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【3-2】命を燃やす

 これから母だけではなく叔母にも連絡をとらなければ。充電パッドに置いたデバイスを取ろうとしたところで、ピンポーンと電子音が鳴り響いた。

 来客を告げるインターホンだ。壁に取り付けられている小さなモニターを見ると、部屋の外に2人の美少女が見える。三つ編みの美少女柴えると、黒髪ロングの美少女寿崎琴子だ。

 嫌な予感を感じる。ここは出ないで居留守をしようかと邪な考えが思い浮かぶが、さすがに失礼かなと思い仕方なく応答のボタンを押す。

「あの……なんでしょうか」

『あっ、ヒカルちゃん。ごめんね急に』

『ヒカル、この部屋は完全に包囲されている。大人しく出てきなさい』

 拡声器のジェスチャーをして呼びかけてくる琴子。えるは困ったように控えめに笑うだけだ。

 一体なんなんだ。ヒシヒシと先ほどよりも嫌な予感が強くなる。ぴくっと右目の瞼が痙攣し、ヒカルは咄嗟におさえる。

『ていうかヒカル、メッセの通知見てない?』

「……へ? メッセ?」

 モニター越しに琴子が首をかしげる。メッセ、国産のモバイルメッセージアプリはヒカルにとって家族と連絡を取るためだけのもので、その家族とも普段から頻繁にやりとりしているわけではないので、デバイスへの通知をオフにしていた。

 先ほど談話室で自己紹介をしたときに2期生全員でメッセのともだち登録をしたのだが、早速なにか来ていたらしい。

 慌ててデバイスを手に取る。アプリを起動するとグループトークにメッセージが届いていた。

『みんなもう色々終わった? 寮に大浴場があるから一緒に入らない? 親睦深めようよ~!』

 最初にメッセージを送信していたのは雨野小鹿だった。サメの被り物をした猫が寝転がっていて、上にハテナマークを浮かべているスタンプが続けて送られている。

 ヒカルはデバイスを持ったまま固まる。皆でお風呂に入るなんて絶対無理だ。耐えられない。

 だが他のメンバーはそうでもないようで、小鹿からの提案にヒカル以外は既に『いいよ』とか『いいけど』なんて返信している。

 部屋の外で待っているえると琴子も同じだ。『大丈夫だよ』と送ったえると鮭を咥えたシロクマがケツからお風呂へ飛び込むという動くスタンプを送っている琴子。琴子の方はイマイチ真意が掴みづらいがこうしてヒカルを呼びに来ている以上オッケーなのだろう。

(うぅ……いきたくない……)

 部屋の中で苦悩するヒカル。今日はただでさえ知らない人とたくさん話してもう疲れ切っているというのに、他人と風呂まで入るなんて、過酷過ぎる。

 しかしヒカル以外は行くと言っている。ここでヒカルが断れば空気が悪くなるのはもちろんのこと、ヘタすりゃ『千倉ヒカルは仲間と交流する気がない自己中の女だ』と思われてしまう。

 行くしかないのか――数秒ほど考え込み、ヒカルはだっはぁーっと大きなため息を吐き、観念してドアを開けた。

「あっ、出てきた。意外」

「ヒカルちゃん、大丈夫? 無理しなくてもいいよ?」

 廊下に出た途端えると琴子から心配されるヒカル。皆で風呂に入るのが嫌だということがバレないよう出来るだけ明るい顔で出てきたのだが、なぜこんなにも心配されているのか。

「えっ、いや、そんな。無理してなんか。な、なんでそんなこと、思ったんですか」

「だってヒカル、他人と関わるの苦手そうだし」

「こ、琴子ちゃん……そんなハッキリ言わなくても……」

 琴子の淡々とした物言いに苦笑いをしながら諫めるえる。ここにきてヒカルは二人に自分の性格がバレているということをようやく理解し、ガクッと肩を落とす。

「いやまぁ、嫌っちゃ嫌です……もうコミュニケーションゲージがほぼないので……」

「それでも行くんだ。えらいね」

「断るとハブられそうなので……」

「そ、そんなことないよ。大丈夫だよヒカルちゃん」

「そうそう、私はやらないよ。私は」

「わたしもやらないよ? あの、頑張ろう? ヒカルちゃん」

「はい……命を燃やします……」

「燃やすほどなんだ……命を」

 えると琴子に慰められながらヒカルはどうにか歩き出す。ペタペタと廊下を歩きながら寮の地下にある大浴場へと向かう。

「そういえば私、着替えどころかバスタオルも持ってきてないんですけど大丈夫なんですかね」

「大浴場にあるらしいよ。着替えもトレーニングウェアみたいなやつがあるらしいけど」

「基礎化粧品とかも置いてあるけど、先輩方は自分用の物使ってるんだって」

「い、至れり尽くせりかい……設備の潤沢さが憎い……」

 とぼとぼと歩くヒカル。階段を下りて一階に着いたところで、忘れ物を思い出した。

(カラコンのケース忘れた……どうしよう……)

 金色の右目を隠す黒のカラコン。これがないとまともに生活することができない。

 そもそも風呂に入るときはカラコンを外す。もし入浴中、同期にバレてしまったら――

(どうしよう、やっぱり行くのやめようかな……でももうここまで来ちゃったし……)

 大浴場への廊下を歩きながらぐるぐると思い悩むヒカル。使い捨てだしストックはまだあるが、どうしても風呂に入っているときと、部屋に戻るまで生身の目を晒すことになってしまう。

(どうにか、バレないように立ち回らなきゃ……今後もこういうことがあるかもしれないし、ここで逃げちゃダメだ)

 不安に圧し潰されそうになりながらも、ヒカルはどうにか心を殺して歩いた。

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