(がむしゃらにやっても勝てない!)
攻められ続ける中でヒカルはようやく策を練ることを覚えた。
ただ攻めて、相手に攻められたら守って、守れないから逃げて、そんなことを繰り返してたらいずれジリ貧に陥って倒れてしまう。
(琴子さんとのBLAST.Sみたいに、色々と考えて筋道を立てて近づかなきゃ。そいで、近づいたら攻撃するんじゃなくて攻撃しながら近づく!)
現在ヒカルは長方形のステージの右端に追い詰められていた。萌がビームソードを構えてジリジリとこちらへ近づいてきている。
(接近戦は避けるべきだけど、かといって遠くから攻撃してもあの剣に弾かれる。つまり、萌さんの反応速度を上回る、いや、そもそも範囲外からの攻撃を仕掛ける!)
そのためにやるべきこと。ヒカルの脳波にI.De.Aが感応し、ナノマシンが武器を生成した。
右腕のインパクトフレーム。その装甲が一部開き、灰色の煙を吐き出す。
シューっと音をたてながら煙はステージに広がり、あっという間にヒカルと萌の姿を隠した。
敵の視界を遮りI.De.Aのレーダーを阻害するチャフスモーク。煙幕に紛れ反撃を開始する。
「この程度の煙で私の不意をつけるなんて思った?」
煙の中から萌の声が聴こえてくる。彼女の強気な発言は無視してヒカルはハートブレイカーを取り外し、ひとり移動する。
(狙うはスラスターかビームソードの発生器。ターゲットシステムはチャフスモークのせいで使えないから……目視で!)
萌が大きな声で吠えるおかげで大体の位置が分かる。自律飛行中のハートブレイカーがヒカルの脳波に反応し、萌がいる場所へとエナジービームショットを放った。
「そんな簡単に!」
萌が吠えながらビームショットを寸前で避ける。ビームが飛来してきた方向からヒカルがいるであろう位置を特定したのだろう、一直線に向かってくる。
(予想通り動いてくれた。後は……)
チャフスモークの中でヒカルは萌の後ろにつき、足音を立てずに歩く。
そろそろハートブレイカーが戻ってくる。チャフスモークのせいでちゃんと動くか不安だったが、問題なかったらしい。
ガッと右手を開いて構える。チャフスモークの中から機械仕掛けの右腕が帰ってきた。
(よし、これでっ!)
右腕が戻ると同時にヒカルは突き出した腕を顔の前で曲げる。
バイザーが萌の輪郭を捉える。腕の装甲が一部開き、5基のマイクロミサイルが発射された。
ヒュルルルルッと高い音をたてながら飛来するミサイル。その独特な飛行音に萌は振り向いて武器を構える。
だが遅い。音速を越える速さのミサイルはデルフィニウムのインパクトフレームに取りつき、瞬時に爆発した。
不意打ちを喰らった萌は勢いよくチャフスモークの外へと吹き飛ぶ。
(逃がすかっ!)
右手からエナジーを噴射して追いかけるヒカル。萌が起き上がった瞬間を狙って再びマイクロミサイルを放つ。
先ほどと同様フレームに当たった瞬間爆発が巻き起こる。萌の小さな身体は爆発に呑み込まれ、見えなくなってしまう。
(後は出てきたところをっ――)
掌を突き出したその瞬間。爆発の中から萌が飛び出してきた。
身を守るためのインパクトフレームはない。スラスターもない。2回のミサイル攻撃で壊れてしまったのか。
(いや、違う。解除した。捨てたんだ。もっと速く動くために!)
最低限のインパクトフレームとビームソードで萌が突撃してくる。思ってた以上の速さに初動が遅れ、咄嗟に放ったビームショットも避けられてしまう。
(まだ間に合うっ!)
もう間近に来ている相手に掌を突きつけるヒカル。ビームを放つ寸前で萌がビームソードを振り、ビーム同士が干渉する。
バチバチバチッと音が鳴り、ビームソードを弾き返す。だが萌の攻撃は止まらない。
右斜め下からの切り上げ。ねじって避けるが、相手はさらにその場で勢いを維持したまま回転し、そのまま突き刺してくる。
(またくるっ!)
迫りくるビームソードに対して、ヒカルは掌を胸の前に出す。
ビームソードを弾き返そうとエナジーを供給する――しかし、攻撃が到達する寸前でオレンジ色の光刃が引っ込んだ。
「は?」
突然の出来事にヒカルは困惑する。迎撃が間に合ったわけじゃない。発生器の故障でもない。
だとしたらなぜ――その行動の真意を理解したその瞬間、萌が再びビームソードを発振させる。
突きではなく横薙ぎ。オレンジ色の光刃がヒカルの脇腹を切り裂く。
(やられた!)
斬られた脇腹を抑えて痛みに堪える。フレキシブルフレームのおかげで腹が斬れることはないものの、場を盛り上げるための『痛み』が伴う。
だが今は痛みより目の前の状況だ。フェイントによる一撃が入り、さらに次の攻撃がくる。
武器を構えた萌が踏み込み、中腰状態のヒカルの背中へ寝転がるように飛び越えた。
死角をついた動きにヒカルは萌の姿を見失う。次の瞬間視界の外側からビームソードがチェストコアに迫る。
予期せぬ方向からの斬り上げにヒカルはチェストコアを右手で守ることしかできず、そのまま斬られた方向へと吹き飛ぶ。
空中で一回転してうつ伏せに倒れ、呼吸を乱して目を開ける。
明滅する視界、周囲の音が聴こえてこないのはダメージのせいか、熱狂の渦の中にいるせいなのか。地面に手をついてどうにか顔だけを起こす。
萌が立ち尽くしている。後ろにある巨大モニターは彼女だけを映していた。
いや、モニターだけではない。会場に来ている客の大多数が萌を呼び、今まさに彼女がビームソードを振り下ろす瞬間を待ち望んでいる。
会場中が萌の勝利を望んでいるのだ。ヒカルを見ている人間なんて少しもいない。
熱気に包まれてステージは熱くなっているはずなのに、ヒカルの心は酷く冷たくなっていた。
世界に自分しかいない無力と虚無。あまりの冷たさにヒカルはガチガチと歯を鳴らす。
こんな仕打ち、耐えられない。萌から目を逸らし、ヒカルは視線を落とす。雨のせいなのかすぐそこに水たまりができていて、不安におびえたヒカルの顔が映りこむ。
向こうはあんなにも応援されて、訪れようとしている勝利を祝福されている。それに比べて自分はどうだ。もはや誰もがヒカルの負けを確信し、その負けざまを観ようとしている。
(みんな、私の負けを望んでいる。倒れることを求めている。皆、大勢の人が――)
『みんな、千倉さんのこと嫌いだって。だからもう学校来なくていいいんじゃない?』
心の奥底にしまっていたはずの記憶が突き破って姿を現わす。
なにがきっかけだったのかもう覚えてない。始まりは些細なことだったかもしれないし、劇的なことだったかもしれない。どうでもいい。それが分かったところでヒカルが迫害された過去はなくならないのだから。
『みんな、千倉さんに会いたくないって。顔も見たくないって。その目も気持ち悪いって』
いじめの主犯格の女子に面と向かって言われて、ヒカルはなにも言うことができなかった。怖い、皆の視線が怖い。ヒカルは金色の目から涙を流して逃げ惑う。
誰かの笑い声が怖くて耳を塞いで走る。気づいたときには家にいて、あまりにも惨めで玄関で泣き腫らした。
どうして自分だけがこんな目に遭わなければいけないのか。辛くて苦しくて――なにより、悔しくてしょうがない。
ただ人数が多いだけで、ただ大きな声を出せるだけで、どうして自分が否定される。
許したくない。ここで負ければヒカルはまたしても大勢の意思に屈することになる。
『BLAST.Sにあるのは勝者と敗者のみ。それも純粋な実力ではない。パフォーマンスとしての勝敗だ。だがね、それでも勝ちたいと君が望むなら物語が必要になる』
勝ちたい。もう負けたくない。とにかく勝ちたい。物語なんてどうでもいい。そんなことよりも負けたくない。I.De.Aのおかげで勝てたとしてもそれでいい。そんなことよりも、もう誰にも嗤われたくない。もう誰にも喰い荒らされたくない。
『どうしてアイドルになりたいと思ったの?』
湖鐘の言葉が頭の中を走る。なりたかったから――いや、そうじゃない。もっと奥底にある想いだ。心の中心でずっと燻っていた強い願望。
『思い出してみな。千倉ヒカルの――』
「私の――
胸の内から溢れ出したのは暗い想いだった。いじめられてきた過去、弱い自分を憎み、群れることしかできない他者を恨み、澱んだ気持ちを抱えて部屋に閉じこもっていた。
動画サイトで偶然見つけたライブパフォーマンス。名前も顔も知らないアイドルがステージで数えきれない人達から声援を受けて光り輝いている。
アイドルになりたいと思った。あんな風に笑える人になりたいと思った。そしてそれ以上に見返してやりたいと思ったのだ。
自分をないがしろにしてきた奴らへ復讐を果たす。いじめてきた奴らとは人としてのレベルが違うのだと、思い知らせてやりたい。
いじめられていた過去なんてそんなのもうどうでもいいと、いじめてきたやつらの顔なんてまったく覚えていないと、そう答えればいい。
お前達の行為は私の人生において無駄の一言で片づけられる――そう突き放してしまえばいい。そのためにヒカルはアイドルになろうと思ったのだ。
視界の外側から萌の足音が近づいてくる。ゆっくりと歩いて近づいてくる。
ヒカルはグッと右手に力を込める。ぬかるんだ土を掴み、握りつぶす。
このBLAST. Sは自分自身のエゴのためのものだ。そのためにヒカルは今立ち上がった。
「……私は」
およそアイドルには似つかわしくない目つきで目の前にいる敵を睨みつける。
ヒカルの突然の発言に、俄かに騒がしかった会場に静けさが広がっていく。
「私はこれまでずっと逃げてきた。自分の過去から、力から、目的から」
とどめを刺そうとしていた萌が動きを止める。武器を両手で構えたままヒカルの言葉を待つ。
「逃げて、逃げて逃げて逃げて。ひとりになって、それでいいと思った。そうやって、殻に閉じこもっていれば、誰にも傷つけられないから」
グッと右手を握りしめる。フレーム内でエナジーが躍動し、手の甲から見えるコアが青白く光り輝く。
「でも現実は違う。戦わなければ生き残れない。モニターから会場を見ているだけじゃだめ。そこに、私が望む復讐はない! この戦いもそう。私が前へ進むためには勝つしかない!」
「……言いたいことはそれだけ? 勝ちたいってこと?」
「少し、違います」
呟いて、ヒカルはフッと笑う。
はじまりの3次審査。暴走したアンドロイドと戦ったあのときから、千倉ヒカルはどこかズレを感じていた。
そうだ、おかしいと思っていた。ずっと、納得していなかった。
逃げるため、自分の身を守るためだけにハートブレイカーを使っていた。誰かと積極的に戦うだなんて、どこか恐れを抱いていたくらいだ。
だけど本当は違う。本当の自分はそんな心優しい人間じゃない。
ハートブレイカーは紛れもなく誰かを倒すためのものだ。
目の前の敵を、臆病な自分を、撃ち砕くためにある。
拳を顔の前に持ってくる。ヒカルは目の前の『敵』に向かって本気で叫んだ。
「貴女が私の
バッと大仰に腕を振るい、拳を開いて掌を突きつける。
「私の右手で! この物語を撃ち砕く!」
大見得切っての勝利宣言に会場が大いに盛り上がった。
これまで見たことのない迫力に萌は怯むどころか不敵に笑い、ビームソードを振るう。
そしてヒカルも、掌にある発射口からエナジービームを迸らせて真正面から衝突した。