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第17話 家族へのご挨拶


佐藤司は少し離れたところで、有咲が観葉植物を選んでいる様子を静かに見守っていた。


支払いが終わると、有咲は一鉢ずつ花を車まで運び始めた。


最初は司もただ見ていたが、女性一人に運ばせて自分だけ突っ立っているのも気が引けて、手伝うことにした。


ほどなくして車内は花でいっぱいになった。幸い、店主が段ボールを敷いてくれたので、座席が汚れる心配もなさそうだ。


「他に買いたいものある?」と司が運転席に座り、シートベルトを締めながら尋ねた。


「もう車がいっぱいだし、今日はこれで十分かな。家のことは一日じゃ終わらないし、これから少しずつ揃えていけばいいよ。」


有咲もシートベルトを締め、スマホをちらりと確認する。

「一度帰るね。そのあと、お姉ちゃんちゃんの家に寄る予定があるから。」


車が走り出す。


「司さん。」


「どうした?」


「今度の週末、おばあちゃんとご両親が来るでしょ。できれば、お姉ちゃんちゃん夫婦にも一緒にご飯を食べに来てもらいたいんだけど、いいかな?私にとって家族と言えば、お姉ちゃんだけなの。せっかくだし、双方の家族が顔を合わせたほうがいいと思って。」


有咲は、道ですれ違っても分からないと困るから、と説明した。


故郷の祖父母や叔父たちは、両親が事故で亡くなってから、お姉ちゃん妹が女の子だからと引き取ることもせず、賠償金まで持っていった。実家も取られ、今ではすっかり縁を切っている。


お姉ちゃんの桐子だけが、唯一の家族だ。


司は異論なく頷いた。

「もちろん。お姉ちゃんさんに伝えておいて。土曜日でいいかな。うちの家族にも会ってもらいたいし。」


「うん、分かった。」


花はあっという間にベランダの一角へ積み上げられた。


司が管理人を玄関まで見送ってくれている間、有咲はベランダに立ち、周囲を見渡した。


ベランダが広すぎて、これだけの花を並べてもほんの一部しか埋まらない。思い描いていた雰囲気にはほど遠い。


花台もまだ組み立てていないので、夜まで作業はお預けだ。


「どうした?」司が戻ってきて、有咲が立ち尽くしているのに気づく。


「ベランダが広すぎて、この程度じゃ全然足りないなって。」


司も一瞥して、確かにまばらだと感じた。


「どんな感じにしたいの?小さなガーデンみたいに?」


有咲は頷く。「うん。」


「お姉ちゃんさんの家に行くんでしょ?先に行ってて。俺がもう何回か花屋に行ってくるよ。」


有咲は時間を確認する。

「会社は遅刻しても大丈夫なの?」


「少しくらい遅くても問題ないよ。」司は淡々と返した。


有咲は、やっぱり特別扱いされているんだなと察した。


彼女は家計用のカードを差し出した。


けれども司は受け取らない。

「手持ちで足りるから。」


有咲は司をじっと見つめたが、それ以上は言わずに引き下がった。


急いでお姉ちゃんの家へ向かう前、「ちゃんと値切ってね」と念を押して、自転車に乗って出て行った。


その後、彼女が知らないうちに、司はベランダの様子をスマホで動画に撮り、実家の執事に送っていた。


すぐに執事の輝から電話がかかってきた。

「お坊ちゃま。」


「動画見た?このベランダを小さなガーデンにしてほしいんだ。必要な花の数を見積もって、温室から育てやすくて安い、花が大きくて華やかなものを選んで808号室まで届けて。」


司は、有咲が花を選ぶとき、花びらの薄いものには目もくれなかったことをよく覚えていた。


「それと、きちんと請求書を出して。」


輝は一瞬間を置いてから、「分かりました」と答えた。


「夕方までに届けて。」


「かしこまりました。」


「ベランダに運んでおけばいい。他は触らなくていいから。」


どう飾るかは有咲の好きにさせたい。全部お膳立てしてしまうのは違う気がした。


輝は恭しく返事をした。


司は電話を切った。


そのころ、有咲は昨日と同じようにお姉ちゃんの家の近くで朝ごはんを買い、上機嫌で甥っ子にも電動バイクをプレゼントすることにした。


「おばちゃん!」玄関を開けると、元気な声が響いた。


「陽、今日は早起きだね。ほら、おばちゃんからプレゼントだよ。」

有咲は笑顔でバイクを高く掲げた。


「くるま!」陽は小さな体で駆け寄り、新しいおもちゃの周りを嬉しそうにぐるぐる回った。


桐子が洗面所から出てきて、夫婦の洗濯物を洗濯機に入れ終えたところだった。


「有咲、また無駄遣いして。」


「甥っ子におもちゃ買うくらい、無駄遣いじゃないよ。」


有咲は朝ごはんを置き、陽を抱き上げてバイクに乗せ、遊び方を教えた。


陽はすぐに覚えて、リビングの中を楽しそうに走り回っている。


「お姉ちゃんちゃん、朝ごはんも買ってきたよ。」


「昨日、目覚ましかけておいたから、今朝は自分で朝ごはん作ったの。達也も食べてから仕事に行ったわ。」


桐子は楽しそうに遊ぶ息子を見て微笑みながら言う。


「これからは朝ごはんは買ってこなくていいからね。自分たちの暮らしにお金を使わなきゃ。いつまでもこっちに気を使わなくて大丈夫だよ。」

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