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【4-7】I.De.Aのからくり

「あった、多分これだ。ここのプログラムを書き換えて……」

 テーブルに投射した仮想キーボードを叩きながら小鹿が呟く。

 近くには小鹿の手帳型スマートデバイスと、ヒカルのハートブレイカーが置かれている。

 早めに触りたかったのと元々小食なのも相まって小鹿はメンバーの中で誰よりも早く食事を終えた。そして今ヒカルのハートブレイカーにスマートデバイスのシステムを接続し中を弄っているのだ。

 他のメンバーも既に食事は終わっている。今や食べているのはヒカルだけだった。

「他人のI.De.Aの改造なんてできるの?」

 小鹿がキーボートを打鍵するところを眺めながら対面に座っている萌が訊ねる。

「できるよ、さっきヒカルにプログラムを書き換えるためのパスコードも教えてもらったし。ていっても、書き換えられるのは一部みたいだけど……」

 萌からの質問に答えながら小鹿は作業を進めていく。

「よし、できた。今までハートブレイカーの発動条件はヒカルの生命活動における危機的状況とヒカル本人の意志によって発動するようになってたけど、今後は自由に使えるようになったから。具体的にはヒカルの脳波に反応してオンオフができる」

 スラスラと説明して小鹿がハートブレイカーを渡してくる。

 ヒカルは食事を進めながら「あっ、どうも」と言って受け取り、すぐ「え?」と声をあげた。

「あの、今脳波に反応してみたいな言葉が聞こえたんですけど、ほ、本当なんですか?」

「本当だよ。ヒカルの体内にはハートブレイカーのナノマシンがあるから、脳内で起動しろーって思えば起動するわけ」

「……ま、まじですか。脳波を?」

「そんなことできるの?」

「脳波って、あの脳波?」

「サイキックパワーってこと?」

 ヒカルに続いて他のメンバーも立て続けに同じことを聞く。最後に琴子がやたら低い声で「しかも脳波コントロールできる」なんて言って空気の流れが止まる。皆が疑問符を浮かべる中ヒカルだけは目を丸くしながらも(鉄仮面だ……)と心の中で呟く。

 琴子の発言はともかく、何人かが驚きの表情をしていることに小鹿はキョトンとしながらも、少し呆れたような顔を見せ、スマートデバイスを閉じた。

「え? なに? もしかして皆I.De.Aがどうやって動いてるのか知らないの?」

 小鹿の発言に何人かのメンバーが顔を見合わせる。ヒカルも琴子や萌の顔を見ながらも鶏のから揚げを一個口に放り込み、もぐもぐしながら首を縦に振る。

「普通の人は知らないんじゃない? 調べなきゃ分かんないし」

「わたしも基本的なことしか知らなくて、細かいことはちょっと憶えてなくて……」

 返事をしたのは舞鶴とえるだ。ただ2人の口調はある程度知っているような調子でもあった。

 それ以外のメンバー、ヒカルと萌と琴子と柘榴と晴嵐と光音は全く分かっていないようで、首を傾げたりキュッと口を引き結ぶだけだった。

 同期の半分以上が理解していない。小鹿はガクッと項垂れて難しい顔をしたまま顔をあげる。

「I.De.Aっていうのは生体ナノマシンの塊なの。それでナノマシンっていうのはあくまでプログラムを搭載した機械だから、動かすには動力とスイッチがいる。動力は分かる? I.De.Aを動かすエナジーのことね」

「はい、リアンジウムですよね?」

 突如発生した初心者のためのI.De.A講座。最初の問題に答えたのは最年少の晴嵐だ。

「そう、主にここ、新東興都市で採掘されるレアメタル。それをエナジーに変換してナノマシンの動力としている。じゃあ次はスイッチ。プログラムを起動させるための条件」

 小難しい語りにヒカルは頭を悩ませる。ヒカル自身、勉強ばっかりやってきたのでそれほど馬鹿じゃない自負はあるが、今はそれよりもサイコロステーキを食べるのに夢中だった。

「……じゃあ、ここにあるグラス、どうやって取る?」

 一向に答えが出ないことにしびれを切らしたのか、小鹿がヒントを出す。

 先ほどまで自分が飲んでいたグラスを萌の前に置いた。

 あまりにも簡単な問いかけだ。いや、問いかけとすら言えないだろう。

 萌も質問にどんな意図があるのか勘繰りながら、組んでいた腕を解いてグラスを手に取った。

「普通に取る。手を伸ばしてグラスを掴んで」

「その動きは無意識にやった? バカバカしいと思うけど、分解すると、グラスが遠くにあるから手を伸ばして掴んで力を込めてって、意識してやったでしょ?」

「いや……別に意識してやったわけじゃ……まぁそう言われるとそうだけど」

「そうだよね? そのとき、手を動かして、力を込めてって、全部の動作に脳波が生じてるの。I.De.Aをどうやって操作してるのか。それはどうやって身体を動かしてるのかを考えるのと同じことなんだよ」

「……どういうこと?」

 萌が眉をひそめて小首を傾げる。

 ガクッと小鹿が再び肩を落とし、萌は隣にいる琴子へ「分かった?」なんて訊く。

「分からん、どゆこと?」

「いや、だからね琴子、脳波っていうのは」

「……あの、信号のことですか?」

「そう! 分かってるじゃんヒカル!」

 バンッとテーブルを叩いて立ち上がる小鹿。ヒカルはビクッとしながらもボロネーゼのパスタをくるくる巻き取って口に入れた。

「信号? なんで信号が出てくるの?」

 萌は未だ理解が進んでいないようで眉間にしわを寄せながら訊ねる。小鹿はふうっと息を吐いて「つまりね」と説明を再開する。

「脳波っていうのはざっくり言うと、脳から発する電気信号を波形で表したものなの。遠くのものを見る。腕を動かす、足を動かす、跳ぶ、転がる。身体の動きっていうのは全部脳が管理してて脳から発する電気信号で動いてるわけ。I.De.Aも同じ、体内にある生体ナノマシンは装着者とニューロリンクを形成し、脳波に反応してプログラムを実行するわけ。だからえっと……そもそもなんの話なんだっけ……」

「ヒカルちゃんの体内にはそもそもハートブレイカーが入ってるから、それを起動させるのに脳波を使うのはそんな特別なことじゃないんだよってことじゃないかな?」

「そう、えるそういうこと。そういうことなの……」

 全ての説明が終わり、小鹿があーっと声をあげて天井を仰ぐ。

 当の本人であるヒカルはもちろん、柘榴と晴嵐も理解できたようで感心した顔で何度も頷く。

 琴子と萌、そして先ほどからずっと黙っている光音はイマイチしっかり理解できていないのか、難しい顔で首をかしげていた。

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