はじまりはひとつの発見だった。
日本の最東端である南鳥島の沖合で新種のレアメタルが発見されたのだ。
リアンジウムと名づけられたそれは、当初日本でしか採掘されず、独自の貴重な資源として現在もとある企業と日本政府が共同で管理している。
その用途は多岐に渡り、多くの材料や構造材として使われているが、なにより注目すべきはエネルギー変換効率の高さと、クリーンエネルギーとしての突出したポテンシャルの高さだ。
それはこれまでのエネルギー問題を根こそぎ置いてけぼりにするほどで、このリアンジウムのおかげで当時先進国から途上国へと転落しつつあった日本をたった1年で世界1位の経済大国へと発展させた。
そして現在、そのリアンジウムが一番使われているというものがI.De.Aだ。
「右腕だけのI.De.Aなんて聞いたことがない。それとも、まだなにか隠してる?」
新東興都市北エリアにあるテレビ局『NTCF』の本社ビル5階パーティーホール。記者とテレビ局スタッフ、そしてi─Conの運営スタッフとそのメンバーがいる名前通りの大部屋で、2人のアイドルが対峙していた。
一人はi─Con1期生のメンバー、四ノ宮湖鐘。専用I.De.A『ダイヤモンドライン』を着て武器を構えている。
もう1人は同じくi─Conのメンバーで2期生の千倉ヒカル。彼女も専用のI.De.A『ハートブレイカー』を着ているのだが、そのI.De.Aは少々――いや、かなり変わった形をしていた。
リアンジウムと金とチタンの合金製で、機械仕掛けの鎧は右腕の前腕部、肘までしかない。
残りは半透明の薄い膜が覆っているだけ。本来なら全身、そうでなくても身体の一部分が覆われていない程度だというのに、ヒカルのI.De.Aは本当に右腕しかないのだ。
「いえ、これだけです。私のI.De.Aは、こういうものなので」
右手を開いたままヒカルが答える。
疑惑の眼差しを向ける湖鐘だったが、ヒカルの返事を聞いて、フッと短く息を吐いて笑った。
「まぁ確かに。全身にはフレキシブルフレーム、それで右腕のそれがインパクトフレームってことか。I.De.Aとしての体裁は保ってはいる」
アイドル専用の鎧と呼ばれたそれは、リアンジウムを動力源とし、チェストコアと呼ばれる中心パーツに莫大な数のナノマシンを内蔵している。
リアンジウムを水素と反応させ、エナジーと呼称される動力へと変換する。ナノマシンのプログラムを動かし、装着者の全身に2枚のフレームを展開する。
最初にフレキシブルフレーム。装着者の身体能力ならびに反射神経を強化し、さらに装着者の身を守るための半透明の膜だ。
次にインパクトフレーム。リアンジウムと金とチタンの合金製の外骨格で、フレキシブルフレームの上から装着する。攻撃、防御、移動など、BLAST.Sでは欠かせない。
「とはいえ、インパクトフレームが右腕だけで、どうやって戦うつもり!」
声を放つと同時に湖鐘が突撃してくる。
背部のスラスターから推進剤が噴射され、目にも止まらぬ速さでヒカルへと近づく。
普段のヒカルだったらそのまま吹き飛ばされて粉々になっていただろう。だがI.De.Aを装着している状態なら、彼女の姿を捉えるのはそう難しくはない。
ましてや、それに合わせて動くことも。
(くるっ!)
I.De.Aが導き出した予測に従い、ヒカルは右手の掌を突き出す。
フィイィイィンと、風を切るような音が鳴る。まっすぐ突っ込んでくる湖鐘に照準を合わせ、ヒカルは掌からエナジービームを放った。
リパルサー・リア――エナジーをプラズマ化させた高出力のビームは亜音速を越えて、突撃してきた湖鐘の身体を貫く。
勢いよく飛んできた湖鐘はそのまま逆方向へと吹き飛び、パーティーホールの壁に激突した。
(やっ、やばっ……やりすぎた……)
会場のどよめきと周りにいる同期の甲高い悲鳴を聴いてヒカルは掌を突き出したまま固まる。
思っていた以上の威力に引いてしまった。以前は相手がアンドロイドだったし、ヒカル自身が極限状態でもあったため気にする暇などなかったが、I.De.Aを着ているとはいえ人間相手に撃つとこうも違うものなのか。
(どうしよう、とりあえず無事かどうか確認しなきゃ)
フレキシブルフレームのバイザー機能を使って、吹き飛ばした湖鐘をスキャンする。
湖鐘のI.De.A『ダイヤモンドライン』のスペックデータと残りの耐久値が表示される。BLAST.Sに於ける勝敗の基準となる値、耐久値は60パーセントを切っていた。
(絶対やり過ぎた。これじゃあ向こうも――)
「あー……なるほどね」
ヒカルが不安になっていると、壁に叩きつけられた湖鐘がそのままの体勢で呟く。
グッと身体を動かすと、バキッ、バキバキッと派手な音が鳴って壁が一部崩れる。
「ダメージを削ってもこの威力か。予想以上だよ。悲しくなってくるね」
言葉の割に湖鐘の表情は愉しげだ。ヒカルの右目の瞼がぴくっと痙攣すると、相手は再び飛び込んできた。
(まだやるの!?)
慌てて掌を突き出すヒカル。もう一度リパルサー・リアを当てるため、照準を合わせ、エナジーを充填し――ボッと、湖鐘が急に斜め上へと上昇した。
「なっ!?」
突如視界の上へ飛んだ湖鐘を目で追って掌を合わせる。
しかしすぐに湖鐘はこちらへと近づきながら急速に曲がった。
繰り返される急加速と方向転換。目まぐるしい早さにヒカルはどうにか照準を合わせようと掌を動かし目で追うが、中々その姿を捉えることができない。
(さっきよりも速いっ!)
斜め上方向に湖鐘の姿を捉える。だが次の瞬間には、ボッという短い噴射音と共にヒカルの目の前まで来ていた。
この距離はまずい。ヒカルは咄嗟に掌を突き出すが、ビームを撃つよりも前に湖鐘が飛び込んでくる。
「場所を変えよっか」
呟きが聴こえてくると共に、ヒカルは自分の身体が一気に動き出すのを感じ取った。
不安そうに事態を静観していた同期の顔が一瞬で遠のく。
パーティーホールの壁を突き破り、さらにその隣の控え室、さらにその隣、さらに――
(どこまで行く気なの!?)
いくつもの部屋の壁を突き破り、ヒカルと湖鐘は『NTCF』の本社ビルから脱出した。
空中へ投げ出されるヒカル。なにかを掴むように右手を伸ばすがそこにはなにもない。
後はただ落ちるだけ。突き飛ばした張本人である四ノ宮湖鐘は、I.De.Aのスラスターから推進剤を噴きながらゆっくりと降下していった。