量産型I.De.A『デルフィニウム』には様々な武器のデータがインストールされておりプリセットを組むことができる。
2期生はそれぞれ自分に合った調整をしているのだが、その中でも萌は特異な組み合わせだ。
それは最早組み合わせとすら呼べないかもしれない。そう、デルフィニウムは色々な武器をセットできるというのに、萌がセットしているのはこのエナジービームソードのみ。
これには2つの理由がある。ひとつは、ビームソード自体のコストが高く、これ以外にも色々セットしようとすると、I.De.Aの出力が足りなくなってしまうから。
そしてもうひとつは至極単純。萌にとってはこのスタイルが性に合っているからである。
(思ってたよりも速いっ!)
BLAST.S開始直後、萌はなんの躊躇いもなく突っ込んできた。
ビームソードを構えての突撃。ヒカルがビームを放つ時間すら与えず距離を詰めてくる。
前日に見ていたBLAST.Sでの映像よりも速い。あっという間に萌が近づきオレンジ色に煌めく光刃を振りかざした。
(来るっ!)
頭の中で警告音が響く。一歩後ろへと下がる。
防御不可の攻撃に対して距離を取るヒカル。無論それは向こうも想定済みで、萌はさらに一歩長い脚を動かして踏み込む。
すぐにまた距離を詰められる。足の長さの違いか、萌の規格外の度胸によるものか、袈裟切りで振り下ろしたビームソードをそのまま振り上げる。
これもギリギリで避けるヒカル。だが既に懐へと入られている以上簡単には止まらない。
振り上げた勢いのままその場で一回転――からの突進突き。ヒカルはそれを半身だけ前に出して身をよじって避ける。
目の前でビームソードが煌めく。このまま横に振ればすぐにでもチェストコアにダメージが入ってしまう。
(すぐにでも下がらな――)
また距離を取ろうとしたところでヒカルの視界がぐるりと回る。
ビームソードでの攻撃ではなく足払い。ヒカルの身体はバランスを崩し宙に浮く。
このままじゃやられる。そう思ったのはI.De.Aのシステムか、ヒカル自身の思いか――ヒカルは倒れる前に右手を地面に突きつけて、推進剤代わりのエナジーを放出した。
ボシュッと音が鳴り、ヒカルの身体が空中へと吹き飛ぶ。上から串刺しにしようとしていた萌のエナジーソードを潜り抜けて、頭上へと位置を取る。
このまま上から攻撃を仕掛ける――ことはせず、ヒカルは今度こそ距離をとった。
離れたところに降りてヒカルは掌を突きつける。
(狙うはチェストコア。一撃で決める!)
フィイィイィンと、風を切るような音が響く。掌からリパルサー・リアが発射された。
青白く光るエナジービームショットは一直線にデルフィニウムのチェストコアへ向かう。
どれだけI.De.Aの性能が高くても、チェストコアを直撃すれば大ダメージは避けられない。当たりどころによっては1発で耐久値がゼロになることだってある。
ゆえに一撃必殺。逆転必至。観客としてはたった1発で終わるBLAST.Sだなんてあまりにつまらないがヒカルにとってそんなことはどうでもいい。
亜音速を越えるエナジービームショットがデルフィニウムのチェストコアを呑み込む――寸前でキィンッと澄んだ音が響いた。
「……まじで」
目の前で起きた現象にヒカルは思わず呟く。
萌がビームソードの光刃をビームショットの軌道に合わせ、当たる前に弾き落としたのだ。
理論上は不可能ではない。リアンジウム由来のエナジービームが生み出す特殊な力場は同質の力場と干渉しあう。
指向性を伴ったビームショットに同じくビームソードで触れれば力場同士が干渉する。そこでビームソードの力場をI.De.A装着者が操作することで、ビームショットの指向性をある程度だが変えることができる。
ただそれは亜音速を越えるビームにI.De.A装着者自身が反応しなければできない芸当だ。
『なんとっ! ヴァザーリ屋久萌! 迫りくるビームを弾き落としました! I.De.Aのフレキシブルフレームによって身体機能が向上しているとはいえ、この反応速度からなる防御はまさに神業! BLAST.S公式戦でも中々見れない技を魅せてくれました!』
実況役のアナウンサーが興奮した様子で捲し立てる。不敵に笑う同期を見て、ヒカルは口角をヒクつかせて再び掌で狙いを定める。
(さっきのはまぐれ。咄嗟に防げただけ)
そもそも、チェストコアを狙うことはBLAST.Sにおいて定石だ。チェストコア自身に防御用の追加装甲を施すのはルールで禁止されているものの、そこを守ること自体は問題ない。
狙われると分かっているのなら攻撃を防ぐのは容易い。ならば――
(次はあえて他の部分を狙う!)
チェストコア以外の箇所へ狙いをつける。さらに出力を下げる代わりに連射性をあげる。
短い間隔で3発、それぞれ違う部位へとビームショットを放つ。
左肩、右腿、そしてチェストコア。3発の弾丸が襲い掛かる。
「もういいよ、分かったから」
ビームを撃つと同時に萌が楽しそうに笑いながら言う。
その言葉の意味を理解するよりも前に、萌はビームソードで同じようにビームショットを弾き返した。
決してまぐれではない。萌はビームの軌道に合わせてビームソードを動かし、3発全てを叩き落としたのだ。
「今度はこっちの番」
萌の反撃が始まる。ヒカルに向かってビームソードを投げつけた。
ブォンブォンブォンと、低く唸るような音を反響させながらオレンジ色の光刃が回転しながら迫ってくる。
ここで遠距離攻撃だなんて予想外だ。突然の攻撃にヒカルは対応することができない。
(ビームで撃ち落とす? フィールドで防ぐ? いや、そうじゃなくてここは……)
避けるしかない。瞬時に判断を下しヒカルは左方向へ飛び込む。
回転する光刃をなんとか避けてすかさず跳び起きて構える。ビームソードを投げた今、萌は無防備となっているはず。
フィイィイィンと風を切るような音が鳴り、エナジービームショットを――撃とうとしたところで、萌がアクションを起こす。
右の掌を突き出すと同時に先ほど投げたビームソードが地を這いながら戻ってくる。
(あれなんで動いてんの!? 超能力!? いや、今はそんなこといい!)
それより攻撃が優先だ。ヒカルは構えていた状態からそのままリパルサー・リアを放つ。
だがそれも遅かった。ビームが相手へ届く前に、萌は先ほど投げたビームソードを回収し、すぐさまビームショットを弾き返した。
また防がれた。こちらの攻撃が一切通らない状況にヒカルは歯噛みする。
萌はこちらを煽るようにビームソードを片手に持って、手首を使って回転させながら振り回す。最後に両手で持ってそのオレンジ色の光刃を突きつけてにやりと笑う。
会場から歓声が湧きおこり、萌を応援する声が増える。
曇っていた空からポツポツと雨が降り始めた。