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第4話

 煙が薄く流れ去ると、黄昏の空を一輪の花びらがただ静かに舞い下りた。砕けた刀身と琥珀色のコアを抱えた腕はまだ熱を帯び、その微かな鼓動が彼女の胸にも伝わってくる。敗北を嘆くかのような風のささやきが耳元をかすめるなか、彼女の瞳には絶望ではなく、不退転の覚悟が映っていた。重い足を一歩ずつ進め、瓦礫の間からゆっくりと立ち上がる。


「また……」


 遠く地平線を赤く裂く雷鳴が、次なる嵐の到来を予告する。彼女は深呼吸をしてコアを強く握りしめた。曖昧な正義より、自分自身の信念だけを頼りに、彼女は足元を見つめ直す。


「死んだのか」


 孤独。生き残りなどいなかった。彼女は琥珀を胸に添える。責任の重みが胸を締めつける。

細い光が装置から溢れ、周囲を淡い琥珀色に染め上げた。


「終わりじゃない」


 ひび割れた声でつぶやくと兵士たちは小さく頷いた。




 黄昏の大地が息をのみ、次の鼓動を待つかのように静まり返った。

だが地鳴りは静止のままでは終わらない。突如、大地の奥底から轟音が立ち上り、砕けた岩盤がゆっくりとずれ動く。

要塞――かつては人工島の核として設計された鋼鉄の巨躯が、長い眠りから目覚めを告げる。地面に埋もれていた無数の歯車が連鎖的に起動し、錆びついた軸が軋む音を轟かせた。彼女は振り向きもせず、足元の瓦礫を蹴散らしながら前へ進む。背後で要塞の外壁が開き、巨大なパワーケーブルが太い蛇のように伸び上がる。


「全員、要塞内部へ! 機関室へ急行だ!」


 彼女の号令に兵士たちは一斉に反応し、ガラガラと開く装甲ドアの向こうへ駆け込んでいく。廊下の照明が一瞬だけちらつき、制御室へ続くエレベーターが深い唸りと共に下降し始めた。膝まで届く埃の雲が舞い上がり、くぐもった螺旋音が天井を揺らす。

コアの輝きに誘われるように、要塞の中枢が息を吹き返す。遠隔制御装置のパネルは再配線を終え、赤い警告灯は緑へと色を変えた。脆く崩れかけていた配線も、自動修復モジュールによって瞬時に繋がり、回路を満たす電流が眩い光を走らせる。


「動力稼働、推進系統正常。足場を展開します」


 自動音声の落ち着いた声が響き、要塞の四隅に格納されていた脚部ユニットがゆっくりと地上へ引き出される。まるで昆虫のように節ごとに曲がる重厚な鋼の足は、膨大な質量を支えるために精緻な油圧音を刻んでいた。

外では再び大地が揺れ、砂塵の柱が空高く舞い上がる。要塞の一歩が大地を踏みしめるたびに、生き物のような「ドンッ」という衝撃波が辺りを震わせる。彼女はエレベーターを出ると、膝まで揺れるコンソール台に手をつきながら視界いっぱいに映る起動中の要塞を見上げた。


「これで反撃の主導権は我らがものだ。忌まわしき同盟軍を一掃し、帝国の未来を剣と鋼で刻み込む!」


 轟く彼女の檄が、要塞の外壁を震わせる。砲塔は重厚に旋回し、ミサイルランチャーの弾倉が自動で装填された。黄昏の荒野を蹴破るように、銀灰の巨躯は再び脚を踏み出す。


「張り切っておられますな、参謀長殿」


くぐもった声が背後から響く。ルイドが薄ら笑いを浮かべた。


「何の用だ、ルイド」


 彼女は眉をぴくりと動かし、鋭い眼光を返す。


「お世辞の一つもないのですか? この作戦の功労者に向かって」

「お前の戯言に耳を貸す余裕はない」

「そんな殺生な……もう少し優しいお言葉を」


 ルイドが肩に手を掛けようとすると、彼女は一歩身を引いて切り捨てるように言った。


「触れるな、気持ちが悪い」

「うぅ……やっぱり参謀長はツンデレですね」

「戯れ言を吐く者は、戦場に不要だ」


 鋭い言葉にルイドはたじろぎ、くすぐったげに笑った。


「そりゃあ男も寄りつかんわけだ」

「貴様ごときに心得られるか。虫けらが」


 深いため息とともに、ルイドは肩をすくめる。


「俺の幸せもどんどん逃げていくよ……」


 その時、通信機が告げる。


『C-01、着艦を確認しました』

「あれ、大将はまだ帰投しておらんのか?」


 通信士の声とともに、ルイドが再び画面に割り込む。


「大将~、いったい何があったんだ? まーた、ゾンビ女に絡まれてたんじゃ……?」


 無言の承認にルイドは悪戯っぽく笑う。


「愛されてる証拠じゃないか」

「お前に譲るさ」

「残念、俺には参謀長がい――」


 ルイドの姿が鈍い音ともに画面から消えると、通信士が改めて促した。


『失礼しました。すぐに機関室までご案内いたします。参謀長がお呼びです』

「了解した」


 彼女は静かに頷き、淡い感情を胸に抱きながら、画面を切る。

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