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【6-8】Verseday第2回戦その4

「おいおい、大丈夫なのアイツ」

 ニューハイムドームの関係者用観覧席には2人のアイドルがBLAST.Sを観戦していた。

 ひとりは四ノ宮湖鐘。座席に浅く座りステージを覗き込むように前へと身を乗り出している。

「完全に相手の調子に振り回されているようだね」

 ひとりは碓氷美澄、ぴったりと足を揃えて座り、落ち着いた様子でステージを見下ろしていた。

「ヴァザーリの武器を引き寄せるやつ、あんなの見たことない。東藤が最近作ったやつ?」

「そうだろうね。咲良が少し前に話していたよ。たしか、リアンジウムの結晶方位の制御だとか磁気がどうとか……そういう小難しい話をしていたね」

「結晶方位……磁気異方性の話とか? 磁気トラップってことか……しかしそれにしたってあんな瞬時に引き寄せるなんて……リアンジウムの応用性というか拡張性というか……」

 美澄の話を聞き、湖鐘は眉間に皺を寄せて考え込む。美澄が聞いた話はおそらく技術のさわり程度のものだろうが、それにしたってそんな簡単にあの技術を確立できるとは思えない。

 ただ東藤咲良ならば別だ。東藤グループの直系血族にして『若き』どころか『幼き』天才美少女。おそらく世界中探しても彼女よりリアンジウムを理解し、研究し、活用している人間はいない。リアンジウムを利用したテクノロジーのおよそ8割は咲良が開発したか、開発に関わっているといっても過言ではない。

 そして萌が着ているデルフィニウムは第6世代I.De.A――つまるところ最新式だ。どんなトンデなモテクノロジーが搭載されていたとしてもおかしくはないだろう。

「それにしてもあの短髪のお嬢ちゃん、面白い戦い方をするね。剣だけで戦うだなんて覚悟が決まってないとできることじゃないよ」

 美澄が細い指で唇に触れ、少し楽しそうに言う。

 湖鐘は一旦思考を止めて、同じくステージ上の萌を見下ろす。

「どうだかね、覚悟が決まってる人間の動きには見えない。どっちかというと戦いを、自分の力を誇示できるのを楽しんでるような動きだ」

「実力が伴っているならいいと思うがね。それに、あのしなやかな動きは見ていて心地がいい」

「……まぁ客ウケは抜群だよ」

 座席に座ったまま湖鐘は周囲に視線を巡らせる。萌の直情的ながらもどこか軽やかでダイナミックな戦い方に殆どの観客が夢中になっている。

 対戦相手であるヒカルは散々だ。右腕だけのI.De.Aは見掛け倒しもいいとこで、強力なエナジービームショットも先ほどから1発も当たっていない。なにより――

「千倉のやつは動きがトロくさい……なんとも映像映えしない動きだよ」

「一所懸命なのだろう。私達も最初の頃はああだった」

「私はあそこまでじゃない」

 湖鐘の即答に対して美澄は「そうだったね」と言ってクスっと笑った。

 改めてステージ上にいるヒカルを見下ろす。生中継で全国放送されているというのにヒカルは肩で息をして顔を歪ませている。なにかに遠慮して本気で戦えていないのか、それとも単純に相手の実力に委縮しているのか。

 おそらくは両方だろう。湖鐘はゆっくりと鼻で息を抜き、背もたれに身を沈めた。

「せっかく本番前に発破をかけたっていうのに、意味なかったな」

「湖鐘が? お嬢ちゃんに? それはそれは、珍しいことをしたものだね」

「別に、必要ならするよ」

「ほう? あの子の勝ち負けが湖鐘には必要なことなのかい?」

「そりゃあ……やるんだったら本気になったアイツを倒さなきゃ意味ないからね」

 だからあんな状態では困る。勝つにしろ負けるにしろ、あんな眠っているような戦い方。湖鐘が望むものではない。

「彼女も厄介な者に目をつけられたものだ」

 観戦しながら美澄が呟く。湖鐘は着々と追い詰められつつあるヒカルを見てため息を吐いた。

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