作れるだろう。
「行こう、花屋はあっち。」
有咲は司を連れて、早くから開いている店へ向かった。
商店街の花屋は朝が早い。
司に花の好みを尋ねたが、特に希望はなかった。
そこで有咲は自分の好きな鉢植えをいくつか選び、花台も二つ買って、自分で組み立てることにした。