ヒカルの体内にハートブレイカーがある事情については食事中に話している。ハートブレイカーの存在はともかく、死にかけた過去については皆同情してくれた。
尤も、ヒカル自身はどうして死にかけたのか記憶はないのだが。
「ていうかヒカル、さっきから食べ過ぎじゃない? 大丈夫?」
自身の体内にあるI.De.Aのからくりについて考えていると、不意に舞鶴が指摘してきた。
これまでずっと冷静で穏やか表情しか見せていなかった彼女にしては珍しく動揺している。というより引いている。
「確かに、結構食べてるよね。大丈夫なの? ヒカルちゃん」
お腹壊さないの、と付け加えてえるが覗き込んでくる。他のメンバーも改めて指摘されたヒカルの食べっぷりに引いているようで、疑惑の視線をぶつけてきた。
(やばっ、正気を疑われてる……)
ヒカルは気まずい思いをしながらもごくんっとパスタを呑み込み、近くにあるお茶を飲む。さらに先ほど取った鳥の唐揚げをもう1個フォークで刺して口に運ぶ。
視線をウロウロさせながらも、もぐもぐと何度か咀嚼して、また呑み込んだ。
「あ、あの。私昔っからたくさん食べる子供で、お腹も緊張とかで痛くなることはあるんですけど、食べ過ぎではなったことなくて」
「でもそんな食べてら太るんじゃない?」
神妙な声で訊いてきたのは柘榴だ。ずいっと身を乗り出してヒカルのお腹を観察してくる。
「あの、それも、その、全然自慢とかじゃないんですけど、食べても不思議なほど太らないというか、なんというか……」
口をもごもごさせながら弁明するヒカル。思えば子供の頃からそうだった。食べても食べてもお腹いっぱいにならなくて、夜中にご飯を勝手に作って食べていたこともあるくらいだ。
「この量食べても太らないの? ほんとに?」
対面にいる琴子が頬杖をつきながら覗き込んでくる。口の端を指でトントンと叩き、「付いてるよ」と教えてくれた。
ヒカルは言われた通り口の端をサッと拭い、ご飯粒を口の中に入れる。
「はい……まぁ。こんなに食べたのは正直久しぶりなんですけど」
「ふーん、これから大変じゃない?」
「はい、まさにそうで……本当に食費が嵩むからこれから大変だなぁって。体質だからどうしようもないとおもうんですけど」
「I.De.Aのせいじゃない?」
会話に割り込んできたのは小鹿だった。なんだか意味深い言葉に皆が小鹿に注目する。
「あの、小鹿さん。I.De.Aのせいっていうのは、どういうことなんですか?」
「えーっと、さっきハートブレイカーのデータを諸々見せてもらったんだけど、これってバイオエナジーで動かしてるみたいなんだよね。もちろんリアンジウムも使えるみたいだけど」
「あのーバイオエナジーというのは……?」
聞きなれない単語にヒカルは素直に首をかしげる。
他のメンバーも同様で、小鹿の説明を待つ。
「正確にはバイオマス変換システムってとこかな。バイオ燃料をI.De.Aの動力へと変換するシステム」
「……なるほど?」
「ヒカル分かるの?」
「全然分かんないです」
全然分からなかった。バイオ燃料とかバイオマスとかなんかゲームで聞いたことがある単語だったが、実際どういう意味なのか、少しも理解していない。
「バイオ燃料っていうのは……簡単に言うと生物とか植物が持つ有機エネルギーのこと。それを加工してエタノールにしたり、ディーゼルエンジンの燃料にしたり、ガスにしたり、つまりエネルギー源として使えるの。で、ハートブレイカーはそのありとあらゆるバイオ燃料を自分の動力に変換するシステムを搭載してる」
「えっと、つまり……」
「ヒカルが今食べてるものが体内で分解されて、バイオ燃料へと変換される。ヒカル自身のエネルギーになると同時に、I.De.Aの燃料にもなってるわけ」
「ああ、だからヒカルちゃんは食べても食べても太らないんだね」
ヒカルよりも先に理解を示したのはえるだった。小鹿も「そういうこと」と返す。
しかしヒカルの方はいきなり自分の体の仕組みを説明されてもわけが分からず、とりあえず残っていたハンバーグを放り込む。
「ハートブレイカーはヒカルの体内にあるんでしょ? 稼働させるためには当然動力がいる。そこで、食事とかで得られるエネルギーをI.De.Aが分配してるんだよ。詳しいことは製作者にしか分かんないと思うけど、データを見る限りだと、体内にあるナノマシンが取り込んだエネルギーを吸収して分配するプログラムがあるみたい」
「……えっと、あれ? じゃあ私はI.De.Aの分までご飯を食べてるってことですか?」
「そうだね、いざという時に動力不足で動けませんでしたじゃ困るからね。多分倒れたのはこれまで貯蓄してた内蔵エナジーを使ったからじゃないのかな」
「あの……その理屈で言うと私がI.De.Aを使うたびに空腹でぶっ倒れそうなんですけど」
装着者を生かすためのI.De.Aが動力を求めて装着者のパワーを奪おうとするなんて。あまりにも致命的な欠陥だ。
「うーんまぁそのまま使うとそうかもね。だからシステムを書き換えてリアンジウムを優先的に使用するような設定にしなきゃ」
「そ、そんなこと出来るんですか?」
「そりゃできるよ。プログラムを追加すればいいだけだし。良かったらやろっか?」
「お、お願いします」
ずいっとハートブレイカーを差し出すヒカル。小鹿はなんてことない顔でそれを受け取った。