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【3-10】明星の襲来

 ヒカル達がいる壇上の正面、閉め切っていた両開きのドアが開けられ、記者達の視線が動く。

「どうも、イベント中失礼いたします」

 ドアの前に立っていたのは1人の女性だった。

 前髪を流したストレートのセミロングは黒髪に近い茶髪で、ライトが当たらずとも艶々と輝いている。小さな顔に大きな目と大きな口。全ての顔パーツが完ぺきに整っているのだが、唯一切れ長の大きな目はギラギラと燃えるように輝いていて眩しいくらいだ。

 身長もそれなりにあるのだが、それ以上に手足の長さが目につく。女性らしい柔らかな曲線を描いた腰とくびれ、病的に細いというわけではなく、健康的な柔らかさを感じながらも、どこか圧を感じるような圧倒的スタイル。

 黒のレザー地のスキニーパンツに同じく黒のクロップドトップスからはへそと鎖骨が丸見えになっている。真っ赤な長袖レザージャケットは彼女の派手な容姿と見事に調和しており、その美貌も相まって今や会場中の視線をわがものとしていた。

(……あの人って)

「東京都出身19歳、四ノ宮しのみや湖鐘こがねです」

 突如乱入してきた美女、四ノ宮湖鐘がたくさんのカメラに向かって自己紹介をする。さっきまでの勝ち気で強気な表情とは違う、ニコッと朗らかな笑顔は温かみを感じる。

「四ノ宮、一体なんのつもりで――」

「会場にいる皆さん。そして、この中継をご覧になっている視聴者の方々は、この2期生を選ぶためのオーディションの、3次審査の内容をご存じですか?」

 風間の追及を左手で制止し、湖鐘が語り始める。

 まるで台本を読むようにスラスラと淀みなく言葉を紡いでいく。

「日本でも有数のI.De.A開発関連企業『東藤リクリエイト』の最新作、試作量産型I.De.A『デルフィニウム』の起動テストも兼ねた3次審査。それは『デルフィニウム』を装着したアンドロイドの攻撃を5分間耐えきるというものでした」

 会場内を軽やかに歩きながら湖鐘が説明をする。

 もはや会場の空気は完全に彼女のものだった。全員が彼女の一挙手一投足に注目していた。

「途中でアクシデントがあったものの、ここにいる9人は見事審査を通過し、その後もi─Conの運営スタッフによる厳正なる審査の結果、彼女たちは今日ここにいます」

 すらすらと説明をして、最後に湖鐘はヒカル達の方へ振り向く。

 ぴくっと右目の瞼が痙攣する。嫌な予感だ。なにか良くないことが起きる気がする。

「しかし、私にはかすかな疑念があります」

 くるっと再び報道陣の方へ戻り、コツコツと足音を鳴らしてヒカル達から離れていく。

「3次審査はBLAST.Sでの適性を調べるため。しかし、調整者志望のメンバーはともかく、BLAST.Sに出場するメンバーはあれで本当に適性を調べることが出来たのでしょうか?」

「2期生の合否に不満があるってことですか?」

 記者の1人が声をあげる。

 湖鐘はすぐに反応し、質問をぶつけてきた記者を見てにこっと笑った。

「2期生の実力はまだまだ未知数ですから、不満もなにもないですよ。ただ、2期生とは今後BLAST.Sで戦うこともあれば、背中を預けて共にステージに立つこともあります。そうなったときに不測の事態があると困るので、把握しておきたい。というだけです」

 湖鐘の返答に記者達がどよめく。しかし彼女はなにも気にすることなくまた歩き出す。

「私が信じられるものは、私が得たものだけですから」

 ドクン、ドクンと、湖鐘の言葉に心臓が高鳴る。

 右目の瞼の痙攣が早くなる。ヒカルは首から提げた『ハートブレイカー』の存在を意識した。

「ということで」

 言葉を区切って、湖鐘がさらに後ろへと下がる。

 会場入り口近くまで歩く。1歩踏み出すたびに、彼女の身体を半透明の膜が覆われていく。

 全身を覆うと、さらにその上から合金製の鎧が胸のコアパーツを中心に生成されていく。腕、胸、腰、背中、足にそれぞれ重なる。

 背中には天使の羽を想起させるスラスラ―。胸には動力源の光り輝くコアパーツ。右手にはブラックとパープルのフランジメイス。左手はなにも持っていないが、右手よりも少し大きなサイズのグローブを装着していた。

 i─Con1期生、四ノ宮湖鐘専用I.De.A『ダイヤモンドライン』だ。彼女のサイリウムカラーの黒と紫のラインが入った合金製の強化外骨格に動力が供給されブゥンッと唸りを上げる。

「四ノ宮! 今すぐやめなさい! I.De.Aまで持ち出して!」

「やだなぁ風間さん。許可はもらってますよ、いつやるかは言わなかったですけど」

 風間の制止に軽口で答える湖鐘。手に持ったメイスをぐるりと回転させるように振り回すと、ブォンッと勢いよく風が吹く。

(これは……まずいかも。だってさっきから視線感じるし。狙われてる気がするし!)

 おそらく湖鐘は3次審査の映像を見たのだ。ヒカルが暴走アンドロイドを倒したあの映像を。ハートブレイカーという、未知なるI.De.Aを見つけた。

 じわじわと会場に緊張感が侵食していく。

 I.De.Aを着た湖鐘が、手持ちの武器であるメイスをヒカル達に突きつける。

「それじゃ、お手並み拝見といこうか」

 メイスの先端部分、銃口のようなその穴が淡く輝き、ピンク色のビームが放たれた。

 音速を越えるエナジービームキャノンはヒカルへとまっすぐに飛来する。

 このままじゃ死ぬ――頭の中に明確な死のビジョンが想起され、一瞬でI.De.Aが起動する。

 意識するよりも速く、ヒカルが右手を突き出すと同時に合金製の鎧が腕を覆った。

「……へぇ」

 自らが放った攻撃の結果に湖鐘は嬉しそうに眉を上げる。

 彼女が放ったビームキャノンはI.De.Aを装着したヒカルの右腕が正面から受け止めたのだ。

 はぁっ、はぁっとヒカルは荒い息を吐く。左手で右腕を掴みながら湖鐘を捉える。

「いいね、そのI.De.A。見たことないタイプだ。なんて名前?」

「……ハートブレイカー、です」

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