小鹿達が戦闘の様子を観測する少し前、ヒカルは湖鐘に勢いよく吹き飛ばされ、今にも空中庭園へと落ちようとしていた。
全身にまとう半透明の鎧、フレキシブルフレームのおかげで壁に激突したときのダメージはほとんどないものの、5階から落ちるのではわけが違う。
(やばいやばいやばいっ! 落っこちる! 誰か! 誰かどうにかして! 誰か――)
「――ハートブレイカー!」
頭の中ではじけた言葉を叫んで手を伸ばす。右腕に装着されていたインパクトフレームがひとりでに外れた。
落ちていく自分の身体に反して、ハートブレイカーは小型のスラスターから推進剤代わりのエナジーを噴射しながら空を飛ぶ――と思ったらすぐに方向転換をして宙へ伸ばしたヒカルの手を掴んだ。
機械仕掛けの鎧の手を掴むヒカル。スラスターからエナジーが噴射され、掌の小型のエナジーコアが青白く光り輝く。
落下の勢いを殺しながらヒカルはどうにか空中庭園に着地する。
ハートブレイカーが手を離し、ヒカルの右腕へと戻ってきた。
「なるほど遠隔操作か。そういう使い方もできるんだね」
体勢を整えたところで、前にいる湖鐘が愉しそうに言う。
「思ったよりも楽しめそうだよ。千倉ヒカル」
素早く右手を突き出すヒカルに対して、再び突撃してくる湖鐘。
ヒカルは改めて照準を合わせ、リパルサー・リアを放つが、その一発も突然の加速によって躱されてしまう。
(まただ。なんであんな急に)
グッと目を凝らして動きを見極める。バイザーのシステムが捉えたのは湖鐘が右手に持ったカスタムウェポンのメイスだった。
今一度リパルサー・リアを撃つ。同時に、湖鐘のメイスの先端から小さな爆発が起きる。
(まさか撃った時の反動を利用して!?)
急速に接近してくる湖鐘。先ほどと同じようにヒカルの目の前まできて――と思ったらさらに後ろへと回り込んできた。
エナジーキャノンを内蔵したメイスの特殊な放射による反動を利用した急加速の移動法は、四ノ宮湖鐘の超速度の戦闘スタイルを象徴する重要なファクターだ。
たとえその仕組みを知っていたとしても、モニター越しに見るのと、目の前で体感するのとではわけが違う。ある意味で捨て身とも言えるそのスタイルはすぐに対応できるものではない。
ましてや、つい最近BLAST.Sを体験した少女では、追いつこうとするだけで精一杯だろう。
「こっちだよ」
後ろへ回ったと思ったら右側から声が聴こえてくる。
慌てて振り向いて右手を突き出すが、メイスで振り払われ、右腕を弾かれてしまう。
「いったっ!」
フレームのおかげで怪我にはならない。だが痛みも衝撃も打ち消すことはできない。
バチンッと弾かれた右手。体勢を崩した隙を見て湖鐘はさらに攻撃を仕掛けてくる。
右わき腹への一撃。メイスが思いっきり食い込み、呼吸が塞がれてしまう。
「I.De.Aをつけてるわりには反応が悪いね」
囁くと同時に衝撃が伝播する。ヒカルの身体は宙に浮き、勢いよく吹っ飛んだ。
空中庭園の固い床に背中から落ちて、ガハッとヒカルは息を吐き出す。
BLAST.Sを盛り上げるためにあえて伝わる『調整』された痛みと衝撃はヒカルの心を容赦なく削り取っていく。
(このままじゃやられるっ)
ヒカルは仰向けに倒れたままの状態で右手を突き出し、前方向へとリパルサー・リアを放った。
反動を無視したエナジービームショットはヒカルの身体を無理やり動かし、攻撃と同時に湖鐘から距離を取る。
けん制として撃ったエナジービームショットは追撃をしようとした湖鐘の足を止めた。
時間を稼げた。距離も取れた。あとは相手を倒す一撃を放つのみ。
倒したいというヒカルの想いが脳波となり、I.De.Aがコマンドを実行する。
リパルサー・リア:メガランチャー。ハートブレイカーに内蔵されたエナジービームの中でも一番高出力なビーム砲は準備の時間が必要なほど強力な一撃だ。
手の甲から見える青白いエナジーコアが輝き始める。余裕そうな湖鐘に向かい、ヒカルは立ち上がってグッと右腕を隠すように振りかぶって──