砲撃の余響がまだ大気を震わせていた。
肩に背負った通信機のバンドルは戦線からの断続的な報告を受け流し、彼の視線は遠方の廃墟──かつて帝国が兵器を磨いた要塞跡へと注がれている。
要塞跡の正門は崩れ落ち、巨大な鋼材が雑草に絡みつくように転がっていた。錆びた門扉に手をかけ、かつてこの場所を守る最前線司令官としての記憶をたどる。
『C-01到着。敵主力部隊、後退を確認。ミュータント消失しました』
「同盟もやりたい放題だが、相変わらず一騎当千だねぇ。うちの若大将」
『C-01とともに残存部隊はエリア3へ向かっています』
彼は、ポットのストローを口へ運び、深く腰かける。
『C-02は、そのまま遺跡の調査を続行してください』
「おーい……特命とはいえ、単独でこのまま敵地にいろってか? 嬢ちゃん」
『任務の遂行を期待します』
「おれもてった――って……切りやがった」
無線が途切れるノイズ音にため息が重なる。
「まったく、人使いが荒いねぇ」
錆をかじったハッチを押し開けた。内部の廊下は瓦礫と焼け焦げた配線で埋まり、足音がこだまする。だが要所要所に残された帝国製データドライブのジャックポートは健在で、これからオルドの制御回路を補修するための生命線だ。
──制御室。 壁一面に並ぶ端末群と起動レバー、その中心には黒金の甲冑のシルエットが描かれたコンソールパネル。
「やはり基板が数か所焼き切れている……だが」
動作チェックを進める間、窓外の視線を探った。廃墟の向こうには、まだ煙を上げるリフォージライン。その先で兵を鼓舞する機甲神の影が、間もなくこの要塞を守る盾となる。
「派手にやってるねぇ」
モニターに薄青い軌跡が浮かび上がり、初期ステータスを示すゲージがゆっくりと針を振る。回路のひとつひとつが繋がるたびに、甲冑のシルエットにほんのり赤い警告灯が灯る。
「OK、安定した。あとはキャリブレーションだ」
深呼吸し、コクピットの小さな窓から外界を見渡した。前線からは負傷兵たちの呻きが遠く聞こえる。無駄な命はもう増やせない──。
「やりきれないねぇ……」
首を振り、リンクを開始する。
「大将、要塞の準備が整ったぞ」
『了解。残存部隊も収集完了。帰還する』
「仕事が早いこと」
「お前も早くしろ」
――同志の声が、胸を静かに揺さぶる。
「へいへい……全システム稼働、キー投入」
彼がレバーを引き下ろすと、深い鎮魂の鐘のような音と共に要塞中枢から動力が回り始めた。外の鉄扉が軋みを上げて動き、ひび割れた地面を踏みしめる歯車音が遺跡全体を揺らすと、命が吹き込まれていった。
「これでチェックメイトだ」
彼は不適に笑った。