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【3-3】いきなりの友達?

 エレベーターに乗って下りる。地下2階は多目的エリアとなっていて、地下1階が大浴場だ。

 ドアが開くとすぐに更衣室だった。向かって左側に縦長のロッカーが並んでいて、右側は鏡張りの壁とカウンターテーブルに椅子が並んでいる。

 そして奥には大浴場へのガラス戸があった。更衣室には既に同期が揃っていて、当然ながらほとんど下着姿だ。

「あっ、えるに琴子にヒカル。おつかれー」

 声をかけてきたのはヒカルよりも少し年上の美少女だった。黒髪よりの茶髪のセミロングはウェーブがかかっていて、肩のあたりまで伸びている。涼しげな目元が印象的な女の子。

(あの人誰だっけ……確か鈴木……鈴木……鈴木さん)

 下の名前が出てこない。えるや琴子の真似をしてとりあえず「おつかれさまです」なんて答えながらヒカルはそそくさと人が少ない隅っこへと向かう。

 これまで1人も友達がいなかったのにいきなり8人も知り合いができてしまった。

 どういう感じで接すればいいのか分からないし他人の名前だってこれまでは憶える必要なんてなかったので、おざなりになっていたが今後はそうもいかないだろう。

(ていうかアイドルになるんだったら色んな人に会うわけだから人の名前を憶えるスキルが必須になってくるのでは……)

 これからのことを考えてうんざりするヒカル。ガチャっとロッカーを開けると既にバスタオルとタオルが入っており、着替えっぽいセットアップのウェアも入っていた。

(こういうのいつどこで誰が準備してるの?)

「んぁっ! 忘れ物したぁ!」

 のろのろと服を脱いでいると後ろから声が聴こえてきた。高くてか細い声、雨野小鹿だ。

 脱いだ服を畳みながらチラッと後ろを見るとうぇーという顔でバッグを漁っている。

「ねぇ誰かヘアバンド持ってる? マイクロファイバーのやつ~」

 ヒカルは持っていなかった。実家を探せばあるとは思うが当然ここにはない。

 だが他のメンバーは違ったようで、先ほどヒカル達に声をかけてくれた年上の女の子が「あるよー」と明るい調子で答えた。

「え? ほんと? 2個ある?」

「持ってるよ。貸そっか?」

「貸して貸して。えーありがとう、助かるよザク~」

 聴こえてくる会話にヒカルは耳を澄ます。ザク、小鹿はあの子のことをザクと呼んだ。

(ザク……ザク……鈴木ザク? いや、違うな……鈴木ザク……そうだ思い出した! 鈴木すずき柘榴ざくろだ! 鈴木柘榴さんだ!)

 下着姿になったところでヒカルはハッとして背筋を伸ばす。

 鈴木柘榴。今年で16歳になるヒカルに対して彼女は今年で18歳だ。つまり高校3年生。

 同期なので無理して敬語は使わないでいいよなんて皆に言って気さくに笑っていた彼女。そんな風に歩み寄ってくれたというのにヒカルは今の今まで名前を忘れていた。

 すいませんと思いながらヒカルはコンタクトを外しロッカーを閉める。ボタンを押すとロックがかかり、タオルを持って振り向く。

(うわっ、裸の女ばっかだ……)

 目の前に広がる光景にヒカルは思わず息を呑む――当然ヒカル自身もその『裸の女』のひとりなのだがそこは考えないようにする。

(にしてもこうやって見ると皆スタイルがいい……)

 チラチラと、不快にならない程度に同期の身体を盗み見るヒカル。皆細くて足が長くて、スラッとしている。小柄な子は小柄な子で、丸みを帯びたフォルムがなんとも可愛らしい。

 スッと視線を下にやり、自分の身体を見下ろす。

 これといった凹凸のないカラダ。柔らかい感じでもなく、ただ痩せているだけ。くびれもなし。しかもどっちかというと骨太なのでバランスが悪い。

 これがアイドルと名乗っていいものか。自分で自分の身体を見てちょっと引いてしまう。

「よし、じゃあ行こう~」

 ヒカルが密かに落ち込んでいると、小鹿が先陣を切って大浴場へのスライドドアを開けた。皆タオルを持ったり前をちょっと隠したり、逆に堂々と肩にかけてそれぞれのスタイルで歩く。

 いつまでも落ち込んでいるわけにはいかない。ヒカルもタオルを持って最後尾を控えめな歩幅でついていった。

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