家の外周を巡るだけでもそれなりにエンカウントする。先程のホーンラビットが複数出てきて突撃するから、虎之助は思わずぶん殴ってしまう。その度に罪悪感が凄い。
ただ、妙な事にも気づいた。角の数が違うのだ。
「三本が強いな。一本は雑魚中の雑魚だ」
「見た目可愛いのに……」
いや、可愛いか? 確かに兎だが、大きさはかなり大きい。中型犬くらいある。目は真っ赤でつり上がっているし、前歯かなり鋭そうだ。兎って、これで雑食なんだよな……。
「ってか、中型犬サイズの角生えた釣り目兎ってよく見ると可愛くないな! 顔面凶悪じゃねぇか!」
冷静な感想を述べると、後ろでクリームが「ぶふぅ!」と噴き出していた。
そんなこんなでホーンラビットの素材がそれなりに集まり、袋が一杯になってきた。
「荷物が問題だな」
「マジックバッグが必要になりそうだが」
「! あるのか、マジックバッグ!」
クリームの言葉に過剰反応する虎之助の目は輝いている。何故ならそれはオタクにとって、外せない異世界アイテムの一つなのだから。
見た目は小さく、中は大容量の収納アイテム。品質によっては少ししか入らないとか、入れた物の経過時間が停止するとか色々ある。だが、これを持てば一人前冒険者の仲間入り! という雰囲気はあるのだ。
キラキラの目でクリームを見ると引かれる。だが、知ってる限りは教えてくれた。
「あるはずだぜ? 俺の縄張りに入ってきた冒険者が持っているのを見た事がある」
「マジか! 作れねぇかな?」
何せ虎之助は魔法技術士だ。鞄もクラフトだろう。
何処かに作り方の本なんかがあればいいが。屋敷の本を漁ってみるか。
そんな事で和やかに、ホーンラビットの討伐に罪悪感を感じなくなってきた辺りで虎之助は唐突に足を止めて身構えた。
何か森の奥からこちらへ突進してくる気配がある。それはこれまでの兎とは比べものにならない大きさで、しかも凶暴な何かだと瞬時に思える。
「主、来るぞ!」
「っ!」
同じく身構えたクリームが警戒の声を上げるなか、それは堂々と虎之助の前に立った。
真っ赤な体色の、多腕の熊だ。目はオレンジ色で、腕が左右に二本ずつ。二足歩行するその大きさは二メートルから三メートルという大きさだ。
「でけぇ」
虎之助もこれで180センチを超える長身の部類だが、それでも見上げる相手だ。
「レッドキラーグリズリー、Bクラスの魔物だ」
これでBクラス……これが、この森では底辺の部類。
対峙して、身震いする。勝てるイメージが浮かばないのだ。自分がどこまで動けるか分からないが、凶悪な爪の腕が四本。どれか一発でも食らえば骨は砕けて内臓へしゃげる気がする。
「流石に、そう何度も死ねねぇよ」
剣を抜き、構える。刀じゃないが、構えがそれになってしまうのは体に染みついたものなんだろう。
その横では宙に浮き上がったクリームが相手を睨み牽制しながら話しかけてきた。
「俺が氷魔法で動きを抑制する。主、狩れるか?」
「何事も試してみなきゃ分かんねぇからな。サポート頼む」
「心得た」
静かな作戦会議。その終了を悟ったのか、大きな赤熊は空気を揺らすような咆哮を上げて四本の腕を振り回して近付いてきた。周囲の木々がメシメシ音をさせながら倒れていく。
「行くぞ! 『アイスランサー!』」
呪文の部分だけ音が二重にブレて聞こえる違和感。直後、クリームの周囲に五つの氷槍が現れ……。
「いや、ランサーって大きさじゃないだろ!」
もはや電信柱か街路樹だ。先の尖っただけの無骨さが余計に『槍』よりも『杭』を思わせる。
それがドドドドドッ! という音を立てて赤熊へと放たれていく。
だが赤熊もバカではない。動物的本能とでもいうのか、危険に踏み込まず立ち止まり後ろへと避けた。三メートル近い巨体を考えれば身軽だ。
だが、どうやらこの魔法はそれだけではないらしい。
地面に突き刺さった杭の周辺が一気に白くなりピシッパシッと音を立てて凍っていく。それは急速に地面の草を凍らせ、更には熊の足元を凍らせ背を通って腕まで凍らせた。
「すげぇ!」
「主!」
「おう!」
足から背中、腕を凍らされた熊は怒って体を捻り首を回してガフガフ言っている。そこに、虎之助は走り込んだ。
突き刺さり、地面に飛び出た氷柱を足場に身軽にトントンと飛び移っていく。
信じられない身軽さと、思い通りに動く体だった。頭の中のイメージがそのまま動きになる。生前よりも素早く身軽に動く体はむしろ抑制が必要に思えた。
これならやれるか!
一番敵に近い氷柱から上へと身を躍らせた虎之助は、狙いを目に定める。どんな生き物も目玉まで鍛えているわけじゃない。まずは視界を奪う事が出来れば有利に運べる。
落下に合わせ、剣を脇に固定するように構えた虎之助は見事に赤熊の左目に剣を突き立てた。絶叫と取れる咆哮を上げ、更に滅茶苦茶に暴れる熊に虎之助は振り回されて足を滑らせた。
「くっ!」
「主!」
腕力のみでどうにか剣にしがみついているが、これでは攻撃どころじゃない。
それにきっとこれは切れない。皮が固すぎるし、骨の感じもだ。単純に腕力が足りてないし、体の制御も甘すぎる。
「クリーム、すまない! トドメ刺してくれ!」
剣を落とさない事だけで精一杯の虎之助の声に、クリームは直ぐさま応じた。
『エアースラスタ!』
風で出来た刃が赤熊を襲い、その一つが見事に首を跳ね飛ばした。
首と一緒に虎之助も虚空を舞う。だが直ぐに剣から手を離し、ネコのように何度か宙返りをして綺麗に地面に着地した。
「大丈夫か、主!」
「あぁ」
心配そうに駆けつけるクリームに平常心で答えはしたが……課題が出来たな。
ポンッ! という音と共に魔石と茶色い毛皮、何か丸い玉が二つに肉がその場にドロップしたのを見て、今日の探索はここまでとした。