『ヒカル、いい? これは貴女を守るためにあるものなの。それに、これはヒカル自身でもある。絶対にこれを手放さないで。これは鍵なの。ヒカルにとって、そして──』
意識が引っ張られるように引き上げられ、千倉ヒカルは目を覚ました。
浅い呼吸を繰り返す。頬に伝った汗を手のひらで拭い、目を伏せて息を吐く。
あのオーディションから3日後、ヒカルは今出身地である本土の東京から離れ飛行機に乗っていた。
『当機はまもなく、
機内アナウンスが流れ、ヒカルは眼下の景色を見て心を落ち着かせた。
新東興都市──日本の最東端にある巨大な経済特区の人工島、ここは過熱しきっているアイドルブームの中心地だ。三角形の広大な島には多くのイベント会場があり、中央にはこれまで多くのアイドルがライブを行ってきた新東興都市国際中央ドームがある。
この人工島へのアクセス方法は空路か海路での定期便だけで、それなりのお金がかかる。今回だってi─Conが所属する芸能事務所である『プラネテス』がチケットを出してくれなければ来れなかったくらいだ。
オーディションでの騒ぎの後、ヒカルは病院で目覚めた。
I.De.Aのおかげで大きなケガもなかった。しかも第3次審査は合格だ。
とはいえ手放しには喜べない。そもそもなぜあんなことが起きたのか――オーディションスタッフの説明によるとアンドロイドの暴走だと言われたが、正直どこまで本当なのか判別できない。
というのも、ネット上では参加者の実力を測るために運営が意図的に暴走させたのではないかなんて噂があるのだ。
(これから第4次審査……なにすんだろ)
癖のようにため息を吐くヒカル。ついつい首元にあるペンダントを握り締める。
ペンダントのデザインが変わっていた。これまでは円形のコンパクトのようなもので、中心には小さな青白い宝石のようなものが光っていたのだが、今は光を失っている。中の宝石を2枚の三角形のフレームで挟んでいて、さらに上から円形のパネルが2枚挟まっている。
よく見るとコードを挿し込めるような端子が横にあり、正面には文字が刻印されていた。
(ハートブレイカー……)
刻印をなぞって文字を読む。アクセサリーにしては随分と物騒な名前だ。
(やっぱI.De.Aなんだよね……これ)
手の上のそれを眺めていると、円形のパネルに自分の顔が映りこんでいることに気付く。
より正確に言えば自分の右目だ。今は両目とも黒い。皆と同じ色合いにヒカルはひとまず安堵の息を吐いた。
自分の地味な顔には不釣り合いの黄金の瞳。幼い頃の事故の後遺症だと聞かされているが、なぜそうなったのか詳しくは知らない。
知りたいとも思わなかった。知ったところでどうにかなるとは思えないし、人とは違うこの目のせいでヒカルはいじめられた。
目の色が違うというだけで、人はあまりにも簡単にコミュニティから排斥される。
家族はヒカルの右目を綺麗だと言ってくれるが、ヒカル自身はこの目が憎くてたまらない。この目さえなければ、いじめられることもなかったかもしれない。カラコンをつけないで済んだし、目を隠すための前髪だってこんな鬱陶しいくらい伸ばさなくて済んだ。
ガタガタと飛行機が揺れる。窓の外に新東興都市らしき三角形の島が見えてきた。