焦土に染まった大地の上、砲煙は鉛色の雲となって空を遮り、わずかな光すら揉み消していた。そこへ、生物とも機械ともつかぬ影が這い出してくる。
暗赤色に染まった土の裂け目から、不気味な唸りとともに影が大地を染める。
「くそっ! 何だ、あいつらは!」
兵士たちの声が火薬の匂いに掻き消される中、一斉に前進を始める。地鳴りにも似た金属の軋みと、喉の奥から漏れる唸りが戦場を包み、何百もの心の奥底に凍える恐怖を刻みつけた。
視界の端で兵士は一瞬、息を呑む。 黒焦げの廃墟と化した塹壕の向こう、鋭角に光る眼光が、自分の名を呼ぶかのようにこちらを捉えている。時間が止まったような静寂が支配した刹那、兵士たちの震える盾がわずかに軋み、無数の鼓動が一斉に高鳴った。
そして—— 遠くから、女指揮官の低い号令がわずかに聞こえた。
「全軍、配置につけ! 主力部隊は左翼を支援、第二隊は中央突破を狙え!」
と女指揮官の声が通信機越しに響く。その声には緊張と決意が入り混じり、兵士たちの心に火を灯していく。
左翼では歩兵隊が盾壁を強化し、騎兵隊が右翼から敵陣の側面を衝こうと準備を進める中、バルディオス同盟軍は秘密兵器を導入する。
『識別番号青! 生体反応からしてこれは……っ!』
煙が濃く立ち込める戦場に、一際異様な音が響いた。金属のような音、だがその奥には肉の裂けるような不快な音が混ざっていた。
「ミュータント……だとっ?」
兵士の一人が低く呟く。
巨大な体躯に鋭い爪を持ち、戦場を埋め尽くすように進軍する。彼らはまるで人間の兵士たちの恐怖を嗅ぎ取るかのように動き、機械的な動作と獣のような凶暴さを合わせ持っていた。
「条約違反だろ、こんなもの!」
叫び声があちこちで上がるが、その抗議の声は咆哮によってかき消された。
乾いた地面には無数の足跡と深い裂け目が刻まれ、血が染み込んでまだ乾ききらない。その上で兵士たちが泥の中を駆け抜けるたびに、砂と埃が巻き上がり、視界をさらに濁らせていった。
*
『C-01、聞こえるか?』
「……こちらC-01」
『南部防衛線は崩壊した。任務は失敗だ』
「そうか」
『バルディオスが例の兵器を導入したという情報がある』
「……出撃しろと?」
『あぁ、話が早くて助かる。現在、後方部隊の撤退は完了。残存部隊の救援を』
「了解」
槍と盾のぶつかる金属音が連続し、鋭い悲鳴がその隙間を埋め尽くす。
煙は低く垂れ込め、目の前の敵すら霞むほどの厚さ。火薬の匂いが鼻を刺し、焦げた木片が風に流されて舞い上がる。その中で兵士たちは息を荒げながら、手に握る武器の感触だけを頼りに敵の影を探している。汗が額を伝い、砂に落ちるまでの一瞬すら長く感じる。
「我々には、女神の加護がある! 進めぇ! 侵略者どもを一人残らず殲滅しろ!」
という女指揮官の怒号が響くも、同盟軍は勝利を確信していた。
何かが近づいている――戦場全体を包む緊迫感が、胸を締め付けた。
「こちらA02至急、救援を――!」
「く、くるなぁ! アッ、アアア!」
そんな不安が彼らを突き動かす中、誰かが盾を落として背後へ走り出す。
通信機から漏れる叫び。
『左翼、隊列崩壊! リフォージラインを突破っ』
「オルドがくるまで持ちこたえるんだ!」
戦場は血と砂、煙に覆われた混乱の極み。
その瞬間――、時が来た。
空を切り裂くような光が戦場全体を照らし出す。
巨影がゆっくりと光輪の中から姿を現し、その存在だけで兵士たちは息を飲む。
激しい鼓動を抑えつつ、リンクを確立する。
「目標確認――」
低く響くその声が戦場に静寂をもたらしたかのようだった。
歯車の回転音が大地を震わせ、黒金の甲冑から立ち上る熱を帯びた白煙が戦場の温度を一瞬で引き上げる。同盟軍たちはその光景に立ちすくむ。
「あれは? ……まさか!」と誰かが呟くと、それが合図のように恐怖と敬意が戦場を包む。
一歩踏み出すたびに大地が揺れ、剣は空を切り裂き、敵の前線を薙ぎ払う。
まるで時が止まったかのように、その巨神は晴れ渡る青空の下、降り立った。