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【6-4】世界の中心

「一緒にって、私とですか?」

「なに言ってんの。ほら早くいこ」

 まだ一緒に食べるとは言ってないのに萌は温めた料理を電子レンジから取り出す。

 ヒカルと同じようにニットの袖を伸ばして掴み、食堂へと歩いていく。

 これは避けられそうにない。ヒカルは心の中でため息を吐き同じく食堂へと向かう。

 萌が座っている席の斜め向かいに座る。パッと前を向くと彼女と目が合い、ヒカルは軽く会釈をして「いただきます」と呟いた。

「いただきます」

 2人で挨拶をして食事を始める。

 空調の稼働音だけが鳴る静かな食堂で、2人は無言で食事を進めていく。

(……なに話せばいいんだろう)

 無言で冷凍ドリアを食べながらヒカルは思い悩む。

 そもそも、家族以外と2人っきりで食事なんてしたことがない。これまでの仕事でも食事を摂る機会はあったが、大体が2期生全員だったり最低でも3人はいた。

 そうなるとヒカルは聞きに徹する。自分から面白い話をできる自信もないしヘタなことを喋って場の空気を変えたくない。

 当然話題を振られることもあるが、そこから自分主導で話が発展することはない。というよりさせないようにしている。

 グループ内はもちろんのこと同期の中でさえヒカルは波風を立てたくない。ただでさえ自分用のI.De.Aを持ってるということで不本意に注目されてるというのに、ここからさらに目立つことをしてしまったら、きっと皆受け入れてくれないだろう。

 そうなったらヒカルのアイドル人生は終了だ。また暗く渇いた日々へと逆戻り。

「……ヒカルってさ、お姉ちゃんいる?」

 過去を少しだけ思い出して気分が曇りかけたそのとき、萌が話しかけてきた。

 食事を中断して顔をあげると、萌が小さな口を動かしながらヒカルを見ていた。ブラウンの瞳が妖しく輝き、ジッとこちらを見ている。

「いえ、ひとりっこですけど」

「……ふーん」

「……えと、そういう萌さんは……姉妹、いそうですけど」

「うん、お姉ちゃんが2人。アタシ末っ子なの」

 見るからにそんな感じだ。オニオンスープを一口飲んでヒカルが心の中で感想を述べる。

 彼女のわがままとまではいかないけれど、自由奔放な性格はまさしく末っ子気質というか。ヒカル自身詳しくはないが、世間でいう甘やかされて育ったみたいなイメージだ。

「お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも、パパもママも、お姉ちゃん2人とも、皆優しくていい人だから、アタシ家では女王様扱いなの」

「それは……なんとも羨ましいですね」

「もちろん学校でも。勉強はまぁアレだけど、それ以外は結構自信あったの。歌もダンスもね」

「それはそれは……なんというか……」

 おめでたいことで。なんて言いたかったが流石に言えなかった。

 小学生の頃は眼の色が違うというだけで迫害され、ずっとひとりだった。中学生になっても同じだ。カラコンをしていたとはいえ、いついじめられていた過去がバレてしまうのかが怖くて誰とも仲良くなれなかった。むしろ、進んでひとりになろうとしていた。

 萌とは正反対だ。性格だけじゃなくて、歩んできた人生も、ヒカルとは真逆で、どちらかと言えばヒカルが憎んでいたクラスメイトとほぼ同じ人種。

「でも、BLAST.Sは違った」

 萌の話に少しだけ胸やけしていると、彼女が悔しさを滲ませて呟いた。

 ヒカルが顔をあげるとそこには綺麗な顔を歪めて苦痛に耐えているような萌がいる。

「3次審査のとき、あのアンドロイドを自分だけで倒せなかった」

「そ、それは……普通そうですよ。あんなのひとりじゃ――」

「でもヒカルは倒したんでしょ?」

 腕を組んで萌が訊ねてくる。その眼光鋭いまなざしに、ヒカルは思わず目を逸らす。

 萌の言う通り確かにヒカルはアレをひとりで倒した。それまでずっと眠っていたハートブレイカーが目覚め、鋼鉄の右手で脅威を撃ち払った。

 ただ、それだってヒカルの力じゃない。BLAST.Sと同じ。性能がいいI.De.Aのおかげ。

 だからアレを自分の功績だと自慢するのは少し違う気がする。

 しかしそれを萌に言っても彼女は納得しないだろう。

「アタシ、これまでずっと学校でも中心にいたし、それが特別だと思ったことなんてなかった。でも1年前くらい、アタシの周りに人が集まらなくなった」

 話が3次審査から萌自身の過去へと巻き戻る。

 萌はラザニアを切り分けながらポツポツと語っていく。

「周りの皆はi─Conの話ばっかり。アタシは名前を知ってるくらいで、ファンでもなかった。それが皆には信じられないみたいで、アタシはどんどんクラスの輪から外れていった。別に、いじめられてたわけじゃないんだけどね。でも、皆ずーっとi─Conの話をしてて、アタシよりもすごいものが出てきたんだって思ったの」

「その……皆の関心を取り戻すために、アイドルになろうって思ったんですか?」

「そんなとこ。たまたまi─Conが2期生募集してたから。正直、受かる自信はあったし」

 おすまし顔で切り分けたラザニアを食べる萌。受かる自信があったなんてとんでもない発言だ。だが、それくらい強い意志がないと、こうはなれないのかもしれない。

「アタシはアタシが世界の中心じゃないと気が済まない。だから、BLAST.Sも絶対勝つから」

 きっぱりと言い放った勝利宣言に、ヒカルは目を丸くする。

 分かっていた。彼女の性格ならこれくらい言うだろうとは思っていた。

 だけど、思っていたことでもここまで真正面から言われると、中々クるものがある。

 ハッキリとした意思を感じるその強い瞳に、ヒカルは何も言い返すことができなかった。

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