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第3話 魔法技術士

 無事、かわいいぬいぐるみに囲まれたカフェ開店という夢に近付いた虎之助であったが、幾つか問題点も出て来る。その最たるものは。


「なぁ、俺の見た目を可愛くすることって出来ないのか?」


 これだった。

 それというのも見た目が厳つすぎる。明らかに堅気ではない。それが原因で生前はとりあえず怯えられ、まともに話をする事もできなかった。寄ってくるのは同種のみ。

 家族以外との圧倒的コミュニケーション不足からコミュ障となり、対面での会話で石化する人生だった。


 見た目が少しでもまともになれば。そんな一縷の望みをかけた言葉は、神ネオの一言で一蹴される。


「それは止めた方がいいよ。君の魂がそういう形で安定してるから、肉体が寄るんだ。無理に外側だけ可愛くすると齟齬が起こるよ」


 その一言に衝撃が走った。希望を打ち砕かれるばかりか、更に細かく粉砕された気分で地に手をついて落胆する。悔し涙が目に染みるぜ。


「あぁぁ! でもこの世界は強い人がモテるし、むしろ虎之助くらいは整ったイケメン解釈だから安心して! 全然、厳つくない!」

「それはそれでどうなんだ!」

「だって、強くないと生きていけない環境になってるんだもん」


 そう言われるとこの少年神を責められないのが何ともいえない虎之助だった。


 だがまぁ、多少の希望はありそうだ。可愛くはないが普通に接してもらえる可能性があるだけでも十分と言える。無理ならスパッと諦めるしかない。


「んじゃあ、これで終わりか?」

「あぁ、ちょっと待って。まずこの世界で必要そうなスキルをもう少し足すね。完全言語理解と、鑑定眼つけておくから」


 そう言われ、ネオが何かを操作する仕草をすると虎之助の体が僅かに光り、収まった。もう一度ステータスを見てみると、完全言語理解と鑑定眼(2)が追加されていた。


「言語理解は付いているだけであらゆる種族の言語を口頭、文書で理解できる。これは転生者特典だし、絶対必要だからおまけね。あと、素材採集をするなら鑑定眼は大事でしょ? 最低限を付けておいたから、後は使ううちにレベルが上がるよ」

「おう、ありがとうな」


 確かに手にした素材が何か分からない状態では怖い。特に食材関係だ。うっかり毒のあるものでも口にしたら死んでしまう。


 だがこれで本当に最後……と思いきや、どうやらまだあるようだ。


「最後に、君に渡した魔法技術士の実演と、あっちの世界で君をサポートする相棒を作ろうと思います」

「おぉ!」


 それは有り難い。異世界転生系ラノベは数読んだが、説明無しも結構多い。更には自分のスキルを理解できなければ使えない。なので基礎だけでも教えてくれると助かる。


 ネオに呼ばれて近付くと、彼がサッと手をかざす。するとそこに何の変哲も無い作業台が現れた。


「まずは大事な仕事道具。魔法道具箱マジックツールボックス!」


 再度手をかざすと、そこにはアンティークな裁縫箱が現れた。

 頑丈な木製のそれは一番上の取っ手がついていて、留め金がある。その留め金を外すと上蓋が持ち上がり、白と黒の糸車が取り付けられていた。

 一番上の段には基本の針セット。指ぬきに糸切りハサミ、メジャー、リッパー、赤青白のチャコペン等が入っている。

 他二段あり、真ん中の段は浅目の引き出しが二つ。引き出すと15センチの金属定規、空のボビンやボタンなどが入っている。

 一番下は深く広い引き出しで、開けて見ると立派な裁ちばさみが一つあった。


「これは神様道具で永久に減らないし劣化しない。もし無くしても自動で戻ってくるし補充されるから安心して」

「神器じゃねぇか……」


 神器とは、決して武器や防具、魔道書ばかりではない。何気ない裁縫箱一つが何より勝る神の道具だった。


「次にこれ」


 そう言われて渡されたのは茶色い麻の袋。大きさは30×40と、幼稚園の絵本バッグくらいのもので口は給食袋のように紐で締める事ができる。

 中を開けてみるとふっくらとした上質な綿が詰まっている。しかも普通の綿ではなくつぶ綿と呼ばれる、中である程度動く細かなものだ。ぬいぐるみには最適過ぎる。


「これも無限綿だから、どれだけ使ってもなくならないよ」

「……神か」

「神だよ」


 思わず感謝の言葉を述べてしまう虎之助に、ネオは呆れた顔をした。


「最後に錬成釜ね。これ、素材の加工とかに使うから渡しておくよ」

「錬成釜?」


 訝しい顔をする虎之助が受け取ったのはやや装飾の多い両手鍋にも見える土器。

 素焼きみたいな肌質で持ち手は二つついている。何やら宝石がついていて表面はライン上に盛り上げた文様がある。

 中はツルンとしていてごく普通だ。


「錬成って、まさか金を作り出すとかか?」

「可能だけれど間違いかな」

「なんだそりゃ」


 更に訝しく眉根を寄せる虎之助に、ネオは真面目な顔をした。


「鉱石には色んな物が含まれている。その中に例えば金が含まれていれば、錬成術で砂や砂利と分けて金が出る事もある」

「ほぉ?」

「錬成術に出来るのは主に三つ。入れた素材から望むものだけを分ける事。入れた素材を合成すること。入れた素材を任意の形に整形すること」

「怪しげな術じゃ無いってことか」


 だが、かなり便利だ。これが可能なら、例えば海の水から水と塩分を分ける事ができる。水を確保し、調味料もゲットできる。


 ある程度理解したと伝わったんだろう。ネオは腕を組んでうんうんと頷き、更に作業台の上に何かを出した。

 それは綺麗な白い毛並みのファー生地と、無骨な青い宝石だった。


「これが今回の素材。フェンリルの毛皮とフェンリルの魔石ね」

「魔石! しかもフェンリルって、かなり強い魔物だろうが!」


 目の前に並べられたまさかの素材にオタク虎之助は戦く。フェンリルと言えばどんな作品でもボス待遇で出てくる強く大きな狼型の魔物だ。

 手がワナワナと震える。明らかに艶のいい毛皮が目の前にある。それに恐れながらも触れた、その瞬間指先かが幸せになる。


「柔らけぇ、暖けぇ、綺麗だなおい。角度によって光沢が違うし、毛の密度がすげぇ。短すぎる長すぎず、少し硬めの毛だがそれがまた手に馴染む」

「凄く気に入ってるね」


 思わず抱きしめ匂いを嗅いでしまった。無臭である。


 そしてふと、隣に置かれた魔石を見た。

 宝石の原石とでもいうのか、形は整っちゃいない。角もあれば鋭利な部分もある。だが、妙に目を引き付けるものだ。

 中心は深い青色をしていて、ラメのような煌めきが見える。そこの周辺は薄く青く、一番外側はおそらく透明だ。時折、この奥の青い部分が脈打つように光って見える。


「鑑定眼、試してみて」


 言われるがまま、とりあえず鑑定眼と心の中で呟くと無事に使えたらしい。目の前に素材と、その素材の下に説明ウインドウが現れた。


『フェンリルの魔石(A)

魔物フェンリルの魔石――状態:穢れ(弱)』


「穢れ弱?」


 謎の状態に思わず声を上げる。おそらくこの素材の状態を表しているんだろうが、素材が状態異常ってことか?

 ネオを見ると難しい顔をする。そして小さく頷いた。


「その魔石の持ち主はフェンリルの群を率いていたリーダーなんだけど、ある日狂いゆく自分に気づいて、群と妻子を思い死を選んだんだ」


 それは実に尊く、そして悲しい話だ。きっと再現Vがあったら泣いている。


「ボクはたまたまその近くにいて、そいつの最後を看取ると同時に残されたドロップ品の回収を伝えたんだ。必ず役立てるって」

「お前、そんな漢の素材で俺にぬいぐるみ作らせるつもりかよ!」


 思わず涙が浮かぶ虎之助は多少批難もしている。このフェンリルだって残した素材がもっと有用な事に使われる事を望んだだろうに、ぬいぐるみでいいのかよ。

 めちゃかわだぜ! 確かにこの毛皮で作ったテディベアは可愛いだろうが、それでいいのか使い道!


 だが、ネオはあっけらかんだ。


「いいんじゃない? あっちもお任せって言ってたし」


 思いのほか軽かった。


 だがそうなると問題が、この穢れだ。このまま使うにはやや懸念がある。大本も狂い始める予兆を感じていたようだし。


「まずは錬成釜を使って、その魔石から穢れを分離する所から始めようか」


 こうして、異世界転生前に相棒を手に入れるべく、唐突にハンドメイド講座が始まるのだった。

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