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【1-4】やらなきゃやられるだけ

 6人目の脱落者が出たとき、アンドロイドの動きが停止した。

 ヒカルは少し離れた場所で眺めながらもバイザーに映っている5分のタイマーがゼロになったことを確認する。

 耐えきった――といってもヒカルは一定の距離を保ちながらただぼんやりと戦闘を眺めていただけなのだが。

 とはいえ脱落者は6人だ。30人の参加者でたったの6人。落ちた人は気の毒だが、アナスターシャの言葉が本当ならここにいる生き残った参加者は全員3次審査通過となる。

 参加者がそれぞれ顔を見合わせる。少しだけ笑っている子や、まだ信じられないとでも言いたげに警戒している子もいた。

『5分経過しました』

 アンドロイドの目の前にアナスターシャの姿が浮かび上がる。

 音もなく近づいて参加者の1人の前に立ち、にっこりと笑った。

 その笑顔を見てヒカルは安心する――と同時に、右目の瞼がピクピクと痙攣した。

『最初に説明した通り、耐久値が残っている皆さんはひとまず合格となります。つづいて別の施設への案内を――』

 行います。という言葉だけが聴こえてくる。

 だが、ヒカルにはその言葉の意味が理解できなかった。

 音声が乱れたとか、要領の得ないことを言ったわけではない。

 ただ単純に、目の前の信じられない光景に意識を持ってかれただけだった。

 投影されたアナスターシャの一部に穴が空いたのだ。

 腹部に空いた丸い穴、彼女の腹部を貫いた一筋の青い弾丸はアナスターシャの目の前にいた参加者をも撃ち抜く。

「……なんで?」

 疑問の声をあげたのは参加者の誰かだった。

 青い弾丸は少女のI.De.Aのチェストコアを破壊し、その小さく細い身体を吹き飛ばす。

 アナスターシャが腹に穴を開けたまま振り向く。するとそこには先ほど活動停止したはずのI.De.Aを装備したアンドロイドが再び機械の瞳に光を宿していた。

 また一瞬の出来事だった。アナスターシャがアンドロイドを認識すると、彼女が砕け散る。

(どうなってんの!? やられた? アナスターシャが!? ていうかなんで動いてんの? 審査はもう終わったはずじゃ……)

 わけのわからない展開にヒカルは困惑することしかできない。

 再び動き出したアンドロイドは先ほどの審査では使っていなかった左手に持ったライフルを構え、同じように混乱している参加者へもう一度撃った。

 再び青い弾丸が参加者を撃ち抜く。同じようにI.De.Aが壊れる。

「エナジービーム! 皆逃げて!」

 なにが起きているのか。後ろからの声にヒカルが振り向くと、壁際で手帳型のスマートデバイスを持った美少女が叫んでいた。

(あの子、飛行機で会った美少女だ。そういえばあの子は調整者志望だったっけ? エナジービーム? なにそれ? たしかI.De.Aの装備だったっけ……ていうか! ていうかていうかていうか! あれなんで動いてんの!?)

 キィイィンッ――パニックに陥るヒカルの真横を、青い弾丸が通り過ぎる。

 狙われたのはヒカルの近くにいた参加者だった。その子もまた1発でI.De.Aを破壊され、無防備な生身の身体となってしまう。

 次は確実にやられる。ヒカルは今さら自分が窮地に陥ってることを理解し、慌てて動き出す。

 合金製の鎧が取り付けられた重い身体を動かして、どうにか走り出す。ガシャン、ガシャンと鈍い音を鳴らしながら歩く。その間も視界の外からアンドロイドがビームを撃つ音と参加者の悲鳴が聴こえてくる。

(逃げなきゃ。逃げなきゃやられる。せっかく生き延びたのに、逃げなきゃ無駄になる)

 普段とは違う自分の身体はちっとも言うことを聞かなくて、必死に足を動かしているのに、まるで夢の中みたいに前へ進まない。

 もっと早く足を動かさなくては――ぐいっと無理やり足を振り上げたヒカルは着地の瞬間に足をくじいてしまった。

(やばっ!)

 本来ならI.De.Aを使ってリカバリをして転ばないようにできるのだが、初めてI.De.Aを身に着けたヒカルでは、そんな機転は利かなかった。当たり前のように転び、止まってしまう。

 ピピピピッと電子音がけたましく鳴り響く。バイザー越しの視界に映るレーダーには、敵を示す赤い点がヒカルへと接近してくる。

 あのアンドロイドがもう近くにいる。ヒカルがどうにか身体を動かしうつ伏せから仰向けになると、予想通り殆ど目の前にアンドロイドが迫っていた。

「あっ、だめだ。終わったわ」

 思わずボソッと呟くヒカル。アンドロイドは持っていたショートソードを振りかぶり、今にもヒカルのチェストコアを貫こうとしている。

 せっかく久しぶりに頑張ったのに。心の中でため息をついて敗北を受け入れ――ようとしたところで、視界の端からなにかが飛んできた。

 対I.De.A用ライフル弾はアンドロイドに当たり、持っていた武器を弾き飛ばす。

 ハッとして周囲を見回すと、そこには先ほどの三つ編みの美少女が武器を構えていた。

 助けられた。そう思ったのも束の間、アンドロイドがターゲットを変えてライフルを三つ編みの美少女へと向ける。

「逃げて!」

 三つ編みの美少女が叫ぶ。その瞬間、彼女はアンドロイドが撃ったビームにチェストコアを貫かれ、後方へと吹き飛んだ。

(私……助けられた? なんで? なんで……私を)

「こっち! 早く来て!」

 思ってもいなかった展開に放心していると、調整者志望の美少女が叫ぶ。

 ヒカルはどうにか立ち上がり、美少女の元へと向かった。

「あのアンドロイド、どう考えても暴走してる」

 調整者志望の美少女が早口で喋る。ヒカルはレーダーを注視しながらも無言で頷く。

「あれがどういう原因で暴走してるのか今はどうでもいい。とにかくあれを止めなきゃ」

「止めるって、ど、どうやって止めるんですか? あ、あんなの」

 ヒカルがどもり気味に訊ねる。調整者志望の美少女はその大きな黒目をチラッと動かしてアンドロイドを見て、すぐにヒカルへと視線を戻した。

「方法は2つ。I.De.Aを壊すか、アンドロイドの制御システムを奪うか」

「どどど、どっちを、どっちをやるんですか?」

「どっちも難しい。けどどっちもできる。わたしがアンドロイドの制御システムをハッキングするから、時間を稼いでほしい」

 早口でとんでもないことを言う美少女。ハッキングに時間稼ぎ。どっちも難しそうだ。

「む、むりです。わたしわたし、そんな、I.De.A使うのだって初めてだし」

「やって。やらなきゃ、ただやられるだけだよ」

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