『いやぁ、どうだろうね。確かにそれを作ったの私だけど、私はあんまりタッチしていないというか。ただ同じチームではあったし協力もしてたわけだから作ったと言えば作ったんだけど』
自室の壁に投射しているモニターにはヒカルの叔母が映っていた。相変わらずのはせぎすで、不健康そうに見えるが、しっかりと化粧をすると驚くほど美人になる。
オーディションに合格して寮に入った日の夜。ヒカルは母の次に叔母と連絡をとっていた。
「うーん、作ったのは正直誰でもいいんだけど、なんで私がI.De.Aなんて持ってるの叔母さん」
『おばさん?』
「えっと……
一瞬しかめっ面になった叔母だったが、名前で呼び直したことでどうにか表情が戻る。
話すのも久しぶりだったので、すっかり忘れていた。名前で呼ばないと怒る人なのだ。
『まったく、それで、なんだっけ? なんの話だっけ?』
「いやあの、なぜ私がI.De.Aをって。おば……未咲さんってI.De.A開発者だったの?」
『昔少し関わってただけ。今の本業は……まぁ大きく言うとお医者さんかな。医療従事者だよ』
「そうだったんだ……知らなかった」
以前母に聞いたことはあったがそのときはあまりはっきりした答えが貰えなかった。母も知らなかったのか、隠されていたのか。おそらく後者だろう。
『聞かれなかったからね。それで、ヒカルがどうしてI.De.Aを持っているのか、だっけ?』
「うん、しかもなぜかお守り代わりのペンダントとして持たされてたし……」
『ヒカルが幼い頃事故に巻き込まれたことは憶えてる?』
「憶えて……憶えてない。なんの事故だったのかも知らないし」
『……交通事故だよ。姉さんもお義兄さんもなんとか助かったけど、ヒカルだけは別だった。普通の治療ではどうにもならなくて……それで、ヒカルの中にそのI.De.Aを、まだ開発途中だったハートブレイカーを入れた』
「……私の中にI.De.Aが……I.De.Aが!? しかも開発途中!?」
思っていたよりもショッキングな事実にヒカルは思わず叫んで立ち上がる。
サッ、サッ、サッと身体をまさぐる。そんなことをしても意味ないのだが、どうにも自分の身体を確認せずにはいられなかった。
そんなヒカルの慌てっぷりを見て、未咲は椅子の背もたれに身体を預けながらフッと笑う。
『開発途中っていってもほぼほぼ完成してたけどね。後は本当に細かいところでの調整とか』
「そうなの? でも……I.De.Aを身体の中に入れるって、大丈夫なの?」
『大丈夫だから今もピンピンしてるんでしょ。ていうか、I.De.Aなんて大層な名前で呼んでるけどざっくり言えば生体ナノマシンを詰め込んだ塊だからね。今やハートブレイカーの中身はヒカルの身体の隅々まで行き渡ってるよ』
「その……別に疑ってるわけじゃないけど、本当に害はないの?」
『ないよ。それに定期的に病院で検診受けてるでしょ? それでも問題ナシだって結果をもらってるんだから今更でしょ』
それは確かにそうだった。ヒカルは幼い頃から月に一度近くの病院で定期検診を受けているのだが、数値が悪いとか、腫瘍があったとかそういう話は一度も聞いていない。
それどころか、ヒカルは昔から風邪をひいたことがない。熱も滅多に上がらないし、月のアレだってちゃんとくるものの、体調の変化は少し怠くなる程度だ。
だがヒカルはそんな自分の健康体が憎くてたまらなかった。心は疲れているというのに身体が丈夫なせいで無理やりにでも動けてしまう。
学校を休みたくて風邪をひこうとして自分の身体を苛めに苛め抜いたというのに、翌日なんの問題もなく平熱で、一際大きなため息を吐いたことを憶えている。
「……あれ? もしかして私の身体が丈夫なのI.De.Aのせい?」
『I.De.Aのおかげね。それはヒカルの命を救うためのものだから、ありとあらゆるものから守ってくれるってわけ』
そんなものすごいものが自分の中に入っているなんて。ヒカルはチラッと机の上にあるハートブレイカーに視線をやる。
「……あのさ、このペンダントが壊れたり、どっかに忘れちゃったとしても私の体内のI.De.Aが機能停止して私が死ぬってことはないんだよね?」
『もちろん。そのペンダントはあくまでI.De.Aを展開するためだけの端末に過ぎないからね。本体の生体ナノマシンはヒカルの身体の中にあって、脳とリンクして各部位にプログラムを発信してるの。今もね』
「うーん……じゃあ、なんでお母さんは私にこれをいつも持ってるように言ってきたんだろ。だって離れてても問題ないんでしょ?」
心配性な母の顔を思い出し、ヒカルは唇を尖らせる。どうせI.De.Aが怪我を治してくれるというのに、いつも持っている必要なんてなかったというのに。
『心配だったんでしょ。もしものときはそれが必要だし』
「もしものときって、I.De.Aを使うような事態ってこと?」
『そりゃもう。登録者の命の危険を察知すると自動的に起動する。たとえどんな目に遭っても登録者の命を絶対に守る。まぁ起動条件なんてどうとでもできるけど。とにかく、ヒカルもアイドルになったんだからBLAST. Sにも参加するんでしょ? 良かったじゃない。初っ端から専用I.De.Aを持ってるアイドルなんて中々いないよ』
「確かにいないとは思うけど……でもこれって右腕だけじゃん。どやって戦えばいいの? 性能だって大丈夫なの?」
『大丈夫に決まってるでしょ。最新の第五世代I.De.Aにもひけをとらない最強のI.De.Aだよ』
「……でも右腕だけなんだね」
『それにも理由があるの。とにかく、せっかく自分のI.De.Aとして自由に使えるんだから、有効活用しなさいね』
「有効活用って言われても……」
机の上にあるペンダント、いや、今はもうハートブレイカーというI.De.Aを再び眺める。
あんな腕だけのI.De.Aでどうやって戦えというのか。どう考えても一撃喰らって終わりだ。
「……ていうかっ! なんでこんな大事なことお父さんもお母さんも黙ってたの!」
『うーん……あの2人のことは私も分からないけど、ただヒカルが言う通り大事なことだからね。おいそれと簡単には言えなかったんじゃない? なにかあったのかも』
「なにそれ、自分の娘に10年以上隠すなんてことあるの?」
『今度本土に戻ってきたときに聞いてみれば? きっと教えてくれるよ』
「……そうかなぁ」
『大丈夫だよ。そうだ、ハートブレイカーの細かいスペックのデータを送るから、BLAST. Sのときに参考にしなさい。あとプログラムを書き換えるためのパスコードも』
「ありがと。ついでにチュートリアルの動画とカスタマーセンターのURLも送ってください」
『ははは、分かったよ』
なんだか釈然としない。結局分かったのは事故から生き永らえるためにI.De.Aを体内に入れたということだけだ。
なぜこれまで隠していたのかは分からず、モヤモヤだけが胸の中に残った。
「あっ、そうだ。未咲さん」
話もひと段落したところで、ヒカルは大事なことを思い出し、叔母の名前を呼ぶ。
『どうしたのヒカル』
「あのさ、これ使うときってコンタクト外れる? つけらんない?」
『コンタクト? あぁ……そっか。そうだね。大丈夫、つけたままでもいいよ』
「ほんと? 良かったー」
ヒカルはホッと安堵の息を吐く。最初にI.De.Aが起動したときカラコンが吹っ飛んでしまったので、今後はずっとこうなるんじゃないかと危惧していたが、どうやら大丈夫なようだ。
『ああ、そうだヒカル』
聞きたいことも聞けたのでそろそろ切り上げようとしたところで未咲がヒカルの名前を呼ぶ。
ヒカルが顔をあげると、叔母は穏やかな笑顔を見せた。
『ハートブレイカーは必ずヒカルを守ってくれるよ。たとえ自分の『殻』を壊してでもね』
「……どういう意味?」
『