「それでは、皆様温かい拍手でお迎えください。i─Con2期生の9人です!」
壁向こうから風間の声と拍手が聴こえスタッフがドアを開ける。
先頭にいる赤城舞鶴が躊躇うことなく歩き出す。さらに一二三光音も動き、ヒカルは息を止めてぎこちない足取りでドアの向こうへと踏み出した。
カッとフラッシュを全身に浴びる。既にホールで準備していた記者達が注目し、カメラマンが一斉にヒカル達を写真に収める。
(こんなに人がいっぱい……)
あまりの人の多さに行進が止まってしまう。舞鶴も光音も、もちろんヒカルも驚き、すかさずスタッフが『歩いて』とハンドサインを送ってきた。
皆ハッとして慌てて動き出す。そんなところも映像に収められていて、ヒカルは緊張よりも恥ずかしってたまらなかった。
並びは2列、ヒカルは後列の左から2番目だ。
一番奥に舞鶴が立ってその隣に並ぶ。改めて会場内を見回すと記者やカメラマンからのまなざしを感じた。
(緊張してきたぁ……)
手と手を重ねてお腹の前に。背筋を伸ばして少しだけ顎を引く。昨日教わった待機中のポーズをしながらも、ヒカルは早くも帰りたくなっていた。
「彼女達が総勢12万8,246人の中から選ばれた9人のメンバーです。正式なデビュー前なので今日はフレッシュな私服姿で来てもらいました。皆さんこういうの好きでしょ?」
風間の問いかけに記者達が笑う。和やかな感じで進行しているが、今まさに全国ネットで自分たちの姿が映っていることを考えると、ヒカルは素直に笑えない。
大勢の中から選ばれた。言い換えれば、それ以外の人達は皆落とされたのだ。
自分は12万8,137人の屍の上に立っている。当たり前の事実ではあるものの、一度認識するとおぞましいものがある。
果たして自分に選ばれただけの価値はあるのだろうか。
「じゃあおっさんの話はこれくらいにして、ひとりずつ自己紹介をしてもらいます。しっかり憶えてあげてください」
持っていたマイクの電源を切って、風間が1歩後ろへと下がる。
それを合図に前列右端、柴えるから動き出し、スタンドマイクの前に立つ。
ゆっくりとした動きながらもあまり緊張を感じさせないしなやかさで綺麗なお辞儀をする。
「埼玉県出身14歳、柴えるです。i─Conの2期生として、精一杯頑張ります。よろしくお願いいたします」
モニターにふわりと微笑むえるの姿が映る。無難ながらも隙のない自己紹介にメンバーは安心し、記者はこれといったリアクションは見せず、シャッターを切った。
それから2期生の自己紹介は順調に進み、とうとう、ヒカルの手前、琴子が前へと出ていく。
(次は私の番次は私の番次は私の番……)
頭の中で言葉が巡る。途中でコケたらどうしよう、途中で噛んだらどうしよう――失敗するビジョンばかりが思い浮かぶ。
「東京都出身、寿崎琴子です。えー……16です。なんでもします。このグループに置いてください」
簡潔にそう言ってペコっと頭を下げる琴子。ここにきてあまりにシンプルな自己紹介に記者たちはまばらに拍手をして写真を撮る。
(琴子さんにしては大人しめな……それにこのグループに置いてくださいって、そりゃ合格したんだから置いてもらえるに決まって……ってそれニコ・ロビンの過去の1コマじゃん!)
まさか漫画のセリフでそれも1コマだけ。ヒカルは咄嗟に口を覆って噴き出すのを抑えた。
(こんな大舞台でなんでワンピースの1コマを!? しかもそんなポピュラーじゃないところ! 強心臓が過ぎるだろ!)
キョロキョロと周りを観察するが琴子の自己紹介に笑っている人間はいなかった。当然だ。そもそもそんなに笑える1コマじゃないし、こんなところで新人が言うことじゃない。
完全にスベッたというのに琴子はどこか満足げで、軽やかな足取りで戻ってくる。
こちらへ来るときに彼女と目が合い、なぜかドヤ顔をされた。
(大物すぎる……空気もなんかぐちゃぐちゃになったし……)
ヒカルは内心肩を落としながらも、実際は猫背にならないよう意識しつつ下りていく。
マイクの前に立ち、控えている記者とカメラマンを見て、ゴクッと生唾を呑み込んだ。
「……と、東京都出身15歳、千倉ヒカルです。えっと、まだ正直、合格したことが信じられなくて、あっ、でもあの、i─Conさん、i─Conの2期生として頑張るので、どうか、応援よろしくお願いします」
お願いしますの言葉と同時に勢いよく頭を下げる。ゴッとスタンドマイクが額に当たり、キーンッと高い音が会場に響き渡った。
(やっちゃった! 恥ずかしい! たすけて!)
次いで湧き上がる笑い声。ヒカルは顔を真っ赤にしながらも「す、すみません!」と言ってパタパタと元の立ち位置に戻る。
メンバーにもクスクス笑われ、隣にいた琴子からは「度胸あるね」なんて言われた。
ヒカルのアクシデントの余韻もそこそこに、最後のメンバーである赤城舞鶴が前へ出る。
赤くなった顔をぺちぺちと叩きながら、ヒカルは最後の自己紹介を聞く。
「広島県出身19歳、赤城舞鶴です。2期生の最年長として、頑張っていこうと思います。よろしくお願いします」
ペコっと綺麗なお辞儀をして拍手が起きる。フラッシュが焚かれ舞鶴が立ち位置へと戻る。
これで全員の自己紹介が終わった。風間が再び1歩前に出て、持っていたマイクを構える。
「えー2期生9人の自己紹介、いかがだったでしょうか。続いては――」
ダァンッ――風間のセリフは勢いよくドアが開いた音によって断ち切られた。