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第9話 初・魔物退治

 屋敷妖精が見繕ってくれたのは革製の胸当てと一本の剣。初めて付けるが違和感はない。


『こちらの剣はミスリル製で、強く鍛えられております。Aクラスの魔物でも簡単には折れません』

「マジか、ミスリル! テンション上がるな!」


 異世界ラノベとゲームで育ったオタクにとって、ミスリルは確実に興奮ポイントになる。稀少金属で魔力の伝導率が良く貴重品。だいたい終盤に差し掛かる頃に手に入れるイメージだ。虎之助はまだほぼ初日だが。


 屋敷妖精は『喜んで頂けて何よりです』と丁寧に礼をして、虎之助達を送り出した。家の事はしておくとの事だ。


 そういうことでここに来て初めて、柵の外に出る。木製のガーデンゲートを出るとその先は鬱蒼とした森。家の周辺がとりわけ明るいだけで、広がる先は薄暗く、肌に纏わり付く湿度のようなものを感じてしまう。


「こうして向き合うと、場所のヤバさを感じるな」

「流石の主もそう感じるか」


 足を踏み出すのに意識しなければならないなんて、虎之助の人生ではそうある事ではなかった。元の世界でも任侠なんて世界にいれば暴力沙汰はあるもので、シマを荒らされただとか、何処かの組が縄張りでナメた事をしているだとかあった。

 虎之助はそんな所に出張って行く事も多かったから、これで度胸はあったのだ。

 そんな男が足を一歩前に出すだけで躊躇いを感じるのは、相当な圧力を感じているということだ。


 だがそんな虎之助の前をクリームが行進するように進む。大きさと愛らしさも相まって幼稚園児の行進みたいで、ほっこり和んでくる。


「行くぞ主」


 声が渋いんだよな。見た目とのギャップが凄い。


 だがお陰で妙な力が抜けた。クリームを先頭に柵のすぐ外を反時計回りに進んでいく。すると屋敷の外観も見えてきた。


「結構立派なものだな。前庭だけではなく、裏にも庭がありそうだ」


 白壁に、柱や窓枠は黒檀だろうか。濃い茶色の立派な柱が全体の印象を引き締めている。屋根が赤い事も今日知った。

 前庭にはプランターの花が置いてあったが、ぐるりと屋敷を回って裏にも通路が続いている。その小道には薄い砂のような色合いの砂利が敷き詰められ、草も丁寧に刈られている。


「あの者が手入れをしているのだろう。屋敷妖精は住処である家を守り、住まう者が快適に過ごせるよう動き回るもの。それが、奴等の矜持だと聞いたぞ」


 確かにこの家で不衛生な場所など一つもなかった。ピカピカに磨き上げられているわけではないが、空気が通り、汚れもない。居心地のいい場所になっていた。


「あいつ、前の主人が出先で死んだってのに、そこに参る事もできないんだ」

「だろうな。屋敷妖精は家に憑いている事が多い。おそらくこの柵の内側はテリトリーだろうが、その外には出られないだろう」

「何かないか?」

「……すまない。俺ではその辺り、まったくの門外漢だ」


 だろうな。寧ろこれは虎之助がやらなければならない事だ。一応、構想はあるのだ。それを実現させる事が可能かは、まだ分からないが。


 とにかく見回り。そう思って前を向いた時、僅かにザザッと草を踏んでこちらへと近付く音がして二人は足を止めた。


「クリーム」

「いるな。あの茂みだ。飛びかかってくるぞ」


 警戒するクリームの声に身構えた虎之助。そこへ、サッと黒い影が虎之助をめがけ飛びかかってきた。

 驚くと同時に拳が出るのは生前の癖だ。危害を加えられるまでは話し合えるが、一度暴力に訴えてくると通じない。この場合、大人しく殴られてやる道理は虎之助にはない。

 黒い影が何かを正確に認識するよりも前にゴリゴリの腕力に支えられた硬い拳がその何かの顔面を強打し、そのまま後方へとぶっ飛ばす。

 拳に柔らかな感触があるが、これが慣れない。戦わなければならない場面では気にする余裕はないが、後になって残る生暖かく柔い感触は気持ち悪いと同時に、酷く気持ちを沈ませるものがある。

 拳を見つめ、ついた赤いものを見て、酷く嫌な気分になった。


「主、無事か?」

「あぁ」


 クリームに問われ、先程ぶん殴ったものを確認しにいく。

 そいつは近くの木に叩きつけられピクピクしていたが、虎之助の目には三本の角の生えたシルバーグレーの兎に見えた。


「うさたん!」


 こんな……生きているだけで可愛い存在を殴り殺してしまったなんて!

 思わずガックリと地面に膝をついた虎之助に、クリームは苦笑した。


「ホーンラビットだな。Dランクの歴とした魔物だぞ」

「かわいいは正義なんだ」

「この森では雑魚だが、こんなんでも突撃を食らえば腹に穴が開いて死ぬぞ」

「かわいいのに何だその凶暴性はぁ。かわいいままで居させろやぁ」


 どうやらこの世界では見た目にかわいい生き物も油断ならないようだ。


 そんな事を話している間に、不意に「ポンッ!」という間抜けな音がした。見ればそこにはドロップ品なのだろう、幾つかの物が転がっていた。


『ホーンラビットの毛皮

絶望の森産。ホーンラビットの毛皮は汚れに強く扱いやすく安価。小さいのが難点』

『ホーンラビットの角

絶望の森産。魔力を溜め込む性質があり、魔力回復ポーションの材料になる』

『ホーンラビットの肉(鮮度:良)

絶望の森産。やや野性味のある味だが、新鮮で弾力があり大変美味』

『魔石(D) 状態;穢れ

ホーンラビットの魔石。自我はないが、品質はいい』


 今回のドロップ品はこれらしい。

 シルバーグレーの毛皮は触った感じ少し硬めだが、色合いもかなりいい。

 角の方も薬の原料のようだが、まだ調合などはしていない。出来るのかも分からない。

 肉はクリスマスのターキーみたいだった。

 そしてコロンと落ちた魔石は真っ赤で、日に透かすとキラキラ光って見える。まるで苺みたいな色合いで、大きさは100円玉くらい。形は石らしくゴツゴツしていた。


「悪くない初戦であったな」

「反射で殴っちまったからな。実感がない」


 とはいえ動ける事は確認できた。これらを持ってきていた麻袋に入れ、二人は更に探索を始めるのだった。

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