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第21話 オーダーメイド


二人の視線に疑いの色が浮かぶのを見て、有栖川玲奈は慌てて自分の怪我した手を差し出した。


「桐谷静江さん、私も数日前、誰かにハンマーで手を叩かれて、粉砕骨折したんです。本当に、生きていたくないくらい辛くて……」


静江はうっすらと目を上げて、「そんな偶然があるの?」


玲奈の目は赤くなり、今にも泣き出しそうな声で続けた。


「私と桐谷さん、怪我した場所も程度も全く同じで、左手の四本指なんです。警察も、これは誰かの悪意による報復だと見てます。」


その言い方は、明らかに桐谷羽菜を疑っているようだった。


静江は口元に冷たい笑みを浮かべた。


「へえ?じゃあ、なぜ他の人じゃなくて、あなただけが狙われるの?」


玲奈は涙をためて、ひどく傷ついた様子で訴えた。


「もしかしたら……私が阿智也くんとちょっと親しくなりすぎて、桐谷さんが面白くなかったのかも……」


その意図は明白だった――羽菜が仕向けたに違いない、という暗示だ。


羽菜は表情を崩さず、目にかすかな皮肉がよぎる。この手の責任転嫁、玲奈はますます巧妙になっている。


静江は鼻で笑い、玲奈を無視して阿智也に向き直る。


「例の墓荒らしの妹を連れ戻しなさい。詳しく話を聞いて、誰かにそそのかされたのか、何か見返りをもらっていないか調べて。どうも腑に落ちない。」


「分かりました。」阿智也は少し考え、スマホを持って部屋を出ていった。


静江は玲奈に冷ややかな視線を向ける。


「他に用でも?」


玲奈はおとなしく微笑んだ。


「いえ、特にありません。ただ、静江さんのお顔を見に来ただけです。」


静江は顔を曇らせた。


「もう見たなら、そろそろ帰ってくれる?」


玲奈の顔色が一気に青ざめ、今にも泣きそうになった。


「静江さん、私はあなたに育てられたんですよ。どうしていつもこんなに冷たくされるんですか?昔はあんなに可愛がってくれたのに……」


静江は黙って唇を噛む。


玲奈は嗚咽混じりに続ける。


「三年前、阿智也くんが大怪我した時、私もそばで看病したかったんです。でも母が無理やり私を海外に連れて行って、見張りまでつけて……阿智也くんのことを考えすぎて、重度のうつ病にもなりました。あんなに愛していたのに、無理やり引き離されて……その後、彼が結婚したって聞いて、三日間泣き続けて、絶望で死にたくなったんです。」


玲奈は涙をこぼし、うつむいて小動物のように傷ついた姿を見せる。


静江の表情が少し和らぐ。


「三年前、医者が阿智也の足はもう二度と立てないと診断した時、あなたが離れるのも仕方ないと思ったわ。あまりに現実が違いすぎて、誰でも受け入れがたいもの。自分からか、周囲のせいかはともかく、もう別れたんだし、阿智也も既に結婚しているの。今さら二人の夫婦関係をかき乱すのは、あなたが間違っているって分かる?」


玲奈は涙をぬぐいながら答える。


「静江さん、本当に二人の邪魔をするつもりはないんです。ただ、阿智也くんに会いたくて……悪気はありません。」


羽菜は堪えきれず、冷ややかな声で口を開いた。


「皆の前で抱きつくのは、邪魔じゃないんですか?有栖川さん、あなたの基準では、どこからが“邪魔”なんですか?」


玲奈は唇を噛みしめ、小さな声で答えた。


「阿智也くんとは幼い頃からの付き合いで、十年以上の関係だから、つい癖が抜けなくて……これからは気をつけます。」


「幼なじみで十年以上の絆」――その軽い一言が、羽菜の胸に重く響いた。


二人の長い過去に比べて、自分がたった三年、しかも“代わり”として過ごした結婚生活がいかに小さなものか、思い知らされる。


カチャリと小さな音がして、阿智也が部屋に戻ってきた。


羽菜は少し躊躇しながらも立ち上がり、彼の腕を取って笑顔を作った。


「ねえ、私たち、もう離婚しないって約束してくれる?」


阿智也は一瞬表情を曇らせ、羽菜を見下ろす。その瞳の奥は読み取れない。


羽菜は彼の腰に手を回し、背伸びして耳元で急ぐように囁いた。


「先に約束して。」


その言葉は阿智也に向けたものだったが、視線は玲奈に向けられていた。


普段は冷静な羽菜だが、今は勝ち負けにこだわっていた。


愛情の有無はどうでもいい。ただ玲奈には負けたくなかった。


幼なじみ?十年以上の絆?それがどうした。今、正式な妻は自分なのだから。


阿智也は玲奈の涙に曇った顔をちらりと見て、控えめに「うん」と答えた。


羽菜は胸を撫で下ろし、阿智也の手をしっかりと握った――今の一瞬、彼に拒まれるのが何より怖かった。


しばらくその手を握ったまま、阿智也が手を引こうとするが、羽菜はさらに強く握り締める。


玲奈は二人の手をじっと見つめ、涙を溢れさせて顔を覆い、走り去っていった。


阿智也は羽菜に向き直る。


「僕が彼女を病室まで送ってくる。玲奈は重度のうつで、あんなふうに飛び出したら危ないから。」


「私も一緒に行く。」


羽菜は譲らない。


阿智也は眉をひそめた。


「羽菜、今日は一体どうしたんだ?」


「あなたは私の夫でしょう?」


「否定してないよ。」


空気が張り詰めてきたのを感じて、静江がすぐに口を挟んだ。


「二人とも、一緒に行ってきなさい。」


二人は続いて病室を出た。


廊下のエレベーター前で、玲奈が口元を押さえて静かに泣いている。肩を震わせ、周囲の人もちらちらと視線を送る。


阿智也は彼女の元へ行き、ポケットからハンカチを差し出した。


「これで拭いて。」


羽菜は少し離れたところからその様子を見ていた。


夫が元恋人に優しく接する姿は、胸に針を刺されたように痛い。


玲奈はハンカチを受け取り、素早く羽菜を一瞥し、すすり泣きながら言った。


「阿智也くん、桐谷さんと早く戻って。じゃないと……また私のせいで桐谷さんに怒られちゃう。」


彼女は自分の手を見下ろし、さらに小さな声で続ける。


「また誤解されて、八つ当たりされたら……もう左手はダメなのに、右手まで失いたくない……」


VIP病棟の廊下は静かで、その声が羽菜にもはっきり届いた。


これほど巧みに人を悪者にできる人がいるとは、と羽菜は感心するしかなかった。


静江が言った通り、玲奈は昔からこういうところがあった。


羽菜は阿智也の顔をじっと見つめ、彼の反応を待った。


短い沈黙の後、阿智也が口を開く。


「羽菜がやったことじゃない。僕は彼女を信じてる、そんなことする人じゃないって。」


その言葉を聞いて、羽菜はすぐにその場を離れた。


ほんの少しだけ、心が軽くなった気がした。


これ以上ここにいたら、もっと辛くなるだけだ。


病室に戻り、羽菜はベッドのそばに腰を下ろす。


体はここにあっても、心は阿智也のもとにあった。


今頃どんな話をしているのだろう――そんな思いで頭がいっぱいだった。


静江は羽菜のぼんやりした様子に気づき、優しく手を取った。


「羽菜、早く子供を作りなさい。子供は夫婦を繋ぐ絆になるから、あなたたち二人をしっかり結びつけてくれるわ。」


羽菜の胸には複雑な思いが渦巻く。


結婚して二年、阿智也の体調のせいで夫婦の関係を持てず、足が治ってからもずっと避妊していた。


この不安定な結婚に、本当に子供が必要なのか――もし別れることになったら、子供が一番可哀想なのに。


自分自身、片親の苦しみを誰よりも知っている。


だが、静江の優しいまなざしを見て、羽菜は否定できず、穏やかに微笑んだ。


「分かりました。頑張ります。」


静江は満足そうに微笑み、羽菜の頭を撫でた。


「羽菜は本当に美人だし、賢いし。こんなに素晴らしい子が、きっと可愛い男の子を産んでくれるはずよ。」


羽菜は褒められて、少し照れくさそうにした。


「静江さん、そんなに褒めないでください。」


「本当のことなんだから。三年前に阿智也のお嫁さんを探すために、わざわざ大学まで行って、顔立ちが良くて、成績も優秀で、性格が穏やかな子を探してたの。でもなかなか理想の子が見つからなくて、最後に校長先生があなたの資料を持ってきてくれたの。写真を見た瞬間、“この子だ!”って思ったのよ。まるで阿智也にそっくりな子を選んだみたいで。」


羽菜の心の中は冷静だった。


他の理由はさておき、一番大きな理由は、自分が玲奈に似ていたこと――それだけなのだと。



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