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第11話 課題と命名

 家に戻って来るとキッチンでは物が浮いて飛び交っている。どうやら屋敷妖精があれこれとしてくれているようだが、姿を見せなければガチのポルターガイスト現象だった。


『お帰りなさいませ、ご主人様』

「おっ、おう」


 メイド喫茶……いや、執事喫茶か? こんな出迎えに慣れていない虎之助は一瞬固まってしまった。


『お疲れでしょう、お湯の用意が調っております。衣服は脱衣所のカゴの中に、洗っておきます。浴室に冷たいレモン水も用意してあります』

「悪いな」

『お役目ですので』


 至れり尽くせり過ぎて申し訳なくなってくる。だが、せっかくの心づもりを無下にする事も違う。有り難く、まずは風呂にする事にした。

 正直助かる。緊張と運動で汗はかいたし、外は少し埃っぽい。何より外は薄ら寒い気配がしているのに空気としては肌に纏わり付く微妙な不快感がある。梅雨の少し前みたいだ。

 脱衣所はそう大きくはないが物が少なくサッパリとしている。洗面台と作り付けの棚。その棚の中に服を入れるカゴが入っている。着ている物を全てそこに入れて木戸を開けるとその先は広い石造りの洗い場と木製のゆったりした湯船がある。猫足じゃなく、どっちかと言えば檜風呂みたいな感じだ。


 洗い場にシャワーは流石にないが、蛇口の魔石に触れると程よい湯加減の湯が出てくる。木製の桶にそれをため、置かれている固形石鹸を手にして泡立てて髪を洗う。どうやらこの世界ではシャンプーやリンスというのはないらしい。

 まぁ、髪質とかに拘る方ではないから、虎之助は気にしないのだが。


 体もサッパリとした所で湯船に。ザッと温かな湯に体を沈ませると奥の方へと染みていく。思わず「はぁぁ……」という気の抜けた声が漏れ出た。


 それにしても、なかなか過酷だ。生前とは体の仕組みが違うのか、思った以上に体は動く。しかも反応速度もいいし、跳躍力もある。

 何より驚いたのは目だ。左目は抗争の際に傷がつき、失明こそしなかったが視力は落ちた。普段は片方だけ補正用にコンタクトを入れているくらいだ。

 それが直っている。傷自体はあるのだが、視力は完璧に回復していた。


 だが、それでもあの熊には勝てなかった。まず、毛の感じがまったく違った。硬く、革鎧のようだった。あれで暴れていたのでは切り裂く事はできないだろう。


「鍛錬だな」


 力が足りてない。もっと自分の体を鍛え、慣らし、虐め抜いて感覚を掴まなければ殺される。それが分かっただけ、今日の収穫はいいものだった。


「あとは、マジックバッグか」


 夢の広がるアイテムだが、作り方を探す所からか。

 ここに住んでいた魔女は物を作っていたとネオが言っていた。ということは、作り方の書いてある本やメモがあるかもしれない。


「あいつに聞いてみるか」


 それにしても呼びにくい。早めに名前をつけよう。だが、安易にはつけない。それだけは決めている。

 何か彼に似合い、前の主との絆も感じられるものはないか。冷たいレモン水をチビチビ飲みながら、虎之助はそんな事を考えていた。


 風呂から上がると前のカゴは綺麗に片付けられ、そのかわり柔らかな大判のバスタオルと麻の着替えが置いてあった。


「あいつに、何かしてやりたいな」


 食べるのは無理そうだが……何かあるか?

 こうまで至れり尽くせりだと申し訳ないなと思う虎之助だった。


 これらを有り難く着てリビングに。すると朝のパンにスープとサラダが付いた軽食が用意されていた。

 席についてそれらを頂く。野菜はレタスのようなものとトマト、キュウリ、玉ねぎか。ドレッシングはオリーブオイルに塩と何かのハーブを混ぜた感じのシンプルなものだが、それが美味しい。

 スープには昨日のグリフォンの肉と玉ねぎ、人参のコンソメスープだった。


「美味い。ありがとうな」


 姿の見えない相手に礼を言えば空気が揺れる。それがきっと答えなのだろうな。


 クリームを探すが見当たらない。が、ソファーの方から「すぴよ~」という寝息が聞こえて、思わず笑った。ぬいぐるみが寝息を立てているというのも奇妙だが、どうしてそれが可愛いと思えるのだ。


 綺麗に全てを食べ終えると、気配が強くなる。そして、知っている苦く香ばしい香りがして、カチャンと側に置かれた。


『食後のカフィです』


 落ち着いた男の声は近くでする。見れば今度はちゃんと姿を見せてくれていた。

 それにしてもカフィ……見た目も香りも虎之助が知っているコーヒーだ。カップを手に取り一口飲み込むと、驚いてしまった。

 ローストの香ばしい香りに混じり、アーモンドのようないい匂いも広がる。酸味は少なく、やや苦みが強い気もするがその味わいは深いようにも思う。


「コーヒーだ」


 驚き呆然と呟くと、屋敷妖精は目を細めて寂しそうに笑ったように思えた。


『前の主、リーベ様がお好きだったのです。南方の、ドラゴニュートの土地にあるものでこの辺りでは稀少なのですが、気に入られて栽培しております』

「凄いこだわりだな。それに、流石魔女だ。そんな遠い所の物も持ってこられるのか」

『魔女は箒で空を飛びます。空を飛べる者にとっては地上の脅威はないようなものですから』


 確かにそうかもしれない。それにしても、箒に乗って空を飛ぶ魔女がいる世界か。ファンタジーだな。


 揺れるカップの黒い液体を見つめている。明らかに淹れ慣れている。きっとこのコーヒーを淹れるのはこいつの役目で、前の主との大事な時間だったんだろう。


「……お前の名前、『カフィ』でどうだ?」

『え?』


 虎之助の提案に虚を突かれたように屋敷妖精が目を丸くする。それを見て、虎之助は口元を緩めて笑った。


「お前にとってこれは、前の主とも通じるんだろ? それに、これを淹れるお前は凄く絵になるだろうしな。嫌じゃなければ受け取ってくれ」


 驚きに染まる屋敷妖精の目尻が、僅かに光った気がする。苦しそうに、でも嬉しそうに目を細めた人は丁寧に胸の前に手を置き、軽く体を折った。


『喜んで、頂戴いたします』


 少々大仰な様子に苦笑して「おう」と軽く伝える虎之助に、屋敷妖精改めカフィはゆったりと笑うのだった。


 食後の穏やかな時間も過ぎ、クリームも起きた所で今日の反省と今後の流れとなった。


「まず、俺は鍛錬が足りてねぇ。剣は申し分ないし体も軽いが、俺自身がそれを扱えてねぇ」


 これが直近の問題だ。スペックがどれだけ良かろうが、それを扱う奴が制御しきれてなければ宝の持ち腐れ。何事も努力は必要になってくる。


「確かにそうした部分は感じるが、そればかりではないな。おそらく主はまだ魔力の扱いに慣れていない」

「魔力の扱い?」


 それが今回あの熊に歯が立たなかった理由なのか?

 疑問ばかりの虎之助に、クリームがしっかりと頷いた。


「Bクラスの魔物から異様に硬くなるのは、あいつらの防御力が格段に上がるからだ。これは普通の武器じゃ通らない。武器や体に魔力を通して上乗せしたり、属性を付与させることで攻撃力を上げられれば通る」

『身体強化魔法、と呼ばれる部類の技術です』


 カフィもそう付け加えてくる。そしてこれもまた、異世界ものだとお馴染みのものだ。


「身体強化か……やり方分かるか?」

「感覚的なものだがな。体の中の魔力の流れを認識して、それを加速させて行き渡らせるんだ」


 魔力の流れ……あまり感じてないな。これも訓練が必要そうだ。


「まぁ、明日にしよう。それと、マジックバッグだな」

『それについてはリーベ様の本にあったように思います。明日までに探しておきます』

「悪いな、カフィ」


 そういう事で明日は探索は休み。訓練とクラフトとなった。

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