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【1-5】全部おしまい

 ガシッと肩を掴まれ、真正面から詰められるヒカル。思わず「ひっ」と声を漏らして震える。

 確かに彼女の言う通りではある。結局のところヒカルが生き残るには行動するしかない。逃げずに立ち向かう。ただそれだけだ。

 だけど、それが分かっていてもすぐに動くことはできない。振り向くと周りにはI.De.Aを失って倒れている少女たちがいて、その中心には無機質なマシーンが恐怖をふりまいている。

 どう考えても無理だ。ヒカルは浅い呼吸を繰り返しながらフルフルと首を横に振るだけ。

 そして、とうとうアンドロイドがこちらを向いた。

 近くにいた参加者はあらかた排除したのか、ピンク色のカメラアイを光らせて、ゆっくりとこちらへ向かってくる。

 しかし調整者志望の美少女は作業に集中しているようで、アンドロイドがこちらを狙っていることに気付いていないようだった。

 このままでは彼女がやられてしまう。もしもこのままアンドロイドがさっきのビームを撃ったら――最悪の結末を想像してヒカルは全身に悪寒が走り、浅い呼吸を繰り返す。

「は、はなれて!」

 気付いた時には動き出していた。か細い声で叫び、ヒカルは半ばヤケクソ気味で飛び出した。

 だがアンドロイドは急転回し、ヒカルを避けて調整者志望の美少女へと襲い掛かる。

(やばいっ!)

 ヒカルは慌てて跳んで咄嗟に割り込み背中から攻撃を受けた。

 身体に電流が駆け巡り、バイザー越しの視界が明滅する。

 バチバチと音が鳴り、ヒカルのI.De.Aの耐久値が見る見るうちに減っていく。

 さらにもう一閃、美少女を守りながら受けた一撃は呆気なく耐久値をゼロにして、展開されていた合金製の鎧と半透明の膜が消えていった。

「……どうして、わたしを庇って」

 妖精のような美少女が小さな手を口に当てながら震える。

 ヒカルはどう答えていいか分からず、へらっと不器用に笑って背中を向けた。

 目の前には暴走したアンドロイド。相手はまだ止まらないようで、機械仕掛けの目を赤く光らせヒカルを見つめている。

 意識がとびそうになるところをヒカルはどうにか留まる。視界がぼやけ、輪郭が曖昧になる。

「アイドル……なりたかったなぁ……」

 ぼそっと誰に言うわけでもなく呟く。

 いいことなんてなにもなかった。幼いころに死の淵を彷徨う事故に遭って、小学生の時は『目の色が違う』という理由だけでいじめられて、中学生の時はそれがトラウマで友達もできず、大好きなアイドルのオーディションに勇気を出して飛び込んで、大勢の人の中から選ばれて3次審査まで行ったのに、結局今日初めて会っただけの人を庇って死ぬ。全部おしまい──

(……いやだ)

 あっけなく告げられる『おしまい』にヒカルは涙を流す。

 ここまできた。応募者12万人の中から生き残ってきた。

 努力した。めちゃくちゃに努力した。がむしゃらになって審査に臨んだ。どうせ受からないと自分に言い聞かせて利口になったフリをして臆病になって――それでもどこかで合格することを望んでいただけだ。

 本当はアイドルになりたかった。他の応募者を蹴落としてでも自分が選ばれたかった。

(本当は逃げたくない。だって逃げたら……今ここで逃げたら私は私をいじめてきたやつらに復讐できない。今ここで逃げたら……白金真咲に会えない!)

 今ここで生き延びればきっとi─Conになれる気がする。

 そしてi─Conに入れば真咲に会える。ずっと憧れだった女性に、ヒカルにとっての女神様に会うことができるのだ。しかもそれはイベントとか握手会とかではなくて、同じステージに立てるかもしれないのだ。こんなの喜ばないわけがない。

 だというのに、その願いが今絶たれようとしている。わけの分からないただの機械に、その機会を奪われようとしている。

(……ざけんな)

 こんなところで死にたくない。せっかく憧れの人に近づけて、アイドルになれるかもしれないのに、それをこんな理不尽な出来事で終わらせたくない。

 アイドルになって、選抜メンバーに入って、真咲とも仲良くなって、一緒に番組出演したり、ダンスを教えてもらったり、真咲の家に招待されたり、誕生日プレゼントを贈って、自分のときは貰って、オフの日に2人で買い物に行ったり。真咲だけじゃない。他の先輩とも仲良くなって、同期のメンバーと切磋琢磨して、不遇の時代を笑いあって、誰かの卒業を見送って、それで、それで、たくさんのファンの人達の前でヒカルは──

「私は! 絶対生き延びる! アイドルになる!」

 物言わぬ機械の前で叫ぶヒカル。I.De.Aもなく、地味な私服しか着ていないその姿はアイドルと呼ぶにはほど遠く、どこからどう見ても、どこにでもいる少女だった。

 そんなただの少女に対して、アンドロイドは無慈悲にもショートソードを振り下ろす。

 鋭利な刃が少女の柔肌を切り裂こうと襲い掛かる。切っ先がヒカルの首に提げているお守り代わりのペンダントに触れる。

 刹那、極度の緊張状態からヒカルの体は大量のアドレナリンを放出し、その体のシグナルに応えるように──まるでヒカルの叫びに呼応したかのように、首に提げていたお守り代わりのペンダントが青白い光を解き放った。

 衝撃が起こり、アンドロイドを吹き飛ばす。さらに、ヒカルが右目だけに着けていた黒のカラーコンタクトが勢いよくはじけ飛ぶ。

 床に落ちたカラコンを踏み潰すヒカル。その右目は金色に光り輝いていた。

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