飛行機から降りて空港に降り立つとすぐにアナスターシャからメッセージが届いた。
指定のロータリーにバスが停まっているらしい。手持ちのスマートデバイスで地図を確認しそのまま向かう。
「あぁっ! やっぱりいた!」
後ろから女の子の声が聴こえてきた。
島唯一の空港だがかなり広い。人とはぐれてもおかしくはない。きっと誰かを探していたのだろう。
それにしても公衆の面前であんな大声を出せるなんて。ヒカルだったら恥ずかしくってできやしないものだが。
「待って待って!」
さらに大声が響く。声をかけられた者は気づいていないらしい。大変だなと思いながらヒカルは歩を進める。
「待ってってば!」
グイっと体が引っ張られた。
ギョッとして振り向くとそこには2人の女の子が迫真の表情で立っている。
(えっ、うそ。さっきから呼ばれてたのってもしかして私? 私のこと? なんで?)
上着の袖を掴まれた状態でヒカルは困惑してしまう。
「やっと追いついた……」
「急に引き留めちゃってごめんね」
そこにいたのは2人の美少女だった。
暗めの茶髪を三つ編みにしている女の子と、黒髪でセミロングの小柄な女の子。どちらも3次審査で見た顔ぶれだ。
「飛行機で見かけたときから声掛けようと思ってたんだけど、中々タイミング掴めなくって。えへへ」
三つ編みの女の子がヒカルを見てふわりと笑う。暖かみを感じるその微笑みに、ヒカルは少しドキッとして目を逸らした。
「えっと……あの……確か3次審査のときの……」
「そう、あのときは助けてくれてありがとう」
小柄な女の子がヒカルの手をとって、笑いかけた。思ってもいなかった強引な距離の詰め方にヒカルは思わず息を止めて彼女を見つめる。
「わたし、
「あー……千倉ヒカル、です」
「うん、よろしくねヒカル。ヒカルって呼んでもいい?」
「はい、どうぞ……」
もう呼んでるじゃん。なんて思いながらヒカルは小鹿の大きな瞳を見つめる。落ち着いた雰囲気の美少女。彼女の明るい笑顔に少々押され気味だった。
小鹿のまっすぐな笑顔から逃れるように視線を逸らすと、もう1人の女の子、三つ編みの女の子と目が合ってしまう。
「わたし、
三つ編みの女の子、柴えるは困ったように笑った。
大人しめな雰囲気の彼女は小鹿と同じく整った顔立ちをしていて、くっきりとした鼻と透き通るような雰囲気が印象的な美少女だった。
「あっ、どうも、千倉ヒカルです……って、さっきも、あーごめんなさい。その、えっと……」
もごもごと口ごもりながら、ヒカルは視線を落とす。
小学生の頃はいじめられていて、中学生の頃はいじめられないよう誰とも深く付き合うことはせず枯葉のような日々を送っていた。
ゆえにヒカルは友達がいない。怖くて作れなかったのだ。
そのせいで未だに人と目を合わせて喋ることもできず、いつも口ごもってしまう。こんな調子でアイドルになりたいと思っているのだから、ちゃんちゃらおかしくて自分でも笑えてくる。
せっかく話しかけてくれたというのにこれじゃあドン引きされるだけ。ヒカルがチラッと視線をあげると、えるは戸惑いながらもこちらを覗き込んできた。
「わたしも……ヒカルちゃんって呼んでもいい?」
「ああ、そりゃもう。うん、まぁその。大丈夫です。なんでも」
「わたしのこともえるって呼んでね?」
「はい……機会があれば」
ぎこちない調子でなんとか言葉を返すヒカル。向こうもヒカルのことをなんとなく察したのか、ふたりは目を合わせ何度か頷いた。
「これから最終審査でしょ? 一緒に行こ」
小鹿がアニメのキャラクターみたいなウインクをする。
日常会話で本当にウインクを挟む人がいるなんて。ヒカルは小鹿のキャッチーさに驚きながらも、彼女の言葉の最後を拾い上げた。
「い、一緒にですか? えっと」
「いやぁ、ぶっちゃけ私地図読むのあんま得意じゃなくてさ。だから連れてってほしいなぁって思って」
「私も、ひとりだと不安だから……いいかな?」
2人の美少女にお願いにヒカルはたじろいでしまう。
個人行動が好きなヒカルとしてはなるべくひとりが良いのだが、ここで断るのも体裁が悪い。
ひとまずヒカルは「分かりました……」と頷いた。
広いロータリーには5台のバスが停まっていて今もそれぞれ何人かが乗り込んでいる。
コンパクトなサイズの無人バスだ。前を歩く小鹿が「あれじゃない?」と言って小走りでターミナルへ向かう。
『こんにちは、お名前をお伺いします』
ロータリーに近づくとi─ConのAIアシスタントであるアナスターシャが近くのモニターから姿を現した。3次審査の会場で見たときと同じスーツ姿で佇んでいる。
「雨野小鹿です」
「柴えるです」
突如現れた彼女にヒカルはびっくりしながらも「ち、千倉ヒカル……です」と言う。するとアナスターシャはにこりと笑い、入り口に向かって左手を向けた。
『最終審査の参加者ですね。1号車のバスへご搭乗ください』
セリフを読み上げると同時にロータリーの一番前に停まっていた1号車のドアが開く。
いの一番に小鹿が乗り込み、次に柴える。パタパタと軽やかにステップを上っていく。ヒカルはごくっと生唾を呑み込みバスのステップに足をかける。
最終審査。最初に聞いたときはまさかまだあるとは思ってなかったので驚いたが、ここを通ればオーディションは合格。i─Conの2期生になれる。
(とうとうここまできちゃった……)
バクバクと心臓が激しく鳴っている。まだ審査は始まっていないのに緊張しっぱなしだ。
正直ここまで来ただけでも信じられない。3次審査であんなことがあって、そこからまた当たり前のようにオーディションが続けられているというのも驚きだが、そのステージに自分が進んでいるということもそれ以上に驚いている。
3次審査はI.De.Aの適正チェックのようなものだろう。現在のアイドル業界、いや、エンタメの世界においてBLAST.Sは頂点で燦然と輝く超巨大コンテンツだ。アイドルならBLAST.Sができて当たり前。ゆえにオーディションの時点で才能を確認するのだろう。
じゃあ最終審査は、一体なにをやらされるのか。
ヒカルがふーっと息を吐き、ステップをのぼる。
バスは外から見るとあまり大きくはなかったが、中は決してそんなことはない。
車内は広々としていて、既に8人の少女たちが乗っていた。
中央には真っ白な長いテーブルがあり、左右にそれぞれ向かい合わせで3席分。後方にも同じく3席分、合計9席用意されている。
「ヒカル、こっちこっち、空いてるよ」
乗客の顔ぶれを眺めていると左側の奥の座席から小鹿が手を挙げて声をかけてきた。
一瞬で他の参加者の視線が集中する。
(ひぃ~いきなり呼ばないでぇ~)
控えめに笑いながらヒカルは小刻みに頭を下げる。背を丸めてトロトロと車内を歩き、仕方なく小鹿の隣の席、左側3席の真ん中に座った。
右隣には小鹿がいて、左隣には見知らぬ美少女が座っている。艶々の黒髪ロング、前髪を流して綺麗な白いおでこを見せ、くっきりとした細い眉も見える。大きな目にスッキリと筋が通った小さな鼻と薄い唇。どこからどう見ても美少女だ。
(右も左も美少女だ……)
周囲からの視線にビクビクしながら身を縮こまらせていると中央のスペースから再びアナスターシャが姿を現した。
『それでは、最終審査の参加者が全員揃ったので、会場へと向かいます。なお、走行中は安全面と情報統制の問題から車内を見られないようシャッターを下ろします。皆様はなるべく席の移動を控え、今の場所に座っていてください。移動時間はおよそ30分を予定しています』