「めちゃくちゃインチキじゃん!」
寮の談話室で鈴木柘榴が画面に向かって叫ぶ。
1人用のソファに座っていた雨野小鹿はあんぐりと口を開けて驚いている同期を座ったまま見上げサイドテーブルに肘をついた。
「別にインチキではないよ。れっきとした技術だし」
フォローをするわけではないがちゃんとした事実を伝えてあげなければ心証が悪いだろう。今も画面の向こうで戦っている同期を案じながら小鹿は呆れたように言う。
今日は2人とも仕事は休みだ。同期のBLAST.Sの応援という名の観戦と、小鹿としてはヒカルのハートブレイカーが実際どれほどのものなのかを確認するためでもある。
「いやーだってあんなのどうしようもなくない? 実弾もビームもって無敵じゃん」
柘榴が驚き顔を維持したまま小鹿へ詰めてくる。
琴子が持つI.De.A――というより2期生全員に配布された『デルフィニウム』は決まった戦闘スタイルというものが存在しない。
デルフィニウムのエナジー総量、要するに武器のコストだ。そのコスト内に収まるよう武器のプリセットを組み、自分なりの戦闘スタイルを確立できる。
琴子が選んだのは2丁の対I.De.A用のライフルだった。リアンジウム合金で形成されたライフルは近中距離での運用がメインで、2丁を縦に連結することでエナジービームを放つことができる。おそらくこれが琴子にとっての切り札だったのだろう。
だがヒカルのハートブレイカーによるエナジービームフィールドはそれを呆気なく防いだ。
切り札を防がれたのだ。柘榴がインチキだというのも分からなくはない。だがしかし――
「無敵じゃないよ。あれを発動してる間ヒカルは攻撃できないし、今のところ前面にしか展開できないから回り込まれたら対処しきれない」
「いやぁ……それはそうかもしれないけど。でもあんなの見たことないよ。ビームフィールドって、やりすぎじゃない?」
「……それは、まぁ」
歯切れの悪い返事をする小鹿。やりすぎかどうかで言えば明らかにやりすぎだ。そしてそれはなにもビームフィールドだけの話ではない。
調整者志望である小鹿から見ればそもそもハートブレイカーというI.De.Aそのものがやりすぎなのだ。過剰と言っても過言ではないだろう。
BLAST.Sにおいてビーム系の武器はあまり使われない。その理由は様々だがなによりはっきりとしているのは
あくまでBLAST.Sはエンターテインメントだ。人々を楽しませるためにあり、手に汗握る展開に対してビームは相性が悪い。
演出としては派手ではあるもののその威力はすさまじく、たった一発で勝敗を決することさえある。ダラダラとながったるい展開は飽きられるが、一瞬で終わる展開は不満が噴出する。
ゆえにビームを使うI.De.Aはあまり存在しない。無論コストパフォーマンスだったり、技術的に難しい側面もあるが、それ以上にできるけどあえて搭載しない調整者もいるくらいだ。
だというのにハートブレイカーは今のところビームによる攻撃しかしていない。
さっきから何発も撃っているエナジービームショットだって、当たれば並みのI.De.Aならあっという間に耐久値がなくなっているだろう。
(幼い頃事故に遭って、救命のためにとりつけられたって話してたけど……本当にそうなの?)
モニターを見ながらも、小鹿の頭の中は疑念でいっぱいだった。
オーバースペックなI.De.Aと事故の記憶がない少女。製作者は分からず、権限を一部譲渡された小鹿でもまだ全容を把握しきれていない。
「ヒカルって何者なんだろうね」
データ収集をしながらBLAST.Sを観戦していると、柘榴が誰に言うわけでもなく呟いた。
「3次審査で暴走したアンドロイドをひとりで倒したのってヒカルなんでしょ。妙なI.De.A持ってるし、それを言ったりしないどころかずっと隠してるし。自分のこともあんまり話さないし」
クッションを抱きながら柘榴が不服そうに唇を尖らせる。
小鹿は自分のスマートデバイスでデータ収集を続けつつ、スッと目を伏せた。
「なんか常に怯えてるような感じするよね」
「うん、なんかこう、一歩踏み込んでもすかさず一歩後ろに下がるし。もう知り合ってから1ヶ月以上経つけど全然距離縮まってなくない?」
「縮めたくないのか、そもそも縮め方が分からないのか……どうなんだろうね」
「ああいうタイプの子とつるんだことないからわかんねぇ~」
クッションを抱いたまま天井に向かって声を伸ばす柘榴。小鹿自身、一緒に活動していく以上仲良くすべきとは思うが、それが通じない、相容れない人もいる。
ヒカルが本当にそういう人なのか分からないが対人関係でのあの怯え方を見るに、過去に何か受け入れ難いことがあったのだろう。