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第1話

【1-1】i─Con

 衝撃の影響で生中継の映像が乱れモニターが数秒ほど停止する。

(……ひどいかお)

 暗い画面に映った自分の顔を見てヒカルはぎょっとして表情を歪めた。

 覚えたてのメイクはイマイチで、数週間前から慌てて手入れをした髪も艶々とは言い難い。

 右の黒目だけが若干大きい。千倉ちくらヒカルはすぐにモニターから視線をそらし、横を向いた。

 周囲には大勢の人。都内に住んでいるというのに普段は滅多に都市部へと足を伸ばさないのでこの多さに辟易してしまう。

 人の少ない場所へ避難しようと動いたところでモニターの映像が復活する。白金真咲と四ノ宮湖鐘。日本を牽引する2人のトップアイドルが熾烈な戦いを今も繰り広げていた。

 BLAST.Sブラスト・エス――加熱し続けているアイドルブームの最先端を走るこの競技は、アイドルが専用の強化外骨格を身にまとい、死力を尽くして戦うエンターテインメントだ。

 そして今対戦している2人は、このアイドル大戦国時代と言われている現代の日本で一番売れているアイドルグループ『i─Conアイコン』のメンバー。彼女たちはデビューしてから1年半程度だというのに、様々な賞を獲得し、この芸能界でCM、映画、ドラマ、バラエティ番組、はたまたアニメのタイアップなど、数多くの分野で活躍している。

 そんなi─Conの中でも人気を誇る2人のBLAST.Sだ。注目されないわけがない。

 ヒカルが今立っている駅前の巨大ライブモニターにもBLAST.Sが中継されていて皆観戦している。

 一方ヒカルはというと、あまり観る気にはなれなかった。

 ヒカルが好きなのは白金真咲だけで、他のアイドルはあまり興味がない。ゆえに多種多様なアイドルが出演するBLAST.Sはあまりそそられない。

 なにより、真咲本人がそれほどBLAST.Sを好いていないというのも理由のひとつだ。

 早めに目的地へ向かおう。温かい日差しにうんざりしつつ、目的のビルへと向かう。

(……今日で私の人生が変わる……かもしれない)

 千倉ヒカル、15歳。まだ未成年どころか高校生になったばかりの少女はi─Conの2期生募集オーディションへ応募した。

 人生で初めてのオーディションだ。1次の書類審査、2次のオンラインでの対面式の審査もどうにか通った。残るは今日の3次審査のみだ。

 内容はまだ分かっていない。一切知らされていない。

(まぁ多分自己PRとかなんだろうけど……憂鬱だ)

 これからのことを考えると不安で仕方がない。なにせヒカルには他人にアピールできるほどのものなんて持ち合わせていないのだ。

 身長は可もなく不可もなく、身体だってこれといって特徴のない身体だ。平らなボディ。

 髪は肩甲骨のあたりまで伸びているけど、それも別に好きで伸ばしてたわけじゃない。ケアを始めたのが最近ということもあり、艶々でとぅるんとぅるんの黒髪からはほど遠い。

 顔だって別に可愛くないと思っている。なんの特徴もない平凡な顔パーツたち。極めつけは右目を見られないために伸ばした前髪だ。これのせいで重く暗い雰囲気が溢れている。

(しんどくなってきた……)

 先のことを考え憂鬱になるヒカル。歩きながら首に下げたペンダントをぎゅっと握る。

 幼い頃に親戚の叔母から貰ったお守り代わりのペンダント。これまでの人生で肌身離さず持ち歩いている。というより持ち歩かされていた。どこかへ出掛けるときに必ず母に押し付けられ、忘れたときは追いかけて持たされた。片手に収まるか収まらないかくらいの大きさの円形のペンダントで中の宝石のようなものが時々青白く光っている。開けて確認しようとしたがそもそも接合面すらなくて、どうやってこの宝石を入れたのだろうかと今でも考えてしまう。

(にしても、そんなに心配しなくてもね……)

 ヒカルは幼い頃事故に遭った。たぶん命の危機に見舞われたのだろう。だろうというのはヒカルにはそんな記憶がないからだ。それでもひとりでどこかへ出掛ける際は母に過剰なほど心配されたし、これをお守りだといって押し付けられた。

(はぁ~あ、なんかの間違いで通ったりしないかな……)

 卑屈な考えを抱きながらヒカルは細く息を吐く。

 あの場所に自分の未来がある。今日の結果次第でもしかしたらそうなるかもしれないと思うと、ヒカルはまたもや緊張で体が固くなっていくのを感じた。

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