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【4-9】3人の会合

 食堂を出た四ノ宮湖鐘はついてきた美夜を適当にあしらい、寮の湾曲した廊下を歩いていた。

 目的地は角部屋。足元しか光っていない薄暗い廊下をなんの迷いもなく突き進んでいく。

 角を曲がった奥の部屋。彼女のラボ兼私室だ。

 湖鐘がドアの前に立つと赤外線のスキャナーが起動する。立っているとすぐにドアが開いた。

東藤とうどう、起きてる?」

 部屋に入るなり湖鐘は彼女の名前を呼ぶ。

咲良さくらなら寝てるよ」

 湖鐘に返事をしたのは部屋の主ではなく、先に部屋へ来ていた白金真咲だった。彼女の細い指にはコンビニのビニール袋が提げられている。

「なんだ、寝てたんだ。いつから?」

「私が入ってきたときはもうこの状態だった」

 くいっと真咲が顎で指し示す。

 壁一面に取り付けられた電子機器の数々、ワークステーションと三面モニターの前で、深緑色の髪の少女が丸まって寝ていた。

 薄暗い部屋でクーラーをかけながら穏やかに眠っている少女。端から見ればそれほど変な光景ではないが、彼女の仕事仲間である湖鐘と真咲にとっては少し変わった光景だ。

「東藤がこんな時間に寝てるなんて珍しい。なんかあったの?」

「さぁ……たぶんなにかに熱中してて、いきなりバッテリーが切れたんじゃない?」

「まぁそんなとこか。それ、貸して」

 湖鐘が真咲へ手を差し出す。真咲は特に躊躇することなくコンビニのチキンを袋ごと手渡す。

 湖鐘も自分が買った分のチキンをビニール袋から取りだし、まとめて少女の寝顔の前に置く。

 1秒、2秒、3秒──湖鐘と真咲が見ているなかで深緑色の髪の少女が半ば飛び上がるように起き上がった。

 大きな目をぱっちり開けて、とりあえず近くに置いてあるチキンの紙袋を手に取る。

 ふんふんと匂いを嗅ぎ、乱暴に袋を破いてチキンにかぶりつく。

「咲良、おはよ」

 真咲が柔らかい声色で少女へと話しかける。

 少女はチキンに噛みついたまま立ち上がり、湖鐘と真咲の方を向いた。

「ん? ああ、真咲ちゃんと湖鐘ちゃん。どうしたの二人とも」

 少年のような軽やかな声。i─Conの1期生である東藤とうどう咲良さくらは、突然の来客にも関わらずいつものクールな態度で2人を出迎えた。

 深緑色の髪は長く、床にまで垂れている。幼い顔立ちと146センチという低い身長は12歳という年齢を考慮しても幼く見える。

「今日、例のI.De.Aと接触した」

 湖鐘からの言葉に咲良はプッと吹き出す。新しいチキンの包装紙を破りながら、お手製の椅子に座り、クルっと回って湖鐘達の方を向く。

「聞いたよ湖鐘ちゃん。新しい子を襲ったんだって」

「襲ったわけじゃないよ。試しただけ」

「結果的に襲ったんだと思うけどね。みよみよカンカンだったらしいね。くぁ~ボクも見たかったなぁ。みよみよに怒られてる湖鐘ちゃん。動画撮っておいてもらえばよかったなぁ。ね、ね、それで? どうだった? あのI.De.Aは。ハートブレイカー。オーディションでボクお手製のアンドロイドをぶっ壊したあの子」

「どうだったもなにも……大したことなかったよ」

『先ほどの戦闘データをアップロードします』

 湖鐘が返事をすると共にアナスターシャの音声が聴こえ、咲良のワークステーションにデータがアップロードされていく。

 作業を終えるとモニターに湖鐘とヒカルがI.De.Aを展開して戦っている映像が表示された。

「大したことなかったって、ほんとに?」

「少なくとも私はね。あんなI.De.Aは見たことなかったし、エナジービームだって、かなりのものだったけど。まぁそれだけだね」

「……とりあえず見せてよ」

 咲良が椅子を回転させてモニターに向かう。動画の再生が開始され、映像が流れていく。

 ヒカルのI.De.Aからビーム兵器であるリパルサー・リアが放たれた。椅子に乗ったまま上体を横に傾けて咲良が映像を凝視する。

 集中モードに入ったことが分かり、湖鐘と真咲はひとまず映像が終わるまで待つことにした。

 経済特区である新東興都市には様々な企業が出資している。東藤咲良の実家でもある巨大複合企業『東藤グループ』はその筆頭で、さらに彼女はグループ内のI.De.A開発関連企業『東藤リクリエイト』のメンバーとしてアイドル活動の傍らで、I.De.Aの研究と開発を日々行っている。

 1期生が使っているI.De.Aはすべて専用として製作された極めて高性能のもので、それらをすべてこの齢12歳の少女が作ったというのだ。

 そして、ついこの間行われた2期生の3次審査でも、あの暴走したアンドロイドを製作したのはこの東藤咲良だった。

「……ここ、みよみよが止めに入る寸前のところ」

 ひとまず映像を全部見終えたところで、咲良が映像を巻き戻す。

 ヒカルが構えているところで止めて映像の一部を拡大する。

「これ……なにか撃とうとしてたの?」

 モニターを凝視しながら真咲が訊ねる。咲良は「んー」と返事をしながら端末を操作し、ハートブレイカーのデータを表示した、

「この子が攻撃準備に入ったんだよね。掌のエナジー反応が増大して……ここっ、右手のエナジーコアがいつもより光ってるでしょ。エナジーの質量から砲撃の予測値を割り出して……」

 カタカタと目まぐるしい早さで咲良がキーボードを打鍵する。

 瞬時にプログラムが起動し、もしあのときヒカルがメガランチャーを放っていたら――その再現映像が映し出される。

 ヒカルの右手から放たれる強力なビーム攻撃。直撃した湖鐘のI.De.Aは完膚なきまでに破壊され、湖鐘自身は呑み込まれ、本社ビルは壊滅状態だ。再現映像とはいえ自分がやられる姿を見るのは些か衝撃的だった。

「こうなる。あのときみよみよが止めなかったら、多分湖鐘ちゃんやられてたよ」

 咲良の話を聞きながら湖鐘はもう一度今の映像を再生する。

 あまりにも強力な攻撃だ。あんなものこの距離じゃ回避することすら難しいだろう。

「……いいね。今年は面白くなりそうだ」

 湖鐘は震えている手をグッと握りしめ笑みをこぼした。

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