「「え……」」
双方共に困惑した顔で見つめ合って数分。先に口を開いたのはネオの方だった。
「なんで! そんな恵まれた戦闘スキル持っててどうして乙女なスローライフ希望なの!」
「俺の老後の夢にケチつけんじゃねぇ! 家業を引退したらバ美肉受肉して手作り小物売ろうと思って今を必死に生きてたんだぞ!」
「才能の無駄遣い!」
床にワー! と泣き崩れるネオだが、こればっかりは虎之助だって言いたい。なんせこの夢を叶えるべく独学でデザインの勉強や練習までしていたのだ。
そもそも、幼少期から虎之助は可愛いぬいぐるみが好きだった。モコモコふわふわのクマやウサギのぬいぐるみを抱いた瞬間の幸せで温かな気持ちは今も持ち続けている。ふれあい動物コーナーで数時間、小動物を愛でていられる!
異世界に行き、生活をリセット出来るのだ。例え無才だとしてもこの夢は捨てない。
「うぅ……この世界は今そんなスローライフ送れる状況じゃないのにぃ」
「あぁ? そういやぁ、危機とか言ってたな」
「そうなんだよぉ! 助けてよ虎之助!」
とうとう呼び捨てになったネオは泣き落とし状態になって虎之助にしがみつく。こうなると流石に払いのけるのは鬼畜の所業。相手が神でも見た目は猫目少年なのだ。
「まぁ、話は聞く」
「本当!」
「でも俺はもふもふに囲まれたかわいい暮らしを捨てない!」
「顔面の凶悪性と中身が一致しないね。まぁ、とりあえず話すね」
シラッとした目をしたネオだが、予定通り現状を説明するようだ。
目の前にホログラムで出来た地図みたいなものが浮かび上がる。ぱっと見は森などが多く、国の発展はそれほど大規模じゃない。まぁ、川や海、山といった環境バランスは良さそうだが。
「まず現状、ボクの世界はバグか何かに犯されて二千年後の存続は怪しい状況なんだ」
「……はぁ?」
重苦しい声音で開始された第一声は本当に重い現状だった。思わず問い返すと、彼にしては真剣な面持ちで頷く。
「魔物の出現がとにかく多くて、しかも強い個体がどんどん生まれている。それに対して亜人族は対応しきれずにいるんだ」
「おいおい、そんなアンバランスあるか? それって、神がどうにかするんじゃないのかよ」
世界を創った神なんだから、その辺のバランス調整はするものだろう。
そう思って言ったのだが、返ってきたのはネオからの悲しげかつ悔しそうな表情だった。
「出来るならしたいんだけどさ。実はボク、この世界を引き継いだばかりの中級神で、世界の運営もこれが初めてなんだよ」
「はぁ! じゃあ、ここを作ったのは違う野郎だってのか!」
思わず大きな声で問い返すと、グッと奥歯を噛んだネオが拳を握って頷いた。
これは……想像よりもヤバい世界だ。そもそもの神が世界の手綱を引けてないだなんて。どうにかするにも限界があるだろうが。
「元の神はボクよりもずっと高位だったんだけど、規則を逸脱して堕ちてしまったんだ。今は神界で幽閉されてる。ボクは放り投げられた世界を受け継いで運営を任されたんだけど、前の神がマニュアルも権限も渡してくれないから元の数値を変更できなくて」
「それ、相当ヤバくないか?」
「ヤバいよ! だから焦って上にも掛け合ってるけど『現状忙しい』って煎餅食いながら言ってくるし! 同情した他世界の神が特別に召喚を許してくれてるけど、魔物強すぎるし」
「もしかして、それで地球にいたのか?」
問いかけると、ネオはコクンと疲れ果てて頷いた。
「虎之助、魂のレベルも高いし基礎のステータスもいいしさ。偶然の流れだけどいい人見つけたと思って喜んでたのに……」
「あ……」
涙目でぷるぷるしはじめた少年が途端に可哀想になる。これで世話焼きな性分で、こうなると放っておくのは罪悪感がある。
だが、勇者とかは何か違う気がしてならない。そんなキラキラした存在は自分にはむいていない気がするのだ。これが根暗魔道士というなら千歩譲って納得だが。
「しかも、こんな状況じゃ流通とかも滞るし、狭い範囲の資源しか得られないから資源の奪い合いで同じ国内でも諍いは起こるし」
「そう、か」
「胃が痛い……最近寝られなくて目がバッキバキなんだよね。気づいたら笑ってるしそろそろヤバい」
「うっ!」
そう言ったネオは目をガン開きにして笑っていた。闇堕ち一歩手前な社畜の顔をしている。世界の神がこれっていうのは、なんとも世知辛い。
そもそも、虎之助はそんなに自分のステータスが高いのか疑問だ。運動神経はいいだろうけれど。
「なぁ、俺のステータスって見られたりすんのか?」
「できるよ」
これぞ異世界! という定番のやつを頼んだら呆気なく了承。彼が虚空に手をサッと向けると、そこに青白いウインドウが現れ、ゲームなんかでよく見るステータスボードが現れた。
『椎堂虎之助 年齢:28歳 種族:人族
体力:8,000/魔力:6,000/知力:4,000/器用:10,200
スキル:
体術(7)/剣術(5)/薙刀(5)/鉄壁:(4)
裁縫(9)/料理(9)/武器作成(5)/防具作成(6)/調合(5)/建築(2)/錬成(2)/浄化(2)/火魔法(1)/水魔法(1)』
「……スローライフ向きじゃね?」
「体力とか魔力とか体術スキルとか高位じゃないか!」
これは……うーん。両方の意見が通ってしまう結果だった。
この世界ではスキルレベルは10段階。3で一人前、5で熟練、7で達人。9はもう伝説級らしい。
また、体力は騎士で7,500あれば上位。魔力も宮廷魔術師の平均よりもやや高い数値らしい。
これらを加味すると、魔法闘拳士などがネオの希望らしい。既に勇者っぽくない人選である。
ただ、クラフト系のスキルレベルが軒並み高いのもその通り。正直虎之助としてはこっちを重視したい。
幼稚園生からやり続けた才能、生前祖母や母に習った料理の数々、ペット達の犬小屋や遊び場を作った日曜大工の日々が輝かしい。
双方譲れない夢と現状がせめぎ合う。どう折り合いをつけるべきか……。
「……いや、待てよ」
そう呟いたのはネオだった。
彼は何かを思いついたのか、ブツブツ呟いた後でニヤァァと不敵に笑った。正直、いい事に思えない。
「わかりました! 虎之助の願いを受け入れてボクから素敵なスキルを授けましょう!」
「待て! スキル名と方向性をまずは俺に教えろ! 勝手に妙なのくっつけたら洒落にならん!」
「もぉ、心配性だなぁ。スキルは『
世の異世界転生希望者の全員がチートを求めているわけではない。
とは思うが、「勇者」とか「神に選ばれし〇〇」でなくて良かったとも思うのだ。しかもクラフト系だし。
でも、世界の問題があるんじゃないのか?
「いいのかよ。魔物とか、おかしいんだろ?」
「ふふーん、そこもちゃんと押さえてるよ。要は魔物の数が減ればいいんだ! 虎之助には勇者としてじゃなく、物作りの素材集めとして魔物を狩って貰えばいいんだよ!」
「!」
それは……盲点だった!
そうか、素材か。異世界物で魔物の素材と言えば高値が付いたり貴重だったりする。それらを使って物作りなんて、贅沢の極みじゃないか!
虎之助とネオは戦友として見つめ合う。そして互いにがっちりと手を握り合った。
ここに、転生者と神は双方の夢と願いを託して合意したのだった。