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第60話版画Ⅰ~行方不明のシュークリーム~

二十 版画Ⅰ~行方不明のシュークリーム~

いままつ


「助けて下さい!!」

そう開口一番に言い放ったのは、新入生の桐枝エリーだった。エリーは絵画学科版画コースに所属し、必修科目である版画Ⅰを履修中だというのだが……

「なくしちゃったんです、原版!」

どうやら紛失騒動らしい。

「桐枝さん。落ち着いて。原版がなくなったことに気がついたのは何時ですか?」

円先輩が穏やかに尋ねる。

「えーと、三日前ぐらいですね」

「三日前……ずいぶん前ですね」

エリーはあっけらかんと話す。

「ええ。まあ、そのうち見つかるだろうと思っていたので。でも、今日の授業で、次回の授業で原版を回収するというので、慌ててしまって。どーしましょー」

どーしましょーって……

あまりに他人事で緊張感のないエリーの言葉に、私は怒りを覚え始めていた。

「『どーしましょー』って、あなたはどうするのよ、桐枝さん」

するとエリーはあっけらかんに「探してくれるんでしょ? 芸犯のみなさんが。困っている人をほっとけないんでしょ?」

くっと、私は次の言葉を出そうとしたが、スッと円先輩の腕が私を遮った.

「申し訳ないが桐枝さん。事件性が感じられない現時点では、我々はご協力できない。もう一度!身辺を探してみて下さい」

エリーは目を丸くした。

「えー。じゃあ探してくれないんですかぁ? 芸犯なのに」

「『芸犯』の『犯』は『犯罪』の『犯』です。あなたはただの探し物。まずは自分から動くように」

「はぁーい」

そう言うと、エリーはさっさと芸犯部室から出ていった。

彼女は確実に芸犯を軽視していた。『頼めば勝手に探してくれるだろう』程度にしか思っていないようであった。実際、そうだろう。

「ムカつくわね」私。

「本当ね」カンナ。

「確かに」片山田くんはそう言うと、「では、円先輩。空手部に行ってまいります」と続け、さらにボロボロになった道着を持って部室をでていった。

「あれ〜……?」とキッチンスペースから声が聞こえた。拓哉先輩だ。拓哉先輩はまるでひっくり返すかのように、冷蔵庫をガサゴソと探していた。

「どうしたんですか? 拓哉先輩?」私が問いかける。

「それが、ミホちゃんお手製のシュークリームが無いんだ」

「なんだと!」円先輩が叫び声に似た声を上げた。

私特製のシュークリームは、こう言ってはなんだが、人気がある。円先輩が驚くのも頷ける。その証拠にカンナも、円先輩からグラフィックデザインの指導を受けていた由里も驚きの表情を浮かべた。

シュークリームは、いったいどこへ行ってしまったのだろう……?


※※※


次の日の15時だった。結局、昨日はシュークリームが見つからず、それぞれ空腹のまま帰った。

今日は、しっかりと確かめて冷蔵庫に抹茶プリンを入れる……と、メモ帳ほどの大きさの紙が冷蔵庫の中に入っているのに気がついた。

そこには、こう書かれていた。



シュークリームは帰らない。



どういう意味なのか、よく分からない。

今部室には由里と片山田くんと拓哉先輩がいた。円先輩はまだ来ていない。

「あの〜、みんな。冷蔵庫にメモを入れたのは誰?」

みんなの目が点になった。

「メモ?」

みんながメモを互いに見ていく。

「シュークリームは帰らない? どういうこと? シュークリームって、昨日のシュークリームってこと?」私は疑問を口にする。

「まあ、文面から言ったらそうなるかも……」由里がいい、拓哉先輩が頷く。

「大地字さんのシュークリームって、そんなに美味しいんですか?」片山田くんが訊いてくる。

自分で言うと照れるから言わないが、正直言って、本気を出すと旨い。昨日のシュークリームは本気を出した部類である。

そこへ、コンコンコンとドアが叩かれ、どうぞと言う前に開かれた。そこには、桐枝エリーが立っていた。

「原版は見つかりましたか?」

エリーは開口一番にそう言った。


※※※


「どういう意味ですか? エリーさん?」

「どういう意味って、そのままですよ。なくしたんでしょ? シュークリーム……」

こいつの仕業か。瞬時にこの場にいた者たちは悟った。

「大切なものをなくすのって嫌ですよね……私の気持ち、分かってもらえましたか?」最後におちょぼ口をあざとく作っただけ気持ちに余裕があるのか、こちらを小馬鹿にして余裕ぶっこいるのか……。

「そう。あなたがシュークリームを盗んだのね」私が問い詰める。

「ふふ」エリーがほそく笑んだ。「だから、私大変なんですよ〜。大切な原版なくなっちゃったから……私の気持ち、分かってもらえましたか?」

「いいえ、わかりませんね。断られた腹いせに窃盗ですか? ふざけないでもらえます?」

「あらあら。窃盗とはだいそれたことを……」

由里が「現にシュークリームなくなってるのだから窃盗よ」と畳みかける。

しかしエリーは「誰も私が盗んだなんて、一言も言ってませんよ」とにこやかに反論してきた。

「ただ、物をなくすってことは大変なことだと、誰かの手を借りないと解決できないことだってあるってことを知ってほしいんです」エリーは再びニッコリと笑みを浮かべた。

そのときドアが勢いよく開かれた。


※※※


「円先輩!」

そこには鬼のような気迫を発する円先輩が立っていた。

「話は聞いた……確かに物をなくしたのは困りごとである。しかも必修科目の課題ともあれば尚更だ。だが、ここで言わせてもらう。お前はなくしても構わないと思って作品を作っているのか?」

するとエリーが「そんな分けないじゃないですか〜」と言う。

円先輩はそれを無視し、「お前がしっかりと、なくした原版を取り戻そうとしているのか? 思っているのなら、当の昔に手元に戻っていると思うが?」

「う〜ん、分からないのは分からないですもん」

「分かれ、探せ。そうしたら俺たちも手伝おう」

「え……」エリーは驚いたような顔を現した。

「一緒に探そうと、言っているんだ」そう円先輩が続けた。

「なあんだ。じゃあ、よろしくお願いしまーす」

円先輩が鬼になる。「お前らも、気はならないだろうが、手伝ってやってくれ」

部長の命とあれば従わざるがないのだが……。

「まずは学校内だ。特に『版画実習室』から調べよう」

円先輩の強いリーダーシップに、私はクスッと微笑んでしまった。

なんだかんだ言って、円先輩は困っている人を見捨てない。『絵画Ⅰ』でわたしが困っていたときに見捨てなかったように。

「ま、まあ、部長の命令なら、仕方ないわね」


※※※


五人で探すこと二時間。版画演習室のごみ箱の中にエリーの作品はあった。

ごみ箱の中という点は加味しなければならないが、見つかったからには、この件は一件落着……とは行かないようで円先輩の心に再び炎が宿った。

「なんだ! この作品は!」

「私の渾身の一作ですよ〜」

「センスがまったく感じられん」

「世の中センスの塊の人ばかりじゃないですよ〜」

エリーが言うのも頷けるが、円先輩の言いたいことはそこではない。

「こい! お前も補習組だ!」

「あれれ〜??」

「もし、盗まれていたらということを考えていなかったのか!?」

「大丈夫ですよ。私の作品なんて盗む人いないですから〜」

この点に関しては私とエリーの相容れない点である。

「さて、原版は見つかった。残るは……」

「残るは?」

「桐枝、シュークリームはどうした?」

エリーは性懲りもなく「全部食べちゃいました」と言った。

「美味しそうだったので一個食べたら手が止まらなくって……しあわせな時間でした。一キロ増えましたが……」



こうして、この事件は幕を閉じた。

(終)

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