髪も身体も洗い、ヒカルは広い湯舟へと入った。
既にもう寛いでいるメンバーから少し離れ、またもや角まで行って落ち着く。
肩まで浸かって目をつぶる。ふーっと息を吐くと力が抜けていく気がした。
(1日で色んなことあったな……ありすぎた……いやほんとに)
はぁーっとため意を吐いてヒカルはさらに深く沈む。
口の中にお湯が入るギリギリで止まり、ふと、目を開ける。
美少女に堂々と顔を覗き込まれていた。
(なになになにっ!?)
突然の接近にヒカルは慌てて身体を起こすが、上手く浮上できずバチャバチャっともがいて体が沈んでしまう。
耳の中に水が入り、あわてて顔を引き上げた。
「わっ、ヒカル大丈夫?」
一連の慌てっぷりを傍観しながら、覗き込んでいた美少女がようやく声をかけてくる。
ヒカルは顔を拭い、右目の辺りを頭に巻いているタオルで隠しながらなんとか体勢を整えた。
「だ、大丈夫です。えっと……」
「
「お、憶えてます。舞鶴さん、ですよね」
コクコクと頷くヒカル。本当は憶えてない。今言ってくれて思い出した。
赤城舞鶴。2期生最年長19歳の彼女は、ヒカルが想像する大学生という感じの女性だ。2期生の中で一番背が高くて、髪が長くて、胸が大きい。物静かで落ち着いた雰囲気でまさしく年上の才女のようだと、自己紹介のときに適当な感想を抱いた憶えがある。
そんな彼女がなぜか今ヒカルの目の前にいて、しかも気の抜けた顔をがっつり見ていた。
「あの、どうしたんですか? 私と話しても特に面白いことはないと思いますけど」
「……ヒカルって今右目怪我してたりする?」
自虐ジョークを普通に無視され、さらに気にしている右目のことを突っ込まれた。
ヒカルはギクッとして口角をヒクつかせ、パチャッとお湯を跳ねさせて距離を取る。
「ど、どうしてですか? 別に何も、ないですけど」
「そうなの? いやなんか、いっつも見られないような立ち回りしてるなぁって思って」
「たち、まわり?」
なんでそんなところを見ているんだ。ヒカルはますます困惑しながらも、斜め右下を向くことでどうにか右目を隠す。
絶対バレたくない。これまでこの目のせいでしなくていい苦労と苦痛を味わってきた。
きっと舞鶴も同じだ。どうせヒカルの右目を受け入れてくれるわけがない。
右目を隠して黙り込むヒカルに対して、舞鶴はジッと見つめてきて――と思ったらヒカルの左側へと移動し、ゆっくりと肩まで浸かった。
「私ね、出身広島なんだ」
突然出身地を申告してくる舞鶴。露骨に話題を変えられたことに申し訳ないという気持ちと助かったという気持ちが同時に浮かび上がる。
「ていっても実際住んでたのは広島市に近いところだから、まぁまぁ賑わってて、でも田舎の感じもあって、なんか変な街だったなぁ……」
懐かしい顔をしながら舞鶴が故郷を語る。気を遣って話を変えてくれたのだからこちらもなにか話さなくては。ヒカルは頭の中で盛り上がりそうな話題を考えるがなにも思い浮かばなかった。
「ヒカルは? 出身どこだっけ?」
きた。ヒカルは生唾を呑み込み頬に流れる汗を手で拭う。
「い、一応東京です」
「え? そうなの? すごい、都会っ子なんだね」
「いえいえいえ、全然。東京といっても都心からはかなり離れているんで田舎者です」
「でも東京でしょ? 電車1本で渋谷とか原宿とか、いけるんじゃないの?」
「それはまぁ……行けるんですけど。行かないですね」
「あー逆に? いつでも行けるから行かなくてもみたいな?」
「まぁ……遠からずって感じです」
答えながらも、結局嘘をついている自分に堪えられなくなり、ヒカルは黙り込んでしまう。
いつでも行けるから行かない。というわけではない。単純に行く理由がないからだ。あんな明るくて賑やかな街を1人で歩けるわけがない。
そもそも、向こうへ行く理由がない。買い物は近場で済ますし、そうじゃなくてもネットで完結するのだから。
それに、一緒に行く友達もいない。ゆえにヒカルは東京生まれ東京育ちながらも、都心には数回程度しか行ってなかった。
「私も東京」
都会に出たことがないので都会のトークができない。これからの話の展開に困っていると、お湯から顔だけを出して寿崎琴子がやってきた。音もなく近づき、ヒカルと舞鶴の前に居座る。
「琴子も東京なんだ。え~2期生って意外と東京出身多いのかな」
「他の人は分からないけど。でも私は東京。新宿生まれ新宿育ち、親が夜職の子とは大体友達」
平坦なトーンで「いぇー」と言って締める琴子。アイドルとしてはギリ使えなさそうな自己紹介だと、ヒカルはお湯に浸かりながら思った。