このままじゃ勝てない――身体のすぐ横を掠めたエナジービームにビビりながらヒカルは推進剤代わりのエナジーを噴射して後ろへと下がった。
(考えろ。攻撃パターンを分析して戦い方を組み立てなきゃ)
ステージに設置された防壁に隠れてヒカルは自身を鼓舞する。
デルフィニウムは装備できる武器がそれぞれ違う。琴子が使っているのは2丁の対I.De.A用ライフル、絶えることのない攻撃にヒカルは中々近づけずにいた。
(見てから避けるんじゃ遅い……それに琴子さんの想定を裏切る動きをしなきゃ……)
チラリと物陰から顔を出し、琴子の位置を確認する。
防壁をひとつ挟んだ向こう側に相手がいる。ヒカルは顔を上げ意を決して飛び出す。
一気に琴子へと近づく。視界に映った瞬間彼女がライフルを構える。
攻撃が来る。ヒカルは突き進みながらも今一度左方向へエナジーを放出した。
ギリギリまで重心を動かさない急激な方向転換にヒカルの体が軋む。フレキシブルフレームが衝撃を緩和してくれるとはいえ突然の変化に体が悲鳴を上げる
だが琴子が放った攻撃は避けることはできた。ライフル弾はかつてヒカルの後ろの壁に食い込む。
(まだくるっ)
ライフルの銃口がきらめく。ロックオンを知らせる警告音が鳴った瞬間、ヒカルはもう一度、前へ跳び込んだ。
体が浮いて空中へ勢いよく飛び出す。これまでずっと前後左右の動きで揺さぶりをかけて避けていたので、すぐに上へと対応できなかったのだろう。琴子の認識が一瞬だけ遅れる。
その間にヒカルは再び頭上を通り抜け、観客席の壁を蹴って即座に琴子の懐へと飛び込む。
ヒカルのトリッキーな動きに慌てて対応する琴子だったがその動きは既にワンテンポ以上遅れていた。すぐ近くまで迫るヒカルに対して迎撃を撃つがまた飛び跳ねて回避する。
(ここで決めるっ)
ヒカルが掌をかざす。エナジーを収束しようとしたところで琴子がスカート部分のインパクトフレームからなにかを投げてきた。
(なに? なんか……板?)
琴子が投げたのはハニカム構造の六角形のパネルだった。
なぜこのタイミングでこんなことを。掌を突き出すヒカルに対して、琴子は無表情のままライフルを連結させ、パネル越しに狙いをつけてくる。
ピクリと右目の瞼が痙攣する。咄嗟にヤバいと判断したヒカルはそのままエナジービームフィールドを展開した。
琴子が引き金を引く。エナジビームはパネルを通過し、構成する穴を融解させながらビームが広範囲に拡散する。
(こんなの、トレーニングのとき使わなかったじゃん!)
正面でどうにかガードをしながらヒカルが悪態を吐く。まさかこんな奥の手を持っていたなんて、想定外だった。
だがまだ負けてない。次弾が発射される前にヒカルはエナジーを噴射し一気に琴子へ近づく。
(この距離ならこっちの方が速い!)
もう一度エナジービームが発射される前に、ヒカルは連結したライフルを掴み、リパルサー・リアを発射する。
すると琴子は咄嗟に連結を解除し、残った1丁のライフルで撃つのではなく、銃身で直接殴りかかってきた。
(させるかっ)
咄嗟に右腕を立てて銃身にぶつけ、攻撃をガードする。鈍い痛みに堪えながら手を開き、そのままリパルサー・リアを発射する。
至近距離で発射されたビームはデルフィニウムのチェストコアに直撃し、彼女が後方へと倒れる。驚いた顔で地面に落ちていく琴子へヒカルは咄嗟に手を伸ばし、彼女の細い腰を掴む。
地面へ倒れる寸前で琴子を助ける。目が合った瞬間、甲高い電子音がステージ上に鳴り響く。
試合終了を告げる合図だ。ヒカルがゆっくりと顔を上げ両者のステータスが記されているボードに目をやると、デルフィニウムの耐久値がゼロになっていた。
「……勝った?」
琴子を持ったままヒカルが呟く。自分でもなにが起きたか分からなくて、口を開けたままボードと琴子を交互に見る。
パチパチと拍手が会場に鳴り響く。ゆっくりと琴子と一緒に立ち上がると競技場のモニターに勝者である千倉ヒカルの名前が記された。さらにまたまばらに拍手が響く。
キョロキョロと辺りを見回す。拍手が遠くに聴こえるのは、ヒカルの耳がおかしくなったのか、そもそも観客が少ないのか。おそらく後者だろう。入場した時よりも人が少ないように思える。
カメラが搭載された中継ドローンが1機こちらへ近づいてくる。赤いランプに向かってヒカルはどうにか微笑みを浮かべると、ドローンはすぐに観客席へと戻っていった。
「おめでとう、ヒカル」
ドローンを目で追っていると、琴子が話しかけてきた。腰を抱いているのだから当たり前なのだが思ったよりも近くてヒカルはドキッとする。
いつも通りの淡々とした表情。対戦する前と変わらない綺麗な顔にヒカルは思わず目を逸らし、「あ、ありがとうございます」とぎこちなく言葉を返す。
「これで勝ち星ひとつだね」
「は、はい……なんとか」
「やっぱりヒカルは強かったね。勝てなかった」
「そんなことは……I.De.Aの性能のおかげです」
「そうかな、そんなことないと思うけど。それで、私はいつまでヒカルに捕まってればいい?」
「え? 捕まってって……あ、あぁ! ごめんなさいっ!」
琴子の腰から慌てて手を離し、ザザザッと距離をとる。公衆の面前でなんて恥ずかしいことを。赤くなった顔を手で覆い隠し、ヒカルはどうにかして琴子を見る。
普段はポーカーフェイスの寿崎琴子がなんだかいじらしい表情で目線を外していた。美少女が恥ずかしがっている姿はかなり美味しいが、その原因が自分となると話は別だ。どうしようと思いながらヒカルは琴子がなにか言ってくれるのを待つ。
(それとも、こっちからなにか言った方がいいの?)
琴子が左手で右ひじに触れながらこちらを見てくる。端正な顔立ちはほんのりと薄ピンク色で、その可愛らしさにヒカルはワナワナと口を震わせる。
「ねぇ、ヒカル……」
琴子がいつもより吐息多めでヒカルの名前を呼ぶ。ヒカルは彼女と目を合わせたり逸らしたりしながら、「な、なんでしょうか」とどうにか口を開いた。
「私達のBLAST.S、観客少なすぎじゃない?」
「それは私も思いました」