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第16話 佐藤についての噂話2


「週末、ご両親に会ったついでに、実家に帰って竹を二本ほど取ってきて、物干しに使おうかと思うんだけど。」

有咲は、服を抱えながら何気なく言った。


「そんな手間はかけなくていい。明日、業者に頼んで取り付けてもらうよ。」


佐藤家の奥さんがわざわざ田舎で竹を切って物干しに使うなんて、彼にはどうしても想像できなかった。


「じゃあ、それは任せるね。」


「ここも俺の家だから。」


有咲はうなずき、服を抱えて自分の部屋へ向かった。


ドアを開けたところで、もう一度振り返る。

「お風呂上がりの服は外に置いといて。洗うときに一緒に洗っておくから。」


「いいよ。」司は即座に断ったが、すぐに続けた。

「明日、洗濯機を二台届けさせるよ。それぞれのバスルームに一台ずつ置けば便利だろう。」


「分かった。値段は後で教えて。半分は私が出すから。」

生活費用のカードはもらっているが、大きな買い物までは遠慮したかった。


「洗濯機二台くらい、俺が出せるよ。」

司の声色は変わらない。

「それに、この家に必要なものだから。」


少し間を置いてから、さらに説明を加える。

「今までは仕事が忙しくて、朝早く出て夜遅く帰ってたから、服は全部クリーニングに出してた。洗濯機を買う必要がなかったんだ。」


別に生活力がないわけじゃない。三十年間、十分に恵まれた暮らしの中で、洗濯なんて考えたこともなかっただけだ。


「分かった。」


いわゆるエリートって、案外生活の細かいことは気にしないものだ。


「早く寝てね。」

そう言ってドアを閉め、カチリと鍵をかけた音がはっきり聞こえた。


司の目が少しだけ鋭くなる。


彼女は自分を警戒しているのか?


だが、自分も毎晩、部屋の鍵をしっかりかけているのを思い出し、おあいこと思った。


お互いに干渉せず、距離を保つ――それが今の二人にはちょうどいい。


少なくとも、彼女が夫としての役割を期待していないのは明らかだった。


司はスマートフォンを取り出し、執事に電話した。

「明日、洗濯機を二台、家に届けて。メーカーは任せる、中価格帯で。」


明は恭しく返事をし、司は電話を切ると、閉まったドアを一瞥して自分の部屋へ戻った。


その夜は、何事もなく明けた。


翌朝六時。耳障りな着信音で司は目を覚ました。


画面に有咲の名前が表示されているのを見て、いら立ちを抑えながら電話に出る。


「司さん?起きてる?六時に花を買いに行くって約束したでしょ?」

有咲の声がする。


「起きてるよ。」


「じゃあ急いで。待ってるから。」


「分かった。」


約束した以上、司はさっさと身支度を整えて家を出た。


有咲はすでにリビングで待っており、小さなポーチを手にしていた。中には携帯と鍵、それに彼にもらった生活費用のカードが入っている。


まずは残高を確認して、今日どれだけ使えるか計算しておきたかった。


「行こうか。」

司は彼女の横を通り過ぎながら、落ち着いた声で言った。


有咲も後に続く。二人は無言のまま歩く。


何か話そうかと思ったものの、彼の「近寄るな」と言いたげな険しい顔を見て、話す気をなくした。


花市場の近くで、有咲が車を止めるよう指示する。


「まず朝ごはん食べよう。」

彼女が先に歩き出す。


司は黙って従う。


こうした朝の賑やかな商店街に足を踏み入れるのは初めてで、落ち着かない気分だったが、表情には出さず、有咲に気づかれないようにした。


二人は小さな店でうどんを頼む。


司はゆっくりと食べ、有咲はその姿に見とれ、さらに食欲が湧いてきた。


「足りなかったら、もっと頼んでいいよ。」

司がふと口を開く。昨夜の宴会で、彼女は二時間近く食べ続けていた。それなのに、どうしてあんなに細いのか不思議でならない。


「もう十分。あなたの食べ方見てると、つられて食べたくなるだけ。」

有咲は笑う。


司が眉をひそめると、彼女はさらに明るく付け加えた。

「怒らないでね。食べ方がきれいで、見てると自分のうどんもごちそうに思えてくるんだ。」


司は彼女を一瞥し、何も言わなかった。


食事を終えた後、有咲はすぐに花屋へ向かわず、道端のATMへ向かった。


彼女がポーチからカードを取り出し、暗証番号を入力する。司が決めた番号を、きちんと覚えていた。


残高は――1,000,000円。


百万円あれば、必要なものは揃えられる。


「足りなくなったら言ってくれ。すぐに振り込むから。」

司が背後から声をかける。


「十分だよ。二人で暮らすのに、そんなに家計はいらないから。ただ、予算を把握したいだけ。」

有咲はカードをポーチに戻す。


家具を買った後も、生活費を残しておかないといけない。配達は明日から順次届くはず。義両親に会う日には、きっと自分で料理を作れるだろう。


「行こう、花屋はあっち。」

有咲は司を連れて、早くから開いている店へ向かった。


商店街の花屋は朝が早い。


司に花の好みを尋ねたが、特に希望はなかった。


そこで有咲は自分の好きな鉢植えをいくつか選び、花台も二つ買って、自分で組み立てることにした。

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