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【2-3】曲者ぞろい

 審査の時と同じく、アナスターシャがスラスラと説明する。

 同時にバスの窓からシャッターが降りて外の景色がシャットアウトされた。

 そしてバスは動き出す。静かにエンジン音が鳴り、ゆっくりと新東興都市を走って行く。

 無音の車内で聴こえてくるのは空調の音だけだ。

(き、きまず……)

 スマートデバイスを触るふりをしながらヒカルはどうにか無の時間をやり過ごす。

 ピクピクと右目の瞼が痙攣している。カラコンがズレていないか怖くなり、ヒカルは前髪を直すふりをしながら目を隠した。

 当然ながらこのバスに乗っているのは3次審査を通った人達だろう。知ってるのは小鹿とえるだけ。それ以外の人達は別の会場か、別の時間帯に審査が行われたのかもしれない。

 今ヒカルが乗っているのは1号車だが、ロータリーには5台のバスが停まっていた。一体どれほどの人数が残っているのか。

「ねぇ、ちょっといい?」

 ヒカルが思考に耽っていると後ろの席の真ん中に座っている女の子が声を発した。

 褐色の肌に目尻があがった特徴的な眼差し、小顔、前髪ナシの黒髪ショート、手足が冗談みたいに長いエキゾチックな顔立ちの美少女は、長い脚を組んでずいっと身を乗り出してくる。

「3次審査なにやった? アタシはI.De.Aを着たアンドロイドの相手させられたんだけど」

 エキゾチックな美少女の言葉に全員が反応を示す。ヒカルは驚きながらも小鹿の反応を窺う。

「わたし達もそうだったよ。ていうか、他のグループは違った?」

 小鹿が軽く手を挙げて発言する。他の参加者は「そうだった」とか「おんなじ」なんて言いながら全員が同意を示す。

「でもさ、5分耐えた後、あのアンドロイド暴走しなかった?」

「した! いきなり強くなった! やばかったよねあれ!」

 エキゾチックな顔立ちの美少女と、もう1人の参加者が興奮して声を張り上げる。どうやらアンドロイドが暴走したのはヒカル達のグループだけではなかったらしい。

「みんな暴走してたんですか? わたし達だけだと思ってました……」

 見るからに年下っぽい参加者がおどおどした感じで呟く。それに対して、小鹿が細い指で唇に触れて「うーん」と唸った。

「あの暴走、もしかしたら人為的なものかも。誰が何の目的でやったのかは分からないけど」

 小鹿の結論に参加者全員が押し黙る。あの暴走が仕組まれたもの――確かに、疑ってみるとどうにも怪しい気がする。

 3次審査でのヒカル達のグループは30人。他のグループが何人いたのかは知らないが、それなりに多い人数で5分だけ耐えるというのも条件が緩い気がするし、実際暴走する前の脱落者はたったの6人だった。

 暴走したのに怪我人なし、しかも審査は続行。考えれば考えるほど不自然だ。

 疑い出せばキリがない。作為的なものを感じざるをえない。せっかく審査を通過したというのに、なんだか妙にモヤモヤが残ってしまう。

「そうだ。名前、なんていうの?」

 話が停滞したところでエキゾチックな美少女が誰かに名前を訊ねる。よく喋る人だなぁと思いながらヒカルはスマートデバイスをそっとスリープさせると、不意に視線が自分へ集まっていることに気が付いた。

 視線を右往左往させる。エキゾチックな美少女は唇を尖らせてヒカルを見つめているようだ。

「……なんで答えてくんないの?」

「えっと……あっ、あれ? わ、私ですか?」

「アンタしかいないじゃん」

 しかいないってことはないだろう。ヒカルは背中にじっとりと汗を掻きながらも「ち、千倉ヒカルです……」とどうにか答える。

 これでいいのだろうか。ジッとエキゾチックな美少女に視線を返すと、彼女は座席に取り付けられているサイドテーブルに肘をつき組んでいる足を組み替えた。

「そっ、ヒカルっていうんだ。あのさ、そっちのグループであのアンドロイド倒したのってヒカルなんでしょ? しかも普通じゃないやり方で」

 まだ話は終わってなかったらしい。ズケズケと遠慮なく聞いてくる美少女の態度にヒカルはストレスを感じる。右目の瞼の痙攣もやや強くなっている気がする。

(なんかこの人むりぃ~)

 どことなくいじめてきた連中と近い臭いがする。他人のパーソナルスペースを一切考慮しないコミュニケーションにヒカルは早くも食傷気味だった。

 助けを求めるようにチラッと隣の席の小鹿へ視線をやると彼女はニコッと笑った。

「ヒカルが持ってるペンダント、それI.De.Aだよね?」

 ばらされた。ヒカルは「えっと……」と言葉を濁すが、周りは当然放っておかない。

「そうなの? 個人でI.De.Aを持ってるってこと?」

 エキゾチックな美少女が小首を傾げてこちらを覗き込んでくる。

 探るような視線にヒカルは嫌な予感を感じ取り、カラコンをしているというのに咄嗟に右手で前髪を撫でて右目を隠す。

「いや、あの……これはその、私もI.De.Aだって、知らなくて……その……」

「未登録のI.De.Aってことですか?」

 質問してきたのは先ほどの年下っぽい美少女だった。他の人も続々と質問してくる。

「結局あのアンドロイドはどうやって倒したの?」

「もしかしてアイドルやってた? そのとき使ってたI.De.Aとか?」

「なんでI.De.Aだってこと知らなかったのに起動したの?」

「I.De.Aを個人で所持するのって大丈夫なの?」

 矢継ぎ早に質問が飛んでくる。こんなにも話しかけられたことなんてここ何年もない。

 なにから答えるか、どこまで答えるか、どうすればいいか分からなくなり、ヒカルは小刻みに顔を振りながら「えっと」とか「あの」なんていうことしかできず、呼吸が浅くなっていく。

 ここでヘタな答え方をしたら変な奴とか生意気な奴みたいなレッテルを貼られてしまう。個人でI.De.Aを持っていたオーディション参加者。普通とは違う存在はあっけなくコミュニティから排斥されてしまうだろう。

 忌まわしい記憶がフラッシュバックする。小学校の屋上入り口のスペース。逃げ場のない狭い所へ連れ込まれ、複数人の女子に囲まれた。

 あのときと同じだ。違うって理由でヒカルはまた自分が迫害されるのではないかと、不安に圧し潰されそうになる。

(なにかこたえなきゃ。なにかこたえなきゃ。なにか――)

 パンッ。思考が混濁し始めたところで、車内に袋が弾けるような大きい音が響いた。

 全員の視線が音の聴こえた方向、ヒカルの左隣の席に集まる。

 前髪を流した黒髪ロングの美少女がお菓子の袋を開けていた。

「ラムネもち。食べない? 結構いけるやつ」

 言いながら、黒髪ロングの美少女はひょいっとラムネ色の小さな餅をひとつ口に入れる。

 空気の流れを完全に無視したその行動に皆呆然とし、少し遅れて三つ編みの美少女の柴えるがハッとしてバッグから同じくお菓子が入った袋を取り出した。

「あのね、わたしも、今日のためにクッキー焼いてきたの。けどいっぱい焼いちゃったから、良かったら皆で食べない?」

 まさかの手作りお菓子だった。カラフルでオシャレなデザインの袋に入ったアイシングクッキーはまるでお店に売っているかのような出来栄えだ。

 クッキーの出来栄えはともかく2人がお菓子を取り出したことで空気が少し変わり、さらにもう1人の美少女が軽く立ち上がる。

「あたしも、飴だけど持ってきてるよ。あとこれ、来た時から気になってたんだけどここにある飲み物って飲んでもいいのかな? なんかめっちゃ用意してあるし」

 中央のテーブルに用意されている飲み物へ言及する美少女。ヒカルよりも少し年上に見える彼女は「いいんだよね?」なんて言いながらペットボトルのドリンクをひとつ手に取った。

 ようやく先ほどの質問攻めみたいな空気が流れる。エキゾチックな美少女は聞きたかったことが聞けなくて少し不満気だったが、隣の席にいるえるがクッキーの袋を差し出すと「ありがと」と言っておずおずと1枚取って食べた。

「はいこれ、ラムネもち。食べない?」

 質問攻めされなくなったことでホッと一息つくと、左隣の黒髪ロングの美少女がさっきと全く同じトーンで個包装されたラムネもちを差し出してくる。

 こんなにも綺麗で整った顔立ちだというのに声のトーンは平坦で表情も起伏が乏しい。怒っているわけではなさそうだがイマイチ顔から感情が読み取れない美少女だ。

 とはいえ質問攻めにあっていたヒカルを助けてくれたのは間違いない。ヒカルは「ありがとう、ございます……」と言って微かに手を震わせながらラムネもちを受け取った。

 ぴりっと袋を開けてラムネもちを放り込む。思っていた通りの食感と味ではあったが、ほのかな甘さと酸っぱさが今は心地がいい。

「私、寿崎すざき琴子ことこ。3次審査ではめっちゃ逃げ回ってた」

 ラムネもちを咀嚼していると、黒髪ロングの美少女、寿崎琴子が自己紹介をしてくれた。

「あ、そうだったんですか。えっと、私も最初は、逃げ回っていて……」

「仲間だ。ヒカルって呼んでもいい?」

「え? あっ、はい。どうぞ、それはもう、ご自由に」

「私のことは『こっち』って呼んでね」

「えーっと、『こっち』ですか?」

「ううん、あっち」

「え?」

「そっちでもいいよ」

「えっと……」

「琴子でいいよ」

 なんなんだ。真顔で変なことを言う琴子に翻弄され、ヒカルはわなわなと口を震わせる。

 分からない。これまで友達らしい友達なんて全然いなかったからこの感じがあってるのかも分からない。分からないことだらけだ。

(最終審査……曲者ぞろい過ぎる……どうすればいいの)

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