オーディション会場はとあるビルの地下施設だった。
大きくて真っ白なパネルが敷き詰められたなにもない広い地下空間。そこに30人の3次審査の参加者が集められている。
これからなにをやらされるのか、なにも聞かされていない。空港で迎えてくれた事務所のスタッフらしき女性はヒカル達をこの空間に送るなり出て行ってしまった。
皆困惑している。ヒカルも知らない場所で知らない人に囲まれ、早くもストレスからくる腹痛に見舞われている。
早く状況が動いてほしい。お腹を押さえてやり過ごしていると不意に、なにかが現れた。
スーツを着たショートカットの女性。空間に投影された彼女は全身が黄緑色だった。髪や肌の話ではない。身に着けている服も黄緑色で塗りつぶされている。
『皆さん、こんにちは』
謎の黄緑色の女性に皆困惑していると、女性が喋りだした。
足音も立てず近づき、一か所に固まっていた参加者の前に立つ。
『私はi─Conのサポートを行うAIアシスタント、アナスターシャと申します。どうぞ、よろしくお願いいたします』
謎の黄緑色の女性、アナスターシャが恭しく頭を下げ、地下空間にどよめきが広がる。
AIアシスタントという奇妙な役職にではない。アナスターシャという名前に驚き、あるいは感動したのだ。
i─Conには仕事も私生活もサポートする無敵のAIがいる。それがアナスターシャだ。
当然メディアへの露出はないものの、彼女の存在はi─Conのメンバーが何度も話している。
メンバーが普段から接している存在が今目の前にいるのだ。驚かないわけがない。
だが、アナスターシャは参加者の反応に特段リアクションはせず、すぐに姿勢を正してにっこりと笑顔を浮かべる。
『本日はi─Con2期生を選出するオーディションへ参加していただき、誠にありがとうございます。早速ではございますが、3次審査の説明を行います』
来た。とうとう訪れた時間にヒカルはお腹の下でグッと力を入れると、参加者たちが固まっている場所の前に、3本の柱のようなオブジェクトがせり上がってきた。
そして柱には丸型のスマートデバイスのようなものが吊り下げられている。
『3次審査のテーマはBLAST.Sです。柱に吊り下げられたデバイスは量産型
アナスターシャの説明に皆でざわつく。BLAST.Sを今からやるというのだろうか。
(まさかこの30人でやりあうとか、そんなんじゃないよね?)
心臓の鼓動が早くなっていく。他の参加者も同じようで、どうしようか動けずにいるようだ。
だが、そんな中、ひとりの少女が群れから飛び出す。
ひとりが動き出すと、他の参加者も動き出し、ひとり、またひとりとデバイスを取っていく。
本当に取らなければいけないのだろうか。ヒカルは重い脚をどうにか動かして柱へと近づく。
できれば戦いたくない。痛いのは嫌だ。BLAST.Sなんてやりたい人がやればいい。心の中で悪態を吐きながらも、ヒカルは吊り下げられたデバイスに触れた。
Idol.Dedicated.Armor――通称
中学生の時に修学旅行でI.De.A体験があったのだが、ぼやけた影のように生きていたヒカルはそんな目立つことはできず、体調不良を理由に辞退した。
かつて避けたそれが今手の内にある。ヒカルは観念して元居た場所へと戻っていく。
「あのーすいません」
戻る途中でひとりの参加者がぴょこんと出てきた。皆の前に出て、空間に投影されているアナスターシャへ話しかける。
『なにかお困りですか?』
「わたし、
『調整者志望でしたらI.De.Aは使用しないでも結構ですよ。ただ、審査開始時にはI.De.Aユーザーから離れてください』
「審査に影響はあるんですか?」
『ご安心ください。調整者は他の方法で審査するので影響は全くございません』
ニコッと微笑みかけてくるアナスターシャ。調整者――I.De.Aの開発や調整を行う技術者で、実は珍しい存在だ。理由は単純明快、I.De.Aを作るよりもI.De.Aを着た方が楽しいから。
(ていうかあの人さっきの美少女だ……)
30人の参加者の中で唯一の調整者志望の少女。彼女はヒカルが行きの飛行機内で会った妖精のような美少女だった。
(あんな……いかにも勉強は仲のいい男の子か女の子にやってもらいますみたいな感じなのに調整者志望なんだ)
感想どころか紛れもなく偏見そのものを抱くヒカル。そうしている間にも妖精のような美少女は皆から離れて壁際に退避した。
『それでは審査の説明を行います。まずは皆さん、I.De.Aを展開してください。デバイスの中心部にあるスイッチに触れるとI.De.Aが展開されます』
アナスターシャの説明を聞きながら、ヒカルは言われた通りI.De.Aの中心部に触れる。丸型のデバイスがフォンッという音と共に光を放った。
同時にデバイスから煙が出てきてヒカルの身体を包み込む。
目を開けるとヒカルの身体は半透明の膜と合金製の外骨格に包み込まれていた。
「これがI.De.A……」
初めての感覚になんともいえないむずがゆさを感じる。
顔に取り付けられたバイザーがI.De.Aの情報を目の前に投影する。手をかざすとそのまま画面を操作することができた。
(おぉ……スマートデバイス機能の応用だ)
なにもないはずの宙を叩くと、画面がアクションに応じて変わっていく。
『基本的な設定はこちらで行うのでそのままお待ちください。設定を行っている間に説明を続けます。皆様が戦う相手はこちらです』
広い部屋の中央。敷き詰められた白いパネルの一部が動き、なにかがせり上がってくる。
それは、紛れもなくI.De.Aだった。
花びらを想起させる白と青の合金製の装甲が複雑に重なり合い、背中には下を向いた花弁らしきスラスターがあり、そこからオレンジ色の粒子がかすかに出ている。
だが、目の前にあるのは確実にI.De.Aだというのに、肝心の装着者がいなかった。人間ではなくロボット、アンドロイドがI.De.Aを装着しているのだ。
『第6世代I.De.A『デルフィニウム』です』
アナスターシャが淡々とした口調でその名前を告げる。
同時にデルフィニウムを装着しているアンドロイドの顔、目の部分が妖しく輝く。
『皆様にはこのI.De.Aを装着したアンドロイドと戦っていただきます。勝利条件は簡単、彼女からの攻撃を5分だけ耐えること。そうすればここは合格とさせていただきます』
淡々とした説明に全員が息を呑む。たった5分攻撃に耐える。簡単なようでいて難しい。他の参加者はともかく、ヒカルはI.De.Aを使うが初めてなのだ。とうてい戦えるとは思えない。
(誰かの陰に隠れてよう……それでなんとか時間を稼いで……生き延びなきゃ)